第333話

 ヤンにキルキラの動きを教えていくが、やはり体格の良さはこの武術においては不利に働く部分も大きい。

 動きはどうしても大きくなり、身体の小さなキルキラよりも早い動きでなければ地面に倒れてしまう。


 だが、やはり四足獣に近い体勢は的が小さくなるのがいい。本来なら体格がいいせいで、攻撃される場所が大きかったがそれを上手く隠せている。

 力の入らない体勢だが、ヤンの筋力なら軽く振るだけで相手は致命傷を与えることが出来るので問題にはならない。


「……熟練には時間を要するが。向いてはいるか」


 結論としては思ったよりも形になる。

 そもそもガタイがいいのは、魔法の的になりやすかったり不利な面もあるしな。それを解消出来るのは大きな強みだ。


 メレクがミエナよりも弱いとされているのも、強い力の代わりに体が大きくて遅いから魔法使いにとってのいい的になってしまうからだろうしな。


 一通り最低限の動きを伝えた後、バテて木にもたれかかっているヤンに尋ねる。


「そういや、魔法は使えないのか?」

「ん、いや、ミエ姉……おほん、子供の頃にミエナから教わってはいるぞ。だから、基本的にこのギルドに子供の時からいる奴は全員魔法が使える」

「……アイツの功績って案外大きいよな。どんなのが使えるんだ?」

「俺は水魔法がちょっとだけだな」

「水か。使い勝手がいいな」

「いや、マジで軽くしか使えないぞ」

「水の剣みたいなのは作れないか?」

「作れないことはないけど、実践レベルじゃないぞ」


 十分と頷いて、手元に回復薬を出す。

 不思議そうな顔をしているヤンに説明をする。


「ほら、回復薬を硬くして腹をぶち抜いて直接胃に入れたら、喉を潰されたり、飲む暇がなかったりしても大丈夫だろ?

「……いや、大丈夫だろ? じゃねえよ。飲む暇がないとかそういう問題じゃないだろ。むしろ余計にダメージ入ってるだろそれ」

「いや、結構実践的な技術だぞ。俺も時々、自分の腹の中に回復薬を入れて短剣でぶっ刺して飲んだりするし、歯で瓶を噛み砕いて瓶ごと飲み込むのとかもよくする」


 ヤンは何故かドン引きするかのような表情で「うへえ」と俺を見る。


「それ、飲み込んだ瓶は後からどうするんだよ」

「そりゃ、取り除くしかないだろ」

「どうやって」

「腹を裂いて」

「……なるほど。ドロ、お前、さては頭悪いな」

「いや、真面目な話な。ヤンの場合は瓶を飲み込んだりする必要はなく、水の剣を作って腹の中にぶち込むだけだから簡単だな」

「えっ、マジで? マジでやんの?」

「そりゃそうだろ。いざって時に死ぬぞ。まぁ、今日の必要はないが」


 ヤンはホッと息を吐き出す。……何というか、やっぱり痛みには慣れていなさそうな雰囲気があるな。

 いざ実践で怪我をして戦えるのだろうか。……ある程度剣技が形になったら、わざと怪我をさせて痛みに慣れさせるべきか?


 ……いや、そこまでギリギリの敵と戦ったりはしないだろうから必要はないか? もしものこともあるしな……少し考えておくか。


「まぁ、痛いのが嫌なら、水の刃を薄くて硬いものに出来るようにしたらいい。それなら痛みも少ないだろうしな」

「いや、そりゃそうかもしれないが……難しいだろ」

「俺にしか師事をしてはいけないなんてルールはないんだし、ミエナかイユリぐらいに頼めばどうだ?」

「あー、まぁそうだな。つっても、自分の腹を刺すためにか……キツイな」

「初めてやるときは治癒魔法使える奴についていてもらえよ。胃を外して他の内臓にぶっ刺して死んだりしたら笑い事じゃないからな」

「……えっ、そんなことあんの?」

「慣れたら大丈夫だ。練習用の回復薬の金ぐらいだしてやるから胃の位置を体で覚えろ」

「マジで? 頼むから冗談って言ってくれないか?」

「それぐらいの覚悟はしとけよ。子供じゃないんだから」

「子供とかそういう話か?」


 そういう問題じゃないだろうか。シユウでさえ一回試していたぞ。何故か勝手に俺の真似をしたシユウに「痛えだろうが!」とキレられたのを思い出す。


 ……あれ、もしかして痛いといやなものなのか? おれも好きではないが我慢出来なくないぐらいだと思っていたが……。

 もしかして案外苦手な奴が多いのだろうか。


「……まぁそれは有用な技だから教えるとして、何か習っておきたい技とかあるか? モチベーションは大切だろう」

「……ドロは、魔王を倒したんだよな? どんな攻撃で倒したんだ?」

「……正確には俺だとトドメが刺せないから行動不能にしただけだが……そうだな、敢えて言うなら……剣技だ」


 最後の最後は神の剣で両断したが、重要なのはその前の動きだろう。


「……俺の使える……と言うか、知っている剣技の中で一番強い技だな」

「はー、いいな。それを教えてくれよ」


 果樹林の中に微かな風が流れて葉の掠れる音が耳に入る。……まぁ、教えるのはいいか。


「技の名を【致命の刃】という」

「それで、どんな技なんだ?」

「決まった形のない無形の技だ。相手に斬られている状態で斬り裂く。そのためにどこを相手に斬らせるとか、吹っ飛びそうになる意識をどう繋ぎ止めるとか、力が入らない状態でどう斬り裂くとか、そういう技術だ」

「……チェンジで。とりあえず、そういうヤバい系の技はなしで」


 そうは言っても俺の剣技の基本はそこだしな。

 あとは空間魔法との組み合わせが主だし……。


「そうなると、後は相手を武器ごと斬り裂くとか、そういう地味な技しかないな」

「いいじゃねえか。最初からそれを言えよ」

「いや、使い道少ないからなぁ。ヤンなら腕力でそれぐらい出来そうだしな」


 剣を取り出して、巻藁代わりに木の板を取り出して地面に突き刺し、その前に鉄板を立てかける。

 少し深めに息を吸い、チッ、と音を立てて勢いよく剣を上段から振るい落とす。

 ストンと柄の部分が地面に付いたことで止まる。


 遅れて鉄板と木の板が両側に倒れ、ヤンは信じられない物を見たという様子で鉄板を持ち上げてその厚さなどを確かめる。


「……横かと思ったら縦かよ」

「別に横でも斬れるが、あまり実践的ではないな」

「何で横だと実践的じゃないんだ?」

「ああ、見たら分かると思うが、この技は踏み込みとかの拍子がなかっただろ。もちろん踏み込みながらでも使えるが、基本的には相手の隙を突いて武器同士しか触れ合えない距離で相手の武器を破壊するための技だからだ。……まぁ、これはかなり難しいから教えるのはもっと後だな」


 ヤンの体力ももう切れたことだし、そろそろ修行も切り上げて帰りたい。カルアといやらしいことをするためにも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る