第344話

 俺としては勧めないが、まぁ興味があるなら教えるぐらいはいいか。


「向いてないと思ったらやめていいからな? メインは投擲にするべきだしな」

「ああ、でも手札は多い方がいいだろ」

「いや、お前は体力ないんだから荷物は減らした方がいいんだがな。まぁ、手本を見せるな」


 近くにあった石ころを親指にくっつけてそれを弾き飛ばす。ある程度の勢いで飛んでいったそれは木に当たって弾かれる。


「……案外しょぼいな」

「そりゃ指の力だけだしな。だが、見ての通り隙は少ないし攻撃の発射場所も隠せるしタイミングも読みにくいだろ」


 まぁ空間魔法で弾に制限のない俺からしたら使いやすい技術ではあるが、一般的にはそこまで使い勝手の良い物ではないのは確かである。


 ヤンは手元で石ころを弄ってから俺と同じように弾いて飛ばそうとするが、あらぬ方向へと飛んでいく。


「……あれ、これ難しいな」

「まぁ投げるのよりかはな。自分で練習する分には良いが、基本は投擲だ。素手で投げるのと、布や棒を使って投げる技術ぐらいは最低覚えてもらうぞ。特に布を使った投石術はかなり使い勝手がいい」

「……地味だな」

「ワガママを言うな。……あー、ここだと広げても狭いし危ないか。明日か明後日にでも迷宮の中で実践することにしよう」


 投石の練習をするなら七階層あたりがちょうど良いか? あそこは石も多いし見通しもいいしな。


「……変な剣技に投石って、なんかすげえイロモノの戦士にしようとしてないか?」

「いや……そりゃ、獣人と魔族の混血なんて元々イロモノだから仕方ないだろ。パーティとして成り立つように修行をしてもいいが、ヤンの欲しい力はそういうのじゃないだろ。武功を立てる必要があるんだから、一人でも目立たないと意味がない」


 パーティ全体でうまく出来ればいいのだから遠距離攻撃は他の奴に任せるとか、近接戦闘でも援護ありきで考えるとか、そうすればもっと分かりやすく普通の技術も教えられるが……ヤンのしたいことには近づかない。


 ある程度、ひとりでも戦い抜ける程度は必須である。


「問題は……種族的な体力のなさだな。ある程度は俺みたいに鍛えられなくはないだろうが、かなり時間がかかる。……というか、俺も旅人や探索者からしたら体力がない方だしな」


 俺も人ひとり背負っての移動は一日で四時間ほどが限度、空間魔法があって荷物を持たずに済んでいることや軽鎧さえ身につけておらず、服も丈夫なものではなく軽く動きやすいものにしていてその程度である。


 ヤンの場合は普通に装備をしなければならないだろうことを思うと、鍛えたとしても俺の半分ぐらいの持久力だろう。


 魔族の得意とする魔法での戦闘も出来ないので、戦闘があるたびに体力の消耗が発生してしまう。


「……まぁそこら辺は追い追い考えていくしかないか。初代みたいな高位の治癒魔法使いが補助をしてくれたら問題も解決するんだが」

「治癒魔法使いなんてどこでも引っ張りだこだから無理だろ。あれ、すげえ難しいしな」


 まぁ、それほど真面目に考える必要はないか。一応、教えている立場としてちゃんと教えはしているが、俺としてはこいつが誰と結ばれようと構わないわけだしな。


 それから細かく動きを調整していき、新しい動きなどを提案しているうちにヤンの体力が尽きてきたので修行を終わりにする。


 眠たい目をこすりながら寮の方に戻り、洗濯をしているシャルの元に向かう。

 一応、近くにいく前に「もう手伝っても大丈夫か」と聞いて許可をもらったので隣にいって、服を手に取る。


「お洗濯、ポンプがあったり排水しやすかったりして、ひとりでも簡単なんですけどね」

「半分はシャルと一緒にいたい言い訳だから気にしなくていい。……そう言えば、どこに干してるんだ?」

「普通にベランダに干してますけど……。あれ、ランドロスさん、ひとりのときはどうしてたんです?」

「異空間倉庫に突っ込んでたらいつか乾くからな」

「えっ、乾くんですか? ……腐らないって言っていたので、てっきり時間が止まっているのかと」

「いや、別にそういうわけじゃないな。どういう仕組みなのかはよく分からないが」


 自分で使ってはいるものの、仕組みや理屈は全く持って分からない。感覚としては空間を破いたら中に変な空間があって、そこに物を入れたり出来るというだけである。

 その異空間は俺が作ったわけでもなく、元々合っただけだしな。


 ……空間魔法について詳しそうなのは管理者ぐらいだが、わざわざ聞く気にもなれないな。

 いや、でももしも俺の子供も空間魔法が使えたときのためにちゃんと教えられた方がいいだろうか。


 嫁が四人もいたら子供の数もとんでもないことになるだろうし、何人か空間魔法が受け継がれても何も不思議じゃないしな……まぁ、それは後で考えたらいいか。何年後という話だしな。


 シャルに変態だと思われたくないので自分の分から洗っていくが、当然俺の分が先に終わったので女性ものの衣服の方にも手を伸ばす。


 ……シンプルな町娘らしい服。サイズもかなり小さいしシャルの服か。

 こうして改めて見てみると……シャルは小さいな。本人を前にすると恋愛感情やら何やらで感覚が麻痺して同年代ぐらいになりがちだったが……こうして本人ではなく服を見ると完全に小さな子供の衣服だ。


 今更ではあるが、手を出したらまずい幼さである。

 ……小さくて可愛い服を前にして固まっていると、隣にいたシャルが水を指先で弾いて俺の手に当てる。


「……あの、あまり服をじっと見られるのも恥ずかしいんですけど」

「ああ、悪い。……やっぱり小さいなと思って。同い年のクルルよりも小さいよな」

「……やっぱり大きい方がいいですか?」

「いや、小さいのも可愛いと思う。ああ、でも、ちゃんと飯は食えよ」

「ん、分かってます」


 続いてクルルの服を洗い、カルアの服にも手を付ける。……なんとなく妙な気分になってくる。

 いや、本人に触れる状況で服に反応するのはおかしいということは分かっているが、いつも彼女達が着ている服を触るというのは、なんだか悶々とした気分に陥ってしまう。


「そう言えば、ネネの服は別のままか」

「一緒にでもいいんですけど、無理に距離を縮めると嫌がりそうだなって」

「ああ、まぁそうか。……ネネも一人暮らしは長いんだし気にしなくてもいいか」


 洗濯物が終わったら寝顔でも見にいくか。

 ついでにカルアとのデートの前に仮眠を取るのもいいか。


 と考えながら最後の衣服に手を伸ばす。白い小さな布……ハンカチだろうかと思って広げると、四角ではなく、三角形をしていた。

 他の布地よりも柔らかくて肌触りがいい。見慣れないもののため一瞬だけ理解が遅れて、理解と共に体が固まる。


「あっ……ああっ!? か、貸してください。そ、その、わ、忘れてくださいっ!」

「あ、ああ……」


 シャルは顔を真っ赤に染めて俺の手から布を引ったくって隠しながら俯く。

 恥ずかしそうに「うぅ……」と言っている姿が可愛らしい。


「わ、悪い」

「い、いえ、僕が退かしておくのを忘れてしまっていただけなので。……す、すみません。お見苦しい物を」


 お見苦しいどころか素晴らしいものだが……などと言えるはずもなく、誤魔化すように勢いよく立ち上がって、洗った服を持ち上げる。


「干すか」

「は、はい」

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