第318話

 クルルがニコニコとしていたら俺も嬉しい。

 撫でてほしそうに俺の方に寄ったので軽く撫でる。


「……俺がいない間、大丈夫だったか?」

「うん。みんな仲良くしてたし、特に事故とかもなかったよ」

「寂しかったりはしなかったか?」

「カルアは寂しそうにしてたよ。あと、ヤンが稽古を付けてもらいたそうだったぐらいかな」


 ニコニコと答えるクルルの肩を抱き寄せる。


「俺はクルルに聞いているんだ。ギルドマスターではなくてな」


 クルルは一瞬だけ惚けた表情をしてから、顔を真っ赤にして俺を見る。


「へ? あっ……えっと……さ、寂しかったりは……した、かな」

「悪かったな」

「あ、いや、仕方ないことだし……。で、でも、あ、ありがとう」


 クルルは照れながらそう口にして、俺にぺったりと張り付く。こういう子供っぽいところもクルルの一面だな。


 ギルドで見せているしっかり者の姿が偽りや演技とは言えないが、両方がクルルなのだろう。


「ネネはどうしてこっちにきたんだ? 用事があったのか?」

「……寒かった」

「なら最初からいればよかったのに。ああ、もしかして鍵を渡してなかったか?」

「ヒモから受け取った」

「そうか。これから寒くなるし、体が冷える前にこっちに来いよ。狭かったらもう一つベッドを置いてもいいしな」


 ネネはわざとらしく顔を歪めて「朝食に行く」と出て行ってしまう。まぁ、話はしたかったが急用というわけでもないから時間のあるときでいいか。


「……ふたり、起きないな」

「ん、昨日の夜ずっと寝たり起きたりしてたからね。よっぽど緊張してたんじゃないかな」

「ああ……まぁ、そんなものか。……クルルは本当にいいのか?」


 なんだかんだと二人に気を使っているのではないかと思って、ふたりで話せる今のうちに尋ねると、クルルは気にした様子もなくコクリと頷く。


「うん。大丈夫だよ。……二人には秘密なんだけど、多分途中で中止になるだろうから本当に気にしてないよ。ランドロスも、本当はそんなに乗り気ってわけじゃないでしょ?」

「いや……乗り気じゃないわけでも……」


 出来るならやりたいと思う程度にはその気になっている。まぁ多分、いつも通りに誘惑だけされて寸前のところで待ったをかけられるだろうとは思っているが……。


「まぁ、うん。出来ないだろうとは分かっているが」

「そうそう。でも、そういうことを「先にしようとした」と「順番を譲った」になるでしょ。なら、次は私の番かなぁって」

「ええ……いや、それは……」


 俺もクルルも性的なことへの興味と関心が強すぎて止める奴がいなくなってしまう。

 いや、それは嬉しい。嬉しいんだが……いいのか?


 最近、完全に頭の中の自分がふたつに分裂してしまっている。一つは本能の赴くままに魅力的な異性に手を出したい俺。もう一つは現状が不安定なことや、なんだかんだとまだお互い出会って日にちが浅いことや年齢が幼いことから手を出すことに引け目を感じている俺だ。


 本能に赴くまま手を出せば三人とも喜ぶだろうし、何か問題が発生しようとカルアを中心としてなんとかしてくれるだろう。

 いや、しかし、問題を妻任せにするのは……。


「ランドロスはしたくない?」

「……したいから困ってる」

「えへへ、じゃあ、困らせないように我慢するね」


 クルルは肩透かしになるほどすぐに引き下がる。

 ……からかわれただけか。本気で誘惑されそうになっていたせいで余計に恥ずかしい。


「……困らないと言ったら、いいのか?」

「へっ?」


 抱き寄せているクルルの身体を軽く撫でて、パジャマに包まれたふとももの内側に指を入れる。


「えっ、あっ……そ、それは……」


 ふとももがギュッと閉じられて、俺の手の動きを止める。ちょっとからかわれた仕返しにからかい返そうとしただけだったのだが……クルルは頬を紅潮させて、潤んだ瞳を俺に向ける。


「い、いいよ」


 い、いいのか? いや、いやいや、落ち着け。

 からかっているだけだろうし、そうでなかったとしても今この場の誘惑に負けては……間違いなく、シャルとカルアに怒られる。特にカルアは二回連続で裏切られる形になるし、流石にただでさえ存在していない信頼が……地の底に沈む。


 エロいクルルとエロいことをしたいが、その欲望は抑える必要がある。

 ゆっくりと手を引き抜こうとして、クルルに腕を握られる。


「クルル……さん?」

「からかってるわけじゃないよ?」

「あ、ああ」


 頷きながら指を引き抜こうとすると、クルルはグッと腕を抱き寄せて逃がさないようにする。

 その動きのせいで俺の手はクルルの足の付け根の方に移動してしまい、非常に危ういところで挟まれる。


「……ランドロス。大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

「いや、今の状況じゃなくて、また色々抱え込んでるんじゃないかなって」

「……あー、まぁ少しだけな」

「……シルガのこと?」


 一瞬ドキリの心臓が鳴る。だが……管理者とシルガはそれほど深い関係というわけでもないので関係はないだろう。

 まぁ、管理者との関わりで思うところがないわけではないが。


「いや……シルガとは関係が薄いな。……まぁ、話すつもりだったから話すか」


 クルルはほとんど蚊帳の外だったからな。管理者がギルドに来るならちゃんと話しておいた方がいいだろう。


 まずはどこから話すべきか。そう考えるも、指先に感じる感触が気になりすぎて頭が働かない。


「あ、あー、えーっと、塔の管理者兼魔王や勇者などを作ったり、あと亜人を作ったりした六万歳の人物と知り合いになってな」

「…………ん、んんぅ? えっと、少し意味が……」

「塔を登ったらこの世界の神的な存在と会ってな」

「……そ、それは、狂人なのでは?」

「いや、カルアの知らないとんでもない知識を大量に持っていたから間違いない」

「本物なの?」

「俺の見立てではな。言っていることが本当かまでかは分からないが、超常的な存在なのは間違いない」


 クルルは相談に乗ろうとはしたものの、規模が大きすぎたことに頭がついていかないのか無言で頭を頷かせる。


「それで、カルアがその人をギルドに誘ってな」

「……えっ。ええ!? いやいや、いやいやいや……ここ、探索者ギルドだよ? 管理してる建物を探索する人っておかしくない? そもそも、管理してる人がいたら私達って略奪者なんじゃ……」

「いや、迷宮の探索についてはわざとさせているみたいだから大丈夫だ」

「そ、それならいいけど……。いや、いいの? えっ、もうよく分からないんだけど」

「とりあえず見学しにくるみたいだけど、大丈夫か? というか一回来ていたけど」

「だ、大丈夫って、ええ……いや……こ、断るのは無理だよね。ええっと、え、偉い人に会うみたいな感覚でいいの?」

「まぁ、適当でいいと思うが」

「良くないよ!」


 とは言っても、立場を抜けば普通の人っぽいからなぁ。偉い人って王女が隣で寝ているが、それと同じような接し方をするのだろうか。


 わたわたと慌てているクルルの脚から手を引き抜く。……可愛いけど、大丈夫だろうか。

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