第340話

「違う、誤解をしている。……話せば、話せば分かる」


 ギルドの中にあるりんごの木に縄で括り付けられ、多くのギルド員に囲まれる。

 何故かイユリは火の灯った松明を握っていて、近くに消火用の水の入ったバケツがたくさんあるのが不穏である。


「待て、火は危ない。ギルドが焼けたら困るだろう。な? 落ち着こう」

「私は落ち着いてるよ。ランドロス。とてもね、とても落ち着いてる。みんなね、とても冷静な気持ちでここにいるんだよ」


 た、助けて、誰か俺を助けてくれ。


「あのな、話を聞いてくれ。誤解なんだ」


 イユリは後ろを向き、先程の光景を目撃した男に目を向ける。


「夜道でマスターにキスをしようと迫っていたな」


 頷いたイユリは俺の足元に松明の火を近づける。


「あつっ!? 止めよう、な? 誤解が晴れたときに、怪我をさせたりしていたら申し訳なく思ったりするのはお前たちだろ?」

「……キスをしようとしていたのは、事実?」

「…………違うんだ。それには訳があって……あつっ、熱い、とても熱い」

「まだ余裕そうだね」


 いや、余裕ではない。マスターの方に目を向けると、数人のギルド員に囲まれて保護されていた。


「き、聞いてくれ。そのな、性欲に負けて無理矢理しようとしていたわけじゃないんだ。ちゃんと許可を得てから……あつっ」


 別の奴がイユリの手から松明を取り上げて俺の足から離してくれる。た、助かった……と思っていると、再び火が近づけられる。


「……ランドロスにはもう妻がいたよね。二人も。しかも子供の」

「…………そ、それはな」

「ランドロス、君がもっとちゃんと言い訳をしてくれることを期待していたよ。マスターに手を出そうとしたとは言え、仲間だからね。こんなことはしたくない。上手く騙してくれるならそれはそれで良かったんだ」


 な、何か助かる方法は……。


「ち、違う。浅はかな理由で手を出しているわけではないんだ。子供に関心があるわけじゃない。あくまでも好きな人だから……あっつ! 止めよう。な、止めよう。子供も見ている。教育に悪い」

「ランドロスが一番子供の教育に悪い存在だよね」


 く、くそっ! 言い返したいけど言い返せないっ!

 何か起死回生の一手はないかと探るために空間把握を発動するも、イユリがそれを奪って解除する。


 なら、触手型の空間把握で……と、発動しようとした瞬間、俺の目にひとりの男が映った。


「ヤン! よかった! お前がいてくれた! 俺がクルルとも真剣に考えていて結婚しようと思っていることは分かってるよな!」


 剣を教えるという恩もあるわけだし、俺もクルルも真剣に交際をしているということを知っているわけだし、助け舟を出してくれる筈だ。

 そう期待して目を向けると、ヤンはゆっくりと頷く。


「…………ドロ、無理矢理結婚しようとするとか最悪だと思うぞ?」


 お前が言うな。


「ヤン! 裏切りやがったな! おーい、そこのヤンの周りにいる女子! コイツ、外で一目惚れした女にストーカーしてるからな! 詳しくはカルアに聞いてくれ!」

「は!? ドロっ! てめぇ! ストーカーじゃないから、俺と彼女は運命の糸で結ばれ……」


 俺に反論しようとしたヤンはその途中に女の子達に左右から両腕を掴まれて引き摺られて拉致されていく。


「えっ、何だ? なんで怒った顔をして……!?」


 アイツ、マジで自分への好意に気がついていなかったんだなぁ。

 などと考えているも、俺のピンチには何一つとして変化がない。


「……それで、ランドロス、もういいかな」

「いや、待て。弁護をしてくれる人を呼んでくれ。か、カルア、カルアはいないか?」

「さっき寮の方に帰ったよ」

「くっ……よ、呼んできてくれ。それで誤解が解ける」

「……一回焼いてからでいい?」

「良くない。マジでやめてくれ。ごめんなさい。反省しているので、本当に許してください」


 くそ、話が通じない。俺は真剣に付き合っているのに……!

 何かないか? 触手型の空間把握を使って探そうとするも、イユリはそれを掴んで千切る。……それ、千切れるんだ……。


 キョロキョロとしていると天井の梁に座っているネネが見え、急いで助けを求める。


「ね、ネネ! 助けてくれ!」


 ネネは俺の声に冷めた視線を送り、小さく口元を動かして唇だけで伝えてくる。

「大人しく裁かれろ」と。


 くそ、ヤンの時のようにしてやりたいが、ネネとも交際関係にあることが困るのは俺だけだ。

 というか、ヤンと違ってメンタルが弱いのであまりそういうことは出来ない。


「くそ、誰か……!」


 そう言っていると、クルルが仕方なさそうに大人達の輪から抜け出して俺の元に来ようとする。


「ん、この話は後日、私の方からちゃんと説明するよ。だから今日のところはかいさ……えっ、いや、大丈夫だよ。騙されてるわけじゃないよ。いや、本当。えっ、いや、話は私も……まだ寝ないで大丈夫だよ? いや、えっ……あの、いや……あ、ああー」


 頼みの綱であった当事者のクルルも連れ去られてしまった。いや、まぁ……クルルも付き合っていることがバレるのを恥ずかしそうにしていたしな。

 俺が詰められているのを見て庇うのも恥ずかしいだろうしな。これは仕方ない。


 ……が、問題は庇ってくれる奴がいなくなったことだ。あと事情を知っているのはミエナだが……迷宮に潜ってるんだよな。

 庇ってくれそうなサクさんやメレクは今は姿が見えないし……。


 結果として周りには庇ってくれる人がいない。


「……まぁ、待て。落ち着いて話をしよう。俺はカルアを呼ぼうとしたよな? それは嫁であるカルアを呼んでも大丈夫ということで、カルアやシャルも俺とクルルが結婚を前提として真剣に交際をしていることを認めてくれているんだ。決して安易な気持ちではないし、命をかけてでもクルルを守ろうという覚悟を持っている」

「……いや、短期間で子供3人に手を出した男の言葉なんて信用出来ないよ?」


 ……まぁ、そりゃそうだな。

 うん。俺もそっち側の立場なら「何言ってんだコイツ」ってなる。


「じゃあ、こうしよう。みんな質問してくれていい。俺はクルルが嫌がりそうなこと以外なら包み隠さず答える。誤解が晴れてみんな幸せ。どうだ?」

「……まぁこのままだと埒があかないしね。いっぺんに質問したらめちゃくちゃになっちゃうし、ここは挙手をして……」


 良かった。これできっと誤解が解けて許されるはずだ。助かった……と考えいると、話していたギルド員が続ける。


「挙手をして手に持っている石をランドロスにぶつけられた人から質問出来るってことでいいかな」

「一つも良くない。邪教の宗教裁判みたいなの止めよう」

「全部の質問に答えられなかったら罪人ってことで」

「石投げられてるんだよな? 無理だよな?」


 何でもするから許してほしい……。

 クルルと付き合っているのは仕方ないだろう。だって、クルルみたいな可愛い女の子に惚れられたら、もう付き合って結婚するしかないだろ。常識的に考えて、そうなるだろ……!!

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