第5話 最強の小学生登場!

 犬の剣士の動きは龍之介と繋がっている。ぽこんぽこん、と迷宮の壁から生えてくるのはスライムのようなものから、犬やら猫やら、蜂など様々な生き物だ。その生き物に近づくと、戦いを挑まれる。


【エネミー(国語):体力30】


 襲い掛かってきた犬のエネミーはほとんどデフォルメされていて、逆に戦う気になれない。コロコロして、目も円らで、動きももたもたして可愛いのだ。エネミーと戦う時のBGMも8ビット音源が混じっていて、本当に気が抜ける。

「く、本当にザコ敵のキャラクターデザインした人、子どもをなめてるな!」

 こんなに可愛いのを倒せるわけないじゃないか!

『わおーん』

 エネミーの犬が鳴く。はっ、はっ、と舌を出し、尻尾も振っている。

 本物の犬の鳴き声をアレンジした声で鳴くものだから、犬好きの人は戦えないに決まっている。猫も同様だ。動物好きの人はSLAYERには向かない。生き物が苦手な人も、エネミーは追っかけてくるので向かない。

 SLAYERが子ども達から人気が無いのも、これが原因の一つかもしれない。

「たった30なら、これで!」

 消費ポイントは使わずに、振り下ろす。

 剣を振り上げ、下ろす。手に感覚はないけれど、犬のエネミーはその場にころりと転がった。

 ポーンという効果音と一緒に、エネミーのアイコンが消える。さっと、龍之介は目の前を撫でるように手を動かした。すると、地図のような物が出てくる。

「やっぱりマップ機能はサーチを使わないとだめか……」

 地図は龍之介が通った後の線しか表示されていない。サーチスキルを切ると、少しの間全体マップが映し出される。サーチスキルを持っていないのでしらみつぶしにするしかない。

「ってか、体力も少しずつ減ってるし、わっ!?」

 目の前を赤黒い斬撃が通り過ぎていく。疾風に色を付けたようなそれは迷宮の壁を突き破って深い爪傷のような物を描いていた。少なくとも50ポイント級の斬撃だ。

 近くにエネミーのアイコンは見つからない。ならば、龍之介と同じようなプレイヤーがいる。

 こんな斬撃はボスと戦う時の切り札に使うほかない。

「誰だ?」

 こんな攻撃を使える人なんてめったにいない。地区大会優勝者クラスが近くにいる。

(見つからないように、逃げなきゃ……)

 SLAYERはプレイヤー同士でバトルをしてもいいルールがある。もしプレイヤーを倒した場合、相手のポイントをそのままそっくり頂ける。負けたプレイヤーはゲームオーバーになるので、人によってはプレイヤーばかりを狙うプレイヤーもいるらしい。まさに、SLAYER狩る人だ。

「よし、ゆっくりと逃げていくか」

 跳んできた斬撃とは逆方向の道を辿っていく。幸い、通ってきた道が多いから行き止まりには捕まらずに通っていける。

「斬撃はさっきの一回だけかな」

 そうだ。あんな攻撃何回も出せる人はいない。相手に気づかれないように、ゆっくりと、確実に、進め。

「よし、ここを曲がれば――!?」

ビュン!

「うわっと!???」

 耳元に飛んできた音に驚いて、あわてて前回りをする。VRだから、前にかかんだだけだけれど、目の前のゴーグルはごろごろと回転する映像を映す。先ほどは赤黒い斬撃だったけれど、今度は同じ色だけれど矢のような光だった。

「なんだったんだ?」

 もしかして、プレイヤー狩りの登場か、と思い龍之介は震えた。プレイヤー狩りに遭遇したことは少なくない。プレイヤー狩りの大半は上級生で、ギリギリまで強化のポイントを稼いでからやってくる。

「伏せろ!」

「ぐわっ!」

 目の前に床のタイルが映る。何とか顔を上げると、その先には赤黒い両刃剣を携えた甲冑の戦士がいた。首に巻いた深緋色のマフラーはボロボロで、両端にははギザギザとした切れ込みがいくつも走っている。

「ここの難易度を確認していないのか?」

「?」

 難易度?

 確か、それぞれルームには難易度が設定されていて、★1から★5まである。

 龍之介はメニュー画面を開いて、このルームの難易度を見た。

「ほ、★5……?」

 本来なら★5のルームに入る前には確認の画面が出るはずだ。龍之介が気づかずに入ってしまったのか、それとも何かのバグなのか。

「幸いプレイヤー狩りはいないが、ここのエネミーには危険なものがいる。残念だが、お前のポイントでは返り討ちに遭う」

「嘘だろ? ところで、お前は? プレイヤー狩りじゃないのか?」

 そう言うと、甲冑の戦士は首を振った。顔すら兜で覆っているから分からないが、違う、と言っているようだ。

「プレイヤー狩りなんてするのは、自分が楽しければいいという三流プレイヤーだ。俺はそんなことをしないし、そんなことをする奴がいたら、返り討ちにする」

「さっきの……攻撃は、お前の?」

「……」

「俺、噂を聞いてきたんだ! SLAYERに正体不明のエネミーが出るって! 友達と来たんだけど、どうしても会いたくて!」

「あってどうする? 倒すのか?」

「そりゃ、そんなエネミーを倒せたらすげーポイントをもらえるだろう? 俺、どうしても今年の地区大会は優勝したいんだ!」

 そう言ったとたん、目の前の戦士は大声で笑い始める。

「わ、笑うなよ!」

「あれは単なる噂だって。去年も一昨年も、似たような噂があちこちにあって。運営も注意を促してたんだ」

 そう言われて、龍之介はがっくりと肩を落とした。戦士はトーク画面に色んなブログやインターネット記事のスクリーンショット画像を張り付けていく。


 ”SLAYERに正体不明のエネミー出現!”

 ”★4SLAYER、未知との遭遇!”

 ”SLAYERプレイヤーたちに朗報! 巨大エネミー討伐クエスト!”

 ”討伐クエスト発生! みなSLAYERに集合せよ!”

 ”ボーナスポイントエネミー大量発生中!”


「ほらね」

「で、でも、見ないと分からないじゃんか!」

「そう言って自分の力量以上の難易度に挑む馬鹿に俺はほとほと困っているんだけど」

 とげとげとした言葉を騎士が言う。声が低いので、同い年か少し上くらいの年の少年なのだろう。騎士はクルクルと剣を振り回すと、背中の鞘に収める。

 騎士、と言ってもそのいでたちはどこか落ち武者のようだ。黒で塗り固められた甲冑には赤い紋章が浮かんでいて、あちこちに痛みが見える。

「まぁ、その程度の教化ポイントで半分来れたんならお前は運がいいな。仕方ない、出口まで同行してやるよ。地区大会までもう後がないなら、少しのスキルポイントも無駄にできないだろうさ」

「……」

 龍之介はどうしようか、と迷った。★5のルームなんて初めて来たし、何よりここから先はエネミーの強さも変わってくる。ここから先、無事でクリアできる保証はどこにもない。それに、さっきの斬撃がこの騎士の物なら、一緒にいて心強い。

「よろしくお願いします……」

「ああ! 短い間だが、よろしくな! っと、まだ名乗ってなかったや。俺は瑞貴」

「俺は龍之介、よろしく!」

 たたっと走っていく騎士の背中を追い、龍之介は走った。

(瑞貴って、あの瑞貴?)

 龍之介は去年の地区大会優勝者の名前を思い返していた。

(まさか、な)

 サモンバディーズは全国マッチングされている。こんな狭い空間に同じ小学校の相手がいるわけない。同じ名前の人なんてごまんといるんだし。

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