第330話

 何か豪華な店の中に入り、その中の個室に通される。

 触手版の空間把握で中を確認すると妙に壁が厚く防音されていることが分かった。


 そういう密談用の場所らしい。

 三対一で向き合うような形になり、ヤンが微妙そうな表情で俺を見る。


「何が一体どうなっているんだ……?」

「まず間違いないことは、ヤン、お前は相手にされてないということだな」

「いや、そんなことはないだろ。照れてるだけで」

「どう見たらそうなるんだ……?」


 俺とヤンがコソコソと話しているとカルアはゆっくりと口を開く。


「えっと、一年と半年ほど前に、ある理由から城を出たんです。そのあと旅をしてこの国に流れ着いて、ランドロスさんと出会って……その、気持ちが通じ合って婚姻をしたのです」

「それは……その……いったいどういった理由でしょうか?」

「えっ、結婚の理由ですか? それは、その、お互い愛し合った結果と言いますか……えへへ、恥ずかしいです」

「いえ、そちらではなくある理由というのは……。反乱やクーデターなどがあったのですか?」


 カルアは照れさせていた顔を戻して首を横に振る。


「いえ、より大きな理由ではありますが、ラーズ様にお話しすることは出来ません」

「それは……」

「察してください」


 カルアは真っ直ぐにラーズを見てそう言う。

 いや……思い付きで世界を救おうとして出ていったんだよな? 言えないのは思い付きだからだよな?


 だが、カルアの真剣そうな表情に押されてか、ラーズはゴクリと息を呑んで頷く。騙されてるぞ。


「では、こちらのおふたりは?」

「ええ、こちらのランドロスさんはさっき言ったように旦那様です。こちらのヤンさんは……ん、まあ職場の同僚……? のような」

「はじめまして、ランドロス様、ヤン様」


 ……ああ、やっぱり認識されてなかったんだな。可哀想に……。


「それで、本日はどうして私に……何かお手伝い出来ることがありますでしょうか?」

「えっ……いえ……たまたまというか……こちらのヤンさんが街で見かけた女の子に一目惚れをしたという話を聞いて、ちょっと見てみたいという話になったら、その女性がラーズ様だったようで……」

「んん? ええっと……それは、どういう……」

「いえ、そのままの意味でして……」


 ラーズがヤンをチラリと見たと思うとヤンがキメ顔をしながら彼女に向かって言う。


「幸せにする。結婚しよう」

「……へ? えっ、ええっと……」


 困惑した表情をカルアに向けて助けを求めようとする。


「ひ、姫さま……こ、これは……」

「気にしなくて良いですよ。彼は心が病気なんです」

「ああ、恋という名の病にな」


 ……辛い。

 勢いのままシャルに求婚してしまったときのことを思い出してとても辛い。結果は良かったが辛い。


 何故か胸の辺りが痛くなってくる。


「ええと……姫さま?」

「スルーしていただいて大丈夫です。それより……この国にいたんですね。結構遠方だと思いますが」

「ええ……お恥ずかしい話、お家争いに巻き込まれ……本当ならもっと姫さまのお世話をしたかったのですが……」

「はあ、だとしてもかなり遠方ですよね。聞いた話、悪いようにはされていないようではありますが、厚遇されているわけでもありませんし……」

「正直なところ、わたくしもまだ幼いぐらいでしたのであまり正確には把握出来ていないのですが……。どうにも長男……ええと、お家争いで優勢だった方が王家と対立している派閥に着こうとしていたそうで、その処罰に巻き込まれることがないように可能な限り遠方に……ということのようです」

「……ふむ……私がぼーっとしていた間にも色々とあったんですね」


 よく分からないが政治的に負けてここで隠居しているということか。


「それで、わたくしに何かお手伝い出来ることはありませんか?」

「いえ……特には……本当にたまたまだったので、会えて嬉しいとは思いますが、何か頼みがあるということは……」

「どのような生活をなさっておられるのですか? もしよろしければ、探索者の住居などではなくわたくしの屋敷に……。遠慮などなさらず、姫さまの所有物と思ってくださって大丈夫ですので」

「いえ、大丈夫ですよ。万事、足りていますので。今はこちらのランドロスさんと、あと三人の五人で寮の一室で生活していますね」


 カルアの言葉にラーズの笑みが固まる。


「寮の……一室? 姫さまがそこの男と……? 侍女は三人だけ……?」

「あっ、いえ、使用人はいません。その三人は私と同じでランドロスさんの……ひっ」


 カルアが話している途中、ラーズの表情が恐ろしいものに変わって珍しくカルアが怯えた様子を見せる。


「……そう……ですか。姫さまが、こんな亜人にいいように……」

「えっ、あっ、ち、違いますよ。私が好きになって無理に押しかけたような状況でして……」

「いいんです。姫さま、私がこの畜生を退治してみせます」

「いえ、私が好きでして……というか、本当に無一文のときに良くしていただいた恩人でもありますので、そのように計らうようお願いします」

「う……は、はい。承知いたしました」


 なんかまだ微妙に睨まれている気もするな……。

 絶妙にやりにくい関係性が出来たな……まぁ、たぶん、そんなに頻繁に会うような関係性にはならないだろうから大丈夫だとは思うが。


「それで……プロポーズは受けてもらえるか?」

「……えっ、いえ、無理ですけど」


 だよな。と思っていると、ヤンは深く頷く。


「分かっている」


 良かった、分かってた。


「今の俺だと、君とは釣り合わない。だから……すこし、待っていてほしい」


 分かってなかった。


「えっ、いえ、嫌ですけど……」

「分かっている」


 良かった、分かってた。


「俺も今すぐにでも結ばれたいと思っている。だが……そういうわけにもいかないだろ」


 分かってなかった。

 どうしようか。あまりカルアの古い知人に迷惑をかけるのは好ましくないし、一度大人しくなるまで殴っておいた方がいいだろうか。

 そんなことを考えていると、カルアが仕方なさそうに口を開く。


「ヤンさん、無理矢理言いよるのは良くないですよ」


 えっ……それ、カルアが言うのか……!? カルア、お前だけはそれを言ってはいけないのではないだろうか。

 いや、まぁ俺もカルアが好きだったからいいんだが、だがしかし……付き合わなければ誘拐して監禁すると言い張った本人が、そんなことを言うのか……!?

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