第331話
「分かっている。ちゃんと今は引いて、見合う男になってから出直す」
分かってないな……と思っていると、ヤンは立ち上がって外に出て行く。
「待っていてくれ、すぐにでも成果を上げて見せる」
「は、はぁ……」
困った様子のラーズにカルアが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「私の知り合いが失礼しました。……えっと、一応聞きますけど、結婚する気はないですよね」
「あの方とですか? ……まぁ、ないと言えばないですが……私も嫁ぎ遅れの年齢ですからね。こちらの国では繋がりも薄く縁談もないですし、本当に爵位が得られるのであれば家のためにもなりますし、構わないですけど。まぁ、亜人の血を入れるわけにはいかないので、子が出来たとしても親族の子を養子に貰う必要などはありますが」
「えっ……あっ、あの、一応、この国では法律的には人間以外の種族の方も変わりませんし、私の夫や友人にも多くいられるので……」
「えっ……失礼しました。ですが、完全に家の繋がりが途切れたわけではないので」
ヤンにチャンスがないわけではないが、普通にギルドの女の子とくっついた方が幸せそうだな。あいつに貴族としての振る舞いとかは出来なさそうだし。
そもそも価値観とかその他諸々が違いすぎるように見える。
少なくとも結婚出来たとしても両思いにはなりそうにない。
「というか、行き遅れって年か?」
「ん、まぁ、私の母国の身分の高い人は十代の中頃ぐらいになったら結婚することが多いので。貴族や王族ではそんなものだと思いますよ」
「はぁ……じゃあ、カルアの年齢でもそこまでおかしくはないのか」
「ん、まぁ、そうですね」
まるで別の世界の話だな。俺も結婚が遅い扱いになるのか。
「そもそも私達のような恋愛結婚自体ほとんどないですからね。基本的には政略婚ですし、結婚するまで一度も顔を合わせることすらないのとか、何十歳も離れているとかも珍しくないです」
「……ええ……怖くないか? それ」
知らない女と同じ家で寝たりとか、怖すぎて俺には無理だ。ある程度信用出来る奴じゃないと心が休まらない。
そもそも自室に使用人が入ったりするのも、キツい。
特に……子供を作るときとか、当然武器を構えながらなんて出来ないわけだし、よほど信用出来る相手でもなければ怖すぎて反応出来ない気がする。
結婚して初めて会った人なんてまず無理だ。
政略婚が基本で恋愛結婚出来ないのであれば孤児のシャルや平民のクルルとは結婚出来ないわけだし……あれだな。貴族って何の利点もないな。
「まぁ、私のことは気にしなくても大丈夫ですよ。私はもうランドロスさんのお嫁さんなので、母国に帰ることはありえませんから」
「……しかし、私は姫さまの……」
「もう姫でもないです。カルアです。カルア・ウムルテルアです。なので、そんな風に畏まられても困ります」
「そんなこと、言わないでください」
「事実です。今更国に帰ろうとしても、放蕩して貴族でもないランドロスさんと結婚したのに、王族として認められるはずがないでしょう。無理矢理離婚はさせられるでしょうが、散々ランドロスさんと睦み合ってきたこの体で誰かの家に入ることは不可能ですし、良くて軟禁されるだけです。当然、私もランドロスさんと離れることは決して許容出来ることではありません」
……睦みあいって……いや、まだ行為はしていないが……カルアが寸前でビビったせいで、いたせていないんだが……。
まぁ、それでカルアを取り戻そうとする動きがなくなるならそうしておいた方がいいか。
俺はゆっくりと頷き、ラーズを見る。
「身重になっている可能性もある。ロクな目に遭わないと分かっているところに向かわせるわけにはいかないな」
「む、睦み……身重……。ひ、姫さま?」
驚くラーズにカルアは粛々と頷く。
「愛しあい結婚した男女なのですから、そういうことになるのは当然のことでしょう。何を驚いているのですか」
「そ、それは……」
「それに、ラーズ様も国から離れた身ですよね」
「そ、そうですが……その、幼い頃よりお世話をさせていただいていた姫さまの……」
「ありがとうございます。でも、ラーズ様も頼る先のない異国にいるのですから、無理をなさらないでください。個人的な友人としてなら大丈夫ですが、姫と言われては参ってしまいます」
それからラーズは眉を顰めて悩んだような表情を浮かべ、ゆっくりと頷く。
「わ、分かりました。けれど、困ったことなどがあればすぐにでもご連絡ください」
「はい。ありがとうございます」
カルアが困ることなんて存在するだろうか……。せいぜいがシャルに叱られるとかその程度である。
それからカルアとラーズが話しているのを横で聞きつつ、少し考える。
……ラーズは悪いやつではなさそうだが亜人のことを下には見ているようだし、ヤンのような熱烈な愛情を持っているわけではなく、あくまでも結婚は政治のためと割り切っているように見える。
それが悪いとは思わないが、結婚したとしてもヤンの想いに応えたことにはならないだろう。
……まぁ、修行は付けてやるが、それ以上はしないでいいだろう。ついでにヤンの周りの連中も誘っていればいい気がする。
男なんて可愛い女の子に誘われれば悪い気はしないものだしな。
動物とかでもオスとメスを同じ場所に入れといたら繁殖するし、その手法でやんわりとくっつけさせてラーズを諦めさせよう。
そんなことを考えているうちに話は終わり、ゆっくりと店を出る。
「では、またの機会に」
「ええ、よろしくお願いしますね」
ラーズは深々とカルアに頭を下げた後、俺の方を一瞬だけチラリと見る。……嫌われたな。まぁ仕方ないし、構わないが。
頭を下げたままのラーズを、カルアは気にした様子もなく俺の手を引いてギルドの方に向かう。
「……若干、会った頃のカルアを思い出した」
「えっ、す、すみません」
「いや、俺に対してドン引きしていたときではなくな。ギルドの連中にもしていた他人行儀のように見えてな。……幼い頃からの知り合いなんじゃないのか?」
「……難しいものなんです」
「貴族や王族がか?」
カルアは珍しくしおらしい表情を浮かべて立ち止まり、遅れて立ち止まった俺に一歩近づいてから白い頭をポスリと預ける。
「……いえ、誰でも思うことです。そのままの自分なんて愛されないということは」
「……俺といるときは?」
「えへへ、それは素ですよ。自信満々で偉そうで傲慢なのが私です」
「まぁ、誰にでも愛されるって性格ではないな」
俺はそんなカルアが好きだが、と軽く肩を抱き寄せる。
カルアはしおらしい表情をそのままに、頬をうすらと赤ばめさせて俺の服をちょこんと摘み、上目遣いで俺の顔を覗く。
「えへへ……今日の夜、その……もう一度、挑戦してもいいですか?」
あまりの可愛さに脳がぐわりと揺れて反射的に頷きそうになったが、寸前のところで理性が復活する。
「……いや、頻繁に部屋を空けるのはクルルに悪いしな。ネネは毎日来るわけじゃないから大丈夫だと思うが」
「じゃあ、その、部屋の方でしませんか? えっと、それなら寂しい思いはさせませんし」
「……他の二人に見られながらって、アブノーマル度が増してないか?」
「い、いえ、その、急に全部はやはり難しいようなので、ちょっとずつえっちなことをして慣らしていく感じで……ダメです?」
俺としては大喜びしかないが……シャルはそんな淫靡な生活を許してくれるだろうか。
クルルもひとり仲間外れの状況になってしまうし、ネネもそんな状況では来にくいだろう。
「……ちゃんとルールを定めてな。グダグダになったら、クルルとネネに悪い」
「は、はい」
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