第329話
まぁ……よく分からないが、クルルを狙っているわけではないならどうでもいいか。
「……あー、ヤン、一応聞くんだけど、クルルに元恋人みたいなのはいないよな? いい感じだった奴とか」
「いるわけないだろ、子供だぞ……。お前がいなければ恋人なんか出来ないだろう。というか……マジでマジなのな。そっちのカルアちゃんがいるのに普通に話してるし」
「あー、まぁ、そうですね。隠されているわけではないです」
「はあ、何股もねぇ……? 俺にはよく分からない世界だな」
いや、すぐ隣にある世界だと思うぞ。モテまくってるらしいしな。
というか、何でそうまともっぽいことを言うのに一目惚れしただけの女の子と両想いだと思い込んでしまうのか……。
そんな話をしている間にいつの間にか高級そうな大きな敷地の家が立ち並ぶ区画に入る。瓦礫の撤去のために何度か足を運んだが、あまり慣れない空気感というか……人が多くない割に道幅が広いせいで遠くからでも見られてしまうような感覚に陥る。
俺もヤンも明らかに探索者の普段着っぽい格好をしているので浮いているし、カルアもこの程度の環境だとまだまだ育ちが良すぎて浮いているように見える。
まぁ、カルアは美人すぎてどこに行っても目立ってしまうが。
「ここだな。と言っても中には入れないし、覗き込んだら不審に思われるだろうから会うことは難しいが」
気がつかれずに侵入するのは難しくないが、結局、ヤンに求婚をさせるなら会わせる必要があるからな、侵入は出来ない。
どうしたものかと考えながら柵の内側の方に目を向けると、2階の場所からヤンと同い年くらいの少女がこちらを見ていることに気がつく。
庭が広いため視界に映る少女の姿はよく見えないが、なんとなくめちゃくちゃ慌てているように見え、一瞬窓から飛び出そうとしてすぐに戻って窓から離れていった。
……今、俺たちを見て二階から飛び出そうとした? カルアとヤンの方を見るとその様子を見ていなかったのか、のほほんと街の景観を見ていた。
……えっ、マジなのか? マジでお互い一目惚れで両想いなのか? そんなことありえるのか?
いや、ストーカーと思われて驚かれた……? だとしたらこちらにやってこようとするのではなく隠れて警護を呼ばれるのではないか。
判断が付かずに混乱している間に、バタバタとした足音が門の方から聞こえてくる。名家のお嬢様とは思えない足取りでやってきたと思うと、門の前に立っていた警護に「開けてくださいっ! はやくっ!」と急かす。
……嘘だろ? と思っていると、ヤンもカルアも目を丸くして驚いていた。
それから門が開けられて、まだ微かにしか空いていないような状態なのに、体を横にしてすり抜けるようにしてひとりの少女が出てくる。
思わずヤンと交互に見ると、ヤンは驚きながらも手を開いて少女を受け止めるような体勢をする。
そして少女はそのままの勢いで抱きついた。
「姫さまぁっ!」
ヤンではなく……俺の隣にいたカルアに。
……は? えっ……何故……? というか、今姫様って……。
思わず身構えると、カルアは少女のタックルの衝撃にふらつき倒れそうになっていたのでそれを支える。
「ら、ラーズ様!? な、何でこんなところに……」
「そ、それは、こちらの言葉ですっ! も、もしかしてこの不肖のわたくしを追いかけて……!?」
「い、いえ、そ、そういうわけでは……」
何がなんだか分からない。ヤンも広げた腕をどうすればいいのか分からないのか、呆然と立ち尽くしていた。
「す、すみません、一度離れていただいても……」
「申し訳ございません! 失礼いたしました、姫さまに再会出来た喜びで、わたくしは、わたくしは……」
意味が分からないが、悪意はなさそう……だよな?
カルアは乱れた衣服を手早く直すと、ラーズと呼ばれた少女と俺達を交互に見て、少し頬を引き攣らせる。
「……姫、さま? って、一体……」
ヤンが呆然とそう尋ねると、カルアは少し気まずそうに佇まいを直す。
「……えっと、実は私は小国の王族出身でして」
「王族? ……冗談か?」
「いえ、本当です。第六王女だったのですが、故あって城を飛び出しまして……。こちらのラーズ様は以前、私の侍女をしてくださっていた方なんです」
カルアよりも一回りほど大きいラーズという少女は、名家の女性とは思えないような幼い仕草でパタパタと動く。
「姫さま! ど、どうぞ中へ! わたくし、会いに来ていただいて感激でございます! そちらのお付きのお二方もどうぞ中へ!」
え、ええ……と思っていると、カルアは困った様子で首を横に振る。
「す、すみません。その、実は出奔しておりまして、人に見つかると困るというか……」
「そ、そんな中で私に会いに来てくださるなんてっ! ああ、どうしましょう! と、とりあえず……人に見つからずにゆっくりと話せる場所ですね!」
いつの間にかカルアが話の中心になっていて、ヤンの腕が開きっぱなしであることに哀愁を感じさせられる。
いや……うん、まぁこんな状況になるなんて普通は思わないよな。
どうやら昔の知り合いのようではあるが、カルアの様子からしてそこまで警戒する必要のある相手でもなさそうだ。
カルアが城を出て行ったことを知らないところを見ると、城を出る前に侍女を辞めてここに来ているようだし、カルアの母国とはもう関係が途切れているのか?
「……あっ、ではこちらに来ていただいてもよろしいでしょうか?」
カルアは少し気まずそうに頷いて、俺の手を引いてラーズについていく。
「あっ、えっと、今はもう王家の者ではないので、あまり気を遣わなくて……」
「事情はよく分からないのですが、姫さまは姫さまなので」
「いえ……もう姫では」
「えっと……ではクシヤ様でよろしいでしょうか?」
「今はその名前も捨てました。今はカルア、カルア・ウムルテルアと名乗っていて、こちらのランドロスさんの妻を……」
ラーズの視線が俺を向く。
「……ランドロス? 異空の?」
「……まぁ、人からそう呼ばれることはあるな」
あからさまではないが、ほんの少しの警戒と敵意を感じる。
微妙な空気の中、俺はゆっくりと、未だに腕を開きっぱなしにしているヤンの腕を閉じさせる。諦めろヤン、多分認識されてない。
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