第3話 大雨がやってくる!
梅雨が明けたというのに、朝からドバドバと雨が降っている。今日は一日中雨が降る予報で、お母さんが龍之介に大きめの傘と雨合羽を用意してくれた。雨合羽も今どきの子ども達のニーズに合わせてオシャレなものが増えた。靴だって防水仕様の素材で作られている。
反射材のラインが背中に走る深緑の雨合羽を羽織り、黒に赤い模様の入った傘をさして龍之介は学校に向かう。
ぐったりとして空に寝そべっているのは、墨のように黒い雲。その隙間から、絶え間なく雨が降ってくる。今日は休み時間に外で遊ぶことはできない。その代わり体育館が解放される。龍之介は早めに給食を掻き込むと、バスケットボールを掴んで体育館へ走る。
時間はちょうど午後1時。まだまばらに子ども達がいて、ここでなら思いっきり遊べる。龍之介はバスケットボールを向こう側にいる少女に投げる。
「そんなに急がなくていいじゃない」
不満そうな声を出しながらひなたが受け取る。ひなたは肩まである髪を右上のあたりで少し結んでいて、あとは流している。服装は動きやすいTシャツと半ズボンだ。髪型を少し変えたら男の子に見間違えるかもしれない。
実際、ひなたは女の子のグループではなく、龍之介と尚也と一緒に遊んでいる。そもそも保育園の頃から一緒なので、今更な話だ。
「それに、キャッチボールならこんな隅っこより、広いところが取れるじゃない」
ブン、とひなたがボールを投げ返してくる。いつもサモンバディーズに潜っているからか、そこらの女の子よりかは力が強い。でも、一回だけボスンと跳ねて龍之介の掌に収まる。
「ひなた、分かってないなー。場所取りは一秒ゼロコンマの世界なんだ! RUNのエンドテープを切るのと同じくらい重要なんだ!」
もう一度投げ返す。今度は弾ませて渡す。遊んでいる場所をあまり中央に寄せると、他の子ども達の声が混ざってしまって、話ができないという事もある。
「いや、分かんないし。RUN私嫌いなのよねー。問題が出てくるわけじゃないし、妨害してくるし、ね。尚也君」
ひなたは別の方向に弾ませて渡す。ころころと転がり始めるのを待ってから尚也が拾う。尚也はもたもたとボールを持ち直すと、龍之介に転がして渡す。
「ま、まぁ。ひなたちゃんはそうだろうな。僕もどっちかといえばCHOICEの方が好きだし。それにしても、珍しいね。こんなところで作戦会議だなんて」
「仕方ないだろー、いつものセメント山が使えないんだから!」
昼休みになってもなお、雨の勢いは止まらない。体育館の屋根を激しくたたく雨の音は、子ども達の歓声があってもなお聞こえるほどだ。セメント山、というのは龍之介たちの通う岩島小学校の校庭にドドーンとあるセメント出来た山のような遊具の事だ。それには山を貫通するように埋め込まれているトンネルが3本あり、そのうちのどれかに潜って話すことが龍之介たちのお決まりだ。
「そうよねー。それにしても大きな雨よねー。さすがに帰る時までに止んでくれないと、このはのお迎えが困るなー」
このは、というのはひなたの妹で、龍之介たちの通っていた保育園に通っている子だ。母と一緒に妹を迎えに行くのが日課のひなたにとって、雨はいやだろうな、と龍之介は思った。
「で、今日は何を話すわけ?」
「決まってるだろ! 今年の全国大会に向けてだよ!」
「前回負けたでしょ。町内大会の予選で」
ズビシ! と重たい一撃が龍之介の腕に伝わってきた。いい球を投げるじゃないか。ワンバウンドなんてするんじゃなかった。
「違うよ! 次の大会の事だよ!」
「次、というと………夏休み前の夏季大会だね」
「夏休みか……って、エントリーしてないじゃないの」
「それなんだよな……」
はぁ、とため息をついた途端目の前にボールが落ちてきて、一瞬跳ね上がる。危ない、少しぐらい声をかけてくれてもいいのに、ひなたはそんな優しさはない。
「町内大会に出るには、少なくとも個人の持つスキルポイントの総計が20を超えてないといけないけど……」
「みんな、今いくつ……?」
こそこそ、とボールを持つ尚也の周りに二人が寄っていく。周りの子ども達は気にせずキャーキャーと騒いでいる。この中にもサモンバディーズをしている子は多い。夏季大会は夏休み期間に開かれることもあり、一番盛り上がる大会だ。
「私、こないだのCHOICEで結構使っちゃったんだ……」
「僕はまだ温存してるけど、それでもまだ7なんだよね」
「俺……ゼロ」
「「はぁ!?」」
二人の声が重なった。
「し、仕方ないだろ!? 昨日の夜、姉ちゃんが急に割り込み参加してきて、俺のポイント全部狩ってったんだから!!!」
「……」
じとぉ、と二人の冷たい目が龍之介に向けられる。龍之介の姉は中学生になり、サモンバディーズの一線から退いているとはいえ、時々龍之介に抜き打ちバトルを仕掛けることがある。
そのせいで、龍之介のポイントはいつもスズメの涙程度しか残らない。
「かわいそうに……」
姉の事だから、全国マッチングをすればいいのに、決まって龍之介とバトルをする。受験勉強のストレスのはけ口にされているのだとしたら、はなはだ不本意である、と龍之介は思っている。
「姉ちゃん容赦ねえんだもんな」
はぁ、とため息をついていると龍之介の耳に誰かの声が聞こえた。声のする方を見ると、4年生くらいの女子生徒たち側になって話している。
「ねぇ、聞いた?」
「知ってる、サモンバディーズのオバケの話」
「聞いた聞いた! 怖いよねー」
くすくすと笑っているのは、ちょっと不気味だ。いつもは無視するけれど、サモンバディーズの話を切り出されたら気になるのが、龍之介だ。
「サモンバディーズのSLAYERに最強のエネミーが出るって噂」
「噂によれば、そのエネミーは1000ポイント無いと倒せないんだって」
「それ盛り過ぎだよー。200ぐらいだって」
「ええ? 私は誰かが捨てたバディーだって聞いたよ」
「えー!? バディーって捨てられるの? 普通はデリートするよね?」
「でも、何人もの子がSLAYERでそいつにあって返り討ちにあったって聞いたよ」
(SLAYER? それって、バトルメインのルールだよな。最強ってなんだ?)
最強、という言葉に引っかかって、龍之介は声をかけようとして、踏みとどまった。ああいう塊にほいほい声をかけるのはよくない、と直感が告げている。
「なぁ、今日サモンバディーするなら、SLAYERにしないか?」
「え? なんで、一番面倒な奴じゃない」
「僕も、それは苦手だからできれば……。でも、SLAYERがスキルポイント取れる量が一番多いんだよね」
二人は渋々ながら、頷いてくれた。
(最強のエネミー……一体どんな奴なんだ?)
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