第317話

 カルアとふたりで帰り、シャルとクルルの寝ているベッドに腰掛ける。

 俺がふたりの寝顔を見て頰を緩ませながら頭を撫でるとカルアは俺の気を引くように手を握り、頰にキスをする。


「ん、おやすみなさい」

「……ああ」


 もう少し三人を見ておきたいと思う。

 やはり恋人や妻とするには年齢が離れているが……まぁ、悪くはないか。俺が彼女達と変わらないような年齢であれば守ることは出来なかっただろうしな。


 カルアが眠ったのを確認して、じっと三人の寝姿を見ていると思わずムラリとくる。

 ……シャルに誘われてその気になってから我慢されられているからな。ただでさえ、普段から美少女に囲まれて誘惑されているのに。


 男として、むらむらとしてしまうのは当然だろう。

 なんだかんだとタイミングを逃し続けたことにより発生した禁欲。


 …………正直なところ、これまでの流れ的に明日もそういうことは出来ない気がする。

 いや、カルアの気持ちが嘘とは思えないが……うん、なんか今日も出来なかったし、そういう雰囲気になってもなんだかんだとな……。


 まぁ仕方ないか。そういう子を好きになったんだしな。


 ……そういえば、新しい魔法に名前をつけてなかったな。空間把握の触手型とそれに赤い雷を宿したもの、赤い雷を大剣に溜めて放つ技。


 うーん、空間触手? いや、ダサいし気持ち悪いな。

 魔法の師匠であるイユリに説明する必要があるんだし、人に話せる名前を付ける必要があるよな。


 空間把握・改……いや、これもなぁ、別に元のよりも使い勝手がいいわけでもないしな。多少能動的に動かさなければならない分、常時発動には向いていないし。

 それも含めて、暇な時にでもイユリに相談してみるか。


 ベッドに空いている場所が見つからなかったので端の方に縮こまって眠ることにする。別の部屋で寝てもいいが、朝寂しがるだろうしな。俺も少し寂しいし。


 ベッドの端に寝転がって目を閉じる。少女達の吐息の音を聞くと緊張してしまうが、気にしないようにする。


 ……近くに嫁がいないと寂しくて眠りにくく、近くに嫁がいたら緊張して眠りにくいってどうなんだ? ……もしかして、単純に俺は眠るのが苦手なだけなのか?


 よく考えたら、母が死んでからは警戒しながらの睡眠ばかりだったので、深く眠ることって少なかったしな。……そういうことなのか?


 そうしていると、俺の頭の上に手が乗せられる。


「大丈夫、大丈夫だよ。ミエナ」


 少し目線を上げると、クルルは寝ぼけているのか、寝言を言いながら俺の頭をなでなでする。

 他の人にしているつもりなのは気が良くないな……と思っていると、クルルはそれからイユリやメレク、カルアやシャル、ギルドの子供や若者、老人も並びに規則性もなく名前を呼んでよしよしとしていく。


「ランドロスも大丈……」


 と、言ったとき、俺はクルルの身体を抱きしめてその言葉を止める。それから背中をさすってやると、クルルは薄く目を開けて俺を見る。


「……あれ?」

「怖い夢でも見てたのか?」


 クルルはパチリパチリと瞬かせて、俺の胸にぎゅっと抱きつく。


「……うん」

「そうか。大丈夫だ。みんな俺が守るから」


 クルルはその言葉に安心したのかこてりと頷いたっきりで眠り始める。

 ……やっぱり背負っているものが大きいな。


 立場は人を作るのだと思う。勇者パーティにいた俺を始めとした仲間達は、本来可能だったことを超えてことを成していたように思うが……結局は完全に離散しているし、あれ以上の長続きはしなかっただろう。


 立場は人を作るが、確かな土台がない砂の上に城を作るようなものだ。


「ネネと話すか」


 夢の中でまで、みんなを守ろうとするのはきっと不安の表れだ。実際にギルドマスターを別の人に変えるかどうかは別として、何かあったときにすぐに交代出来る人がいるだけで安心感はあるだろうし、クルルの強すぎる責任感を和らげる一助にはなるかもしれない。


 そんなことを考えているうちに眠りについた。


 朝、目を覚ますと身体が動かなかった。一体何が……誰かに攻撃されていたのならば起きるはずだ。

 身体を動かそうとしたらふにゃりと柔らかいものが手を拘束している。

 不思議に思って指先を動かすと薄い布地と人の感触がある。目を開けるも何故か暗い。


 一体何が……と思っていると、少しずつ頭が冴えてくる。

 誰かのふとももに脚を挟まれているようだ。隣で寝ていたクルルのものにしては少し肉付きが薄い気がする。


 カルアにしては細いので……シャルの脚か。

 だが、シャルの脚に腕を挟まれているということは、頭の上に乗っていて視界を塞いでいるのはシャルではないな。体の大きさが合わない。


 頭の上に乗っているのは多分腹部だ。みんなお腹はスレンダーだがくびれはないので判断がつかない……いや、若干固い? 筋肉か? カルアは三人の中では体力もある方ではあるが、腹を触ってもそれほど感じなかった。


 ……これ、ネネだろ。なんで頭の上に乗っているのだろうか。若干汗の匂いがするし、目を開けて真っ暗なのを考えると多分寝巻きじゃないので、どこかで運動をしてきて帰ってきて俺の上に乗ったのだろう。……いや、なんでだ。別に構わないけど。


 ……あと、多分脚が動かないのはカルアだな。消去法だが、クルルの体重なら力を入れずにでも動くだろうしな。


 ……あれ、じゃあクルルはどこに、と思っていると、俺の頭の上に乗っているネネがもぞりと動く。


「ネネ、それだとランドロスが窒息するよ。息であったかいのは分かるけどちゃんと起きて」


 そんなクルルの声が聞こえて、ネネがゆっくりと俺の頭の上から離れる。やっと息が出来る……と思っていると、顔にひんやりとした空気が当たって目が冴えてくる。


「……おはよう」

「あっ、起きてたんだ。おはよう」

「……寒いな」


 シャルもカルアの拘束から抜け出して、毛布を追加で一枚出してふたりの上にかける。


「うん。急に冷えてきたよね。みんな寒いからランドロスにひっついてたよ」

「……ああ、俺はそこそこ体温が高いからな。筋肉があるからだろうが」

「シャルは体温低いよね」

「まぁ、だいぶ細いからなぁ」


 頭をガリガリと掻いてから身体を軽く伸ばす。

 ネネとクルルの話をしようかと思っていたが、こんな朝っぱらから本人の前でするような話ではないと思って口を閉じる。


 そうしてからクルルを見ると、ずいぶんとニコニコとしていてご機嫌だ。


「何か良いことあったのか?」

「んー、良い夢を見たの」

「……あれ、怖い夢を見たんじゃなかったの?」

「あ、うん。途中までそうだったんだけど……あれ?」

「どうした?」

「……なんでランドロスがそれを知ってるの?」

「なんでって、本人から聞いたからだが……」


 クルルは顔を赤くしてから「んっ」と咳き込んで瞬きをして、照れくさそうに頰をかく。


「……良いことが、あったみたい」

「はぁ、よく分からないが、よかったな」

「うん。えへへ」

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