第334話
そろそろ帰ろうと切り出そうとしたところで、ヤンがゆっくりと身体を起こして俺をジッと見つめる。
「最後に、今どれだけの力の差があるのかを教えてもらってもいいか?」
「……まぁいいが。空間魔法は場所を広げるのに使う程度にしておくな。流石に魔法もありだと相手にならないだろうしな」
後はどうしたものか……と考えていると、常に張っていた空間把握に小さな人影を捉えて振り返る。
「あっ、ランドロスさん、サクさんが健診のお礼にってお菓子をくれたんですけど休憩して一緒に食べませんか?」
「ああ、カルアか。……一人で来たのか?」
昼間で近所とは言えど流石に不用心……と思っていると、カルアはスッと背中を俺に向ける。
普通の剣よりも太く長く、装飾が派手な剣。儀礼用にも見えるほど美しいそれはカルアが持つと実用性以上に美しさが映えて見える。
「……聖剣か。そりゃ、暴漢から守ってはくれるかもしれないが……。ナンパはされるかもしれないだろ。カルアは可愛いんだから」
「断ったり逃げるぐらい出来ますよ? ヤキモチ焼きです」
……いや、普通に断るとしてもそういう目的の奴に嫁が話しかけられるのは不快だろ。
「とにかく、危ないから一人では出歩くなよ」
「はーい、ランドロスさんは心配症さんです」
「大切な人のことは心配になるだろ。ヤンへの稽古もこれで終わりだから少し待っていてくれ」
カルアの前で戦うか。……あまり暴力的なところは見たくないし、可能な限り痛くないように相手をしてやるか。
ヤンの方に向き直って、空間魔法で戦える範囲を広げながらくいくいと手を動かす。
「来いって……いや、空間魔法を使わないんだったら剣を構えろよ」
「いや、カルアの前で人に怪我をさせたくないからな。今回は初日だし、優しく転がしてやる」
「……流石に、舐めすぎだ」
苛立った様子のヤンが地面を蹴って突進してくる。さっき教えていた魔族の技ではないが、まぁまだ実戦で使えるレベルではないしな。
トン、と一歩踏み出して、剣の内側に入り込んで手首を掴んで、突進の勢いを利用して地面へと投げて叩きつける。
「ガハッ!?」
「……大きな弱点として、感覚器官は獣人ではなく魔族寄りってのがあるな。本気で動いたら、動体視力が追いつかずにほとんど周りが見えなくなってるだろ。いくら速くても意味がない。まぁ訓練次第ですぐに治るとは思うが」
「ッ! くそっ!」
地面に背を付けたまま俺を蹴ろうとするが、上半身を逸らしてそれを躱して脚を掴む。
「今の蹴り、動き自体は速いが、蹴る前に蹴るための動作が入るだろ。それが遅いからこうやって余裕で躱せる」
基本的に隙だらけだ。というよりかは……分かりやすいな。何を狙っているのかが。この大きな予備動作は要改善だな。
ヤンの動きに合わせて脚に力を加えて、再び投げ付ける。
ヤンは空中で体勢を整え着地をするが、着地の瞬間にトンと手で押してシリモチをつかせる。
「まぁ、これだけ投げられていて剣を離さないことは評価出来る。才能はある。これからだな」
「……低階層とは言えど、もう何年か迷宮にも出入りしているんだが」
「ちゃんと誰かに習ってはないだろ。……まぁ、身体能力の高さからして教えられる奴がいたとは思えないが」
メレクほど力はないが、メレクよりも体格が小さく機敏で速い。おおよその場合はその速さだけでどうにか出来るだろうし、技術もへったくれもなしに教えるものよりも強いということぐらい珍しくもなかっただろう。
「そうだな。朝は俺と修行して、昼からは魔法を習っとけ」
「魔法は向いてなくないか?」
「一対一で魔物としか戦わないなら必要ないが、知らなかったら仲間の魔法使いとの連携や敵に魔法使いがいたときに困るだろう。あと、実力で敵わない相手の裏をかくためとかにもな」
ヤンが降参を示すためか剣から手を離したのを見て、指で腹をつつく。
「……爵位を取るのに、迷宮メインでやるならもっと太った方がいいな。逆に食事を好きに取れる環境で活躍するつもりなら絞った方がいい」
「ドロは脂肪とか多くなさそうだが、探索が基本だよな」
「俺は空間魔法でいつでも飯を食えるからな。身体に蓄えておく意味がない」
ヤンは納得したように頷き、カルアが決着がついたのを見てトコトコとやってくる。
「じゃあ、帰ってお菓子食べましょうか。ヤンさんも食べますか?」
カルアとふたりで食べたいから来るなよ……と強い意思を込めてヤンを見ると、彼は特に気にした様子もなく頷く。
「ああ、そうだな。俺の未来の妻の話も聞きたいしな」
「……やっぱり修行付けるのやめようかな」
「ランドロスさん、お菓子はいっぱいあるんで大丈夫ですよ?」
「そうじゃないんだよ……俺はな、カルアとふたりが良かったんだ」
「んぅ……じゃあ、お菓子食べたあとはそうしましょうか」
……ヤンのせいでイチャイチャ出来ない……恨みがましくヤンを睨みながらギルドに帰っている途中、ギルドの隣の店が閉まっていることに気がつく。
「アレ、ここ何かあったのか? 入ったことはないけど料理屋だったよな」
「あー、なんか張り紙あるな。……へえ、売りに出すのか。この前ので運悪く魔物が落ちて壊れたから、それが原因っぽいな」
「ああ、なるほど……」
可哀想だが仕方ないなと思ってギルドに入ろうとすると、カルアが俺に尋ねる。
「買います?」
「何でだよ」
「いえ、普通にギルドの寮がいっぱいになってきてるそうですし、加入希望者もいるみたいですから」
「買えなくはないだろうが、寮に建て直すような金はないし、あと単純に俺が買うのは不味いだろ。どうやって運営方法を決めているのかは知らないが」
「普通にギルドの職員さんが決めてると思いますよ。それでマスターが承認する感じかと」
だったら俺が買うのは変だろ。頼まれたら買うし、足りなかったら稼ぐぐらいはするが。
俺とカルアがそんな話をしていると、ヤンが何の気もなさそうに呟く。
「まぁ、そろそろ一気に入ってくる可能性もあるし、マジで買うことにはなるかもな。寮どころかギルドの方も手狭になるかもしれないし」
「一気にってどういうことだ? そんな急に増えたりするものなのか?」
「そりゃ……ああ、ドロは今年来たばっかだもんな。アレがあるんだよ。探索者学校の卒業」
「……何だそれ?」
「国の方が安定して探索者を輩出するために作った教育機関とかで、金を払えばノウハウを教えてもらえるんだよ。高いから金持ちしか行かないけどな」
はぁ……色々あるんだな。まぁ、なんだかんだと言っても低階層で手こずっている奴がほとんどだし、学ぶことでより高い階層に挑めるようになったら最終的には得なのだろうか。
そんなことを思いながら席に着くと、パタパタという足音が俺に近づいてきた。
「あっ、いたいた。ランドロス、ちょっと……いや、全然ちょっとじゃないんだけどいい?」
灰色の髪を揺らしたクルルが少し急いだ表情で俺の手を握る。
触れ合うのには慣れてはいるが、ほんの少しドキドキとしてしまう。
「あ、あー、どうしたんだ?」
「えっとね、ギルド同士の会合があるんだけど、いつもついてきてくれてるミエナがいないってことに今になって気がついてね。小規模な会議ではあるけど、ちょっと揉めることもあるから強い人がいてくれないと困って……。メレクもサクから離れたくないだろうしね」
ああ、前みたいに会議に着いてこいということか。
カルアの方に目を向けると、少ししょんぼりとした表情をしてから仕方なさそうに頷く。
「いいですよ。お仕事は仕方ないです」
「あ、あー、まぁ、いや……他には誰かいないのか?」
「ん……今回は強い人が多いだろうし、揉めるからね。……最低限でもメレクぐらい強くないと危ないかも」
「会議だよな?」
「会議だよ?」
……会議に武力が必要なのか……? いや、クルルが言うなら必要なんだろうが。
どうしようかと迷っていると、ヤンが立ち上がって他の若者グループの方に脚を向ける。
「この時期の会議って、七大ギルドのやつだろ? 仕方ないんじゃないか?」
重要な会議なのか? その割にはミエナは普通に気にしていない様子だったが……いや、エルフだから時間感覚が薄くて雑なだけか。
普段ならメレクもいるだろうからそんなに気にしていないだろうしな。
仕方ないか……。カルアとイチャイチャするのは夜に回すか……。
「でも、明日デートしてくださいね」
「……まぁ、修行を付けたりもするからちょっと出かける程度になるけどな」
クルルを困らせたくもないので頷くと、クルルはパッと表情を明るくする。
「ありがとうランドロス。助かるよ、本当に。時間がないからすぐ行くことになるけど、準備はいい?」
「ああ、大丈夫だ。カルア、シャルに遅くなるかもしれないって伝えておいてくれ」
本当にギリギリまで俺を探していたのか、クルルは走って荷物を取りに行って、すぐに戻ってくる。
そこまで腕っ節が必要な会議ってなんなんだ……?
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