第6話 アンノウン・アンダーシー
「お前も同じ稲葉小学校なら、あったことあるかもな」
「あったことあるよ、お前6年3組だろ」
「オイオイ、限定トークとはいえ、そこまで話すなよ」
けけ、と瑞貴は笑う。やっぱり、思った通り、瑞貴は龍之介と同じ小学校の6年生で、前回の地区大会の優勝者だ。
「てか、去年の地区大会会で戦っただろ」
「そうだっけ?」
「覚えてないのかよ」
「当たり前だろ。一々覚えてないってば。けどまぁ、ここまで来れるってなら、相当実力ついたって事だろ。楽しみだな」
勝者の余裕というものなのか、瑞貴は龍之介を全然意識していないようだった。
(去年はボコボコにされたもんな……)
地区大会の1回戦で戦った時、見事にやられたのだ。確か、CHOICEだった。一気に走り抜けられて、気づいた時にはもう瑞貴はゴールにたどり着いていた。
「お前のアバターかっこいいよな」
黒い騎士の格好は、目立つ。でも、少し引っかかる。確か、去年瑞貴が使っていたアバターは蛇のように長い魚のようなものだった。
「去年変えたんだよな」
「そういうもんか?」
「別にアバターはこれじゃないといけない、ってわけじゃない。気分で変えてもいい。お前だって時々鎧の色を変えたり、犬の毛並みを変えたりするだろ?」
「そう、だけどさ……」
二人で並んでぽてぽてと歩く。いや、二人とも鎧姿だからガチャガチャと音を立てていく。時々エネミーが現れるけれど、龍之介が気づくより早く瑞貴が突撃して、一瞬で狩りとっていく。
「ほら、そっち行った!」
「う、うわぁ!?」
ぶんぶんと剣を振り回す。もう体力が少ない相手だったから、剣が当たった瞬間はじけ飛んで消える。多分、トンボ型のエネミーだった。
「ここを抜ければほとんど一直線だから」
「なんでわかるんだよ」
「ここは俺の特訓場だからな。半端な奴は来れないし」
「プレイヤー狩りも?」
「プレイヤー狩りはやっても良いけど、度が過ぎれば運営にアカウント停止されるからな。そこんとこはマジ厳しいんだぜサモンバディーズ」
そう言えば、そうだった。サモンバディーズの鉄則は”みんなが楽しく遊べること”だった。プレイヤー狩りをし過ぎて、ほかのプレイヤーから苦情が出ると、即座にアカウント停止される。
アカウントを作り直せばいいじゃないか、という意見もあるけれど、サモンバディーズに登録するには親か学校の先生の認証がいる。大人側はリアルタイムでサモンバディーズの使用時間や入ったルームの状況、過去の行動のレコードを確認できるので、問題行動をするプレイヤーはほとんどいない。
「トーク内容もかなり厳しいもんな、変な言葉使えないし」
「通話中だって、定期的に運営が監視しているって噂だし。大人に監視されるのが嫌だってやつもいるんだ。それにサモンバディーズは勉強要素もあるし、そういう奴は、自分でパソコンのゲームにはまってる」
「だよなー」
「龍之介はどうよ?」
「俺、俺は……」
サモンバディーズは楽しいし、友達だってみんなやってる。
(どういう意味なんだろう?)
ぼさっと歩いていると、瑞貴のアバターにぶつかってしまった。
「おい、どけってば」
「あ……」
瑞貴は立ち止まったまま動かない。ここは最後のチェックポイントがあるところで、普通ならボスが待ち構えている場所だ。騎士のわきを通り抜けて、龍之介は辺りを見渡す。
「あれ? ボスは?」
「ここのボスはいないよ」
「へ?」
「いや、いるけど、いない、って言った方がいいか」
「?」
まったくもって意味が分からない。
「龍之介、今すぐログアウトしろ!」
「な、なんでだよ!?」
「お前じゃあいつにかないっこない! 一撃でポイント根こそぎ持ってかれるぞ!」
騎士のアバターが龍之介のアバターを掴んで投げ飛ばす。
ズガガガガ!!
と、龍之介が立っているところにどこからともなく細長い何かが飛び込み、突き刺さる。鋭いナイフのような氷の結晶だ。
(まさか、さっきの矢みたいなのは……)
「ログアウト!」
「いやだ!」
ドクドクドクドク。
アバター越しに何かの気配を感じて、心臓が鳴り始める。口の中がカラカラになっていく。目は見開かれ、前を見る。
前じゃない。下だ。
迷宮の下に何かがいる。
ピチャン、水が落ちる音がする。
「いいからログアウトしろ!」
「やだ! だって、いるんだろ!?」
剣を構えなおし、龍之介は辺りを見渡す。迷宮のあちこちが時折水の波紋のように揺らめいている。
「ちっ! ゲームオーバーになっても知らないからな!」
瑞貴が悪態をつく。それと同時に、龍之介たちの前に大きな渦潮のような文様が浮かび上がると、その中央から何かが現れる。
(でかい!)
龍にしては細長く、蛇にしてはきらびやか。
蝶にしては醜く、イルカにしては鈍重。
ぬるりと現れたのは、赤黒いひれを頭から生やし、表皮には灰の斑点が浮かぶ一匹のリュウグウノツカイだった。それは真横に開かれた口をこちらに向け、空中を漂う。その目は赤く光り、表面には紫色の光を纏っていた。
「これが正体不明のエネミー?!」
これまでSLAYERで出てきたボスはどちらかといえば人型で、可愛らしいお侍さんや忍者の格好をしているのが定番だった。
それなのに、目の前にいるこれは何だ?
「くるぞ!」
「ああ!」
リュウグウノツカイは上に向かって吠え立てると、上から氷の雨が降りそそいだ。それを龍之介たちは剣を使ってはじいていく。
【警告:このエネミーは推奨ポイントが未確定です。速やかにログアウトをしてください】
ビビビ!
耳元でサイレンのような警戒音が鳴り響く。そりゃそうだ。氷一つはじくだけで手がしびれる。こんなに反応が重たい攻撃は初めてだ。体感レベルを低くしていてよかった。もし、本来の重さを喰らっていたら手首を痛めるかもしれない。
ビービービー!
【警告:速やかにログアウトをしてください】
「ログアウト出来たら苦労しないって!」
ログアウトするにはメニューコマンドを入力しないといけない。けれど、そのコマンドを使用している間にくらってしまったら元も子もない。
「さっさとログアウトしなかった罰だ! こいつが逃げるまで耐えてもらうからな!」
瑞貴は右手の剣と左手の盾を使ってしのいでいる。さすがは地区大会優勝者は伊達じゃない。動きに無駄はなく、少しずつ移動し、リュウグウノツカイから離れている。
「逃げるって?!」
「こいつ、逃げるんだよ! 他のボスと違って!」
「そんなのありかよ!?」
「しらねぇよ! おい、しゃべっている暇あったら少しでも距離をとれ!」
そう言われたって、目で追うだけで精いっぱいだ。
【警告;警告:警告】
通知音が鳴りやまない。その音でさえ、龍之介には応援する音のように聞こえてきた。
「こんのーーー!」
「龍之介!?」
剣を捨てて龍之介は走り出した。重たいけんがなくなったから走るスピードが上がっている。両手が使えるから、逃げるのも楽になってきた。
リュウグウノツカイは氷の雨を降らせている。その下に潜り込み、龍之介は拳を振り上げた。
リュウグウノツカイに当たった、かと思いきやその姿は蜃気楼のように溶けた。もわ、と色とりどりの霧に包まれてかき消えていく。幻かと思えたそれは、氷の雨が本物だったと告げている。
「逃げた、な」
「あんなの、ありかよ……」
床に転がった龍之介はつぶやいた。
「分かったら、あんなの相手にするなよ。ここにも来ない方がいいな」
瑞貴がしゃがみこんで諭すように言う。けれど、龍之介はぶんぶんと首を振る。
「すげー!! すげー!! あんなエネミー初めて見た! なにかな、何かのイベントの事前機能か何かかな!?」
目を輝かせて龍之介は言う。先程までゲームオーバーになりかけたというのに、恐怖よりも興味が勝っている。
「お前、怖くないのか?」
「怖い、けどよ。でもよ、あんなの闘えたら面白くね!?」
「面白いわけないだろ」
「へ?」
瑞貴の声色が一瞬、変わった気がした。
「あれ、お前の友達じゃね?」
龍之介たちがやってきた方向から声が聞こえてきた。
「龍之介―! 無事―?」
「龍之介―! 探したよー!!」
尚也とひなたが走ってくる。アバターなので、ナナホシテントウと長靴を履いた三毛猫だけれど。
「俺、さっき見たんだよ!」
「はいはい、いいからとっととログアウトする!」
「話はあとで聞くから、龍之介はクリア報告。それでいい?」
長靴とマントをまとった猫に背中を押されて龍之介はゴールにたどり着く。
「あ、それと瑞貴―――?」
振り返った龍之介の視界からあの黒い騎士はいなかった。龍之介は先にログアウトしたんだろうと思い、SLAYERを閉じた。
それからいくら調べても、あの時遭遇したリュウグウノツカイのエネミーは見つからなかった。進展があったのはそれから7日後の事だった。
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