第341話

「いや、本当に弄ぶという気持ちは一切なくてな。そのな……」

「うん。分かるよ。ランドロスの言いたいことはよく分かってる。つまりは、たくさんの女の子を嫁にしてハーレムを作りたいってことだよね?」

「違うんだ……! そりゃあ、四人も嫁や恋人がいたらそう思われるかもしれないが、俺は別に女だったら誰でもいいとかそういうわけではなく……!」


 俺がそう言った瞬間、俺を囲んでいたギルドのメンバーの顔が「?」と不思議そうな表情に変わる。


「……四人?」

「あっ」


 ……不味い。

 火に近づけられたから暑さで出ていた汗が、別の理由で流れ出たものに変わっていく。

 そして無言で火を近づけられてその汗が乾いていく。


 天井の梁にいたネネが短刀を放り投げてきて、張り付けられた状態のまま歯で噛んで受け止める。


「……違うんだ」

「……四人?」

「違うんだ。……話を聞いてくれ」

「…………ランドロス」

「ごめんなさい」


 ネネが短刀を投げてきたことはいつものことだからか、幸いスルーしてもらえているが……もう不味いという状況を超えてどうしようもないのでこの現状を受け入れるしかない。


 身体を縛っている縄を異空間倉庫で回収して、床に足を付ける。


「……色々と事情がある。あまり人に相談して来なかったことは反省しているが……クルルにも、もう一人もあまり人に知られたくないようなことがあってな、先に話を通しておくということが出来なかったんだ」


 松明を取り上げて、異空間倉庫の中に放り込む。

 イユリを始めとしたギルドの仲間たちは少し迷ったような表情を浮かべる。


「もちろんな、子供と結婚や交際をすることは良くないとは思うが……一つの現実として、三人ともちゃんとした保護者はいないから誰かがちゃんと保護する必要はあるだろ。もちろん義理の父としてとかも考えていなかったわけではないが……互いに好意のある状況であれば、それは名目を誤魔化しているだけで不誠実なだけだろう」


 軽く体を払って付いた煤や土埃を落として、近くの椅子に座る。

 周りにいる人達は俺の言葉を聞いて少し考えるような素振りを見せる。


「もう一人は子供ではないが、それでも多少不安定なところがあってな。……こういう状況が好ましいものでないことは重々承知していて、当事者の間でも何度も話し合っている。それに、まだ子供であることなどを考えて、節度を保っての関係だ。見ていて不愉快に思うかもしれない、納得も理解もしがたいとは思う。だが、彼女らを幸福に過ごさせるにはこれ以上はないだろう」


 こうなると、クルルがいなくなってくれて助かったな。あまりクルルの前ではこういう保護者ぶった物言いはしたくない。

 子供ではあるが、子供だからこそ、プライドというものがあるだろうし、それを傷つけることはしたくない。


「卑怯な言い方になるが、あの子達の前ではあまり反対しているという姿は見せないでいてほしい。色々と悩みがあって辛そうなんだ」


 俺の言葉を聞いてギルドの仲間達は納得していない表情ではあるが、それでも俺が性欲に負けてハーレムを築いたわけではないと思ってくれたらしい。


 まぁ、性欲に負けていないというと嘘になるが、そう言った欲望を解消したいだけならもっと楽な方法は幾らでもあるし、それを選んでいないことから察してもらえたのだろう。


 細かな説得や謝罪は必要としても、最低限の話は出来た気がする。……と、思っていると、イユリは俺の方を怒った表情で見たままだった。


「あのね、ランドロス……。私は浮気がどうのこうのなんてことを気にしてるんじゃないの。ただ、マスターを独り占めしてることが妬ましいの」

「師匠……。そうだとしても言わない方がよかったと思うぞ。あと、自分のことを気にした方がいいと、思う」


 人から聞いた話でしかないが、いい感じになっている奴がいるようだし、俺にどうのこうのと言ったり、クルルにデレデレしている場合ではないのではなかろうか。


 いつの間にかネネはいなくなっていていた。……後で謝らないとな。今はゆっくりと説明をしていくしかないが。


 ああ……気が重い。自分の蒔いた種とは言っても、しんどいものはしんどい。

 ……まぁ、これを機に認めてもらえればクルルも喜ぶと思うし、気張るか。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 説得と説明と謝罪と、ギルドの大人からは自分の娘のように扱ってきていた少女を娶ろうとしているのだから仕方ないだろう。

 むしろ、一夜程度で済んだことが奇跡のようなものだ。


 と、明けた空を見て思う。

 ……いや、それにしてももうちょっと早く解放してくれても良かったんじゃないかな。いっぺんに話したわけではなく代わる代わるやってきた奴に、その都度同じことを説明したせいで余計に時間がかかったし。


 グッタリとしながらも、今日は今日で予定がある。朝はヤンに稽古を付ける必要があるし、昼からはカルアとデートだ。

 当然、クルルをはじめとして嫁達にも今回の顛末は話さないとダメだし、ネネにも謝らないとな。


 少し休みたいとも思ったが……今回のことは身から出た鯖だしな。


「……まぁ、疲れてるけど大丈夫か」


 人間よりも体力の劣る半魔族の身ではあるが、これぐらいなら大丈夫だ。とりあえず、部屋に戻って昨日帰れていないことをシャル達に謝って理由と顛末を話して……か。


 話し疲れた喉を撫でながら寮の中に入って階段を登る。

 ゆっくりと部屋の中に入ると、シャルとカルアが着替えに使っている部屋でバタバタと慌てるような声が聞こえ、扉の前に寄って声をかける。


「俺だ。今帰って来たんだが、何かあったのか?」

「ひゃ、ら、ランドロスさん!? す、すみません。ちょっと、今は……」


 カルアが慌てたような声をあげて、俺が入れないように内側からガチャリと鍵を閉める。

 着替え中……? いや、カルアが俺に下着を見せるのを隠すだろうか。


 土壇場では見えないように隠すだろうが、そうなる前には自分から挑発するような気がする。

 何があったのだろうと考えていると、後ろに立っていたシャルが俺の背中をちょんと摘まみ、深刻そうな表情を俺へと向ける。


「……ランドロスさん。帰って来たんですね」

「ああ、遅くなって……というか、朝になって悪い。寂しい思いをさせたな。そのことについては後で話すが……何かあったのか?」


 シャルは俺の服を摘んだままコクリと頷く。

 その深刻そうな表情に、よほどのことがあったのだろうと、思わず息を飲む。


「……今朝、起きたとき……カルアさんの身に大変なことが起こっていたのです」

「……起きた時? 一体何が……?」


 シャルはほんの少し躊躇った表情をしてから俺を見つめる。


「……額に、ニキビが出来ていたんです」

「…………それで、大変なことってのは?」

「……額に、ニキビが出来ていたんです」

「いや、それは分かったんだけど……カルアは何で隠れているんだ?」

「……額に、ニキビが出来ていたんです」


 シャルが壊れた。

 いや、うん。……つまり、特に何もないいつも通りの日常ということか。


「カルア、昨日は帰れなくて悪かったな。汗を拭いて着替えたら朝食を食べに行くから着替えたら出てこいよ」


 汗臭い格好のままだと嫌われてしまうだろうと思って扉の前から去ろうとすると、扉の向こう側からカルアの弱々しい声が聞こえる。


「私はいいです。行きません」

「調子でも悪いのか? お粥でも作って来てもらおうか?」

「……調子が悪いわけではないのでいいです。後で一人で食べに行きます」

「いや、昨日の夜一緒に食べられなかったから、一緒に食べたいんだが……」


 俺がそう言うも、カルアは出てこようとしない。


「こ、こんな姿、ランドロスさんには見せられないです。治るまでは待ってください」

「いや、治るまでって……ただの出来物だろ?」


 そんな気にするようなことではないだろうと思っていると、カルアはそれを否定する。


「た、ただの出来物じゃないですっ! 私は、いつでもランドロスさんに綺麗で可愛いと思われたいんですっ!」


 いや、それぐらい全然気にしないんだがな……。そんなに酷いのだろうか。

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