第319話

 ワタワタと慌てるクルルに反応してふたりが目を覚ます。


「ん、んぅ?」

「あ、起こしちゃった?」

「もう朝です?」


 シャルが布団を押しのけて起き上がると、それで身体が冷えたのか、カルアはギュッと布団をたぐり寄せる。


「寒いです……。急に冷えすぎではないですか?」

「まぁそうだな。肉の薄いカルアには辛いか」

「……えっ、朝からセクハラですか」

「違う。普通に肉付きが薄くて細身だから心配しているだけだ」

「シャルさんほど細くないから大丈夫です。寒がりなだけです」


 シャルは普通に立ち上がってテキパキと活動し始めて、カルアは布団を纏いながら立ち上がって眠たそうに欠伸をする。


「カルアのいたところはここより暖かかったのか?」

「いえ、ここよりも北国なのでむしろ寒かったですね。まぁ、冬季は城の中でずっとぬくぬくとすごしていたので寒いのは不慣れですが」

「防寒とか考えないとなぁ。シャルは平気なんだな」

「そうですね。真冬にご飯がなくて隙間風が吹く中生活していたので、そんなに気にならないですね」


 嫌な慣れ方だな……。まぁ、今はシャルも孤児院の子供も幸せに過ごせているようなので良かったが。


「ランドロスさんは大丈夫なんです?」

「まぁ、俺も旅で慣れているしな」


 クルルも大丈夫なようだし、俺達の中で寒いのが苦手なのはカルアとネネぐらいか。

 そういえば部屋の防寒とかは考えていなかったな……。みんなひっついて寝ているからあったかいせいで、冷えてくる季節になるまで気にしていなかった。


 どうしたものかと思っていると、クルルが「いいことを思いついた」ようにパッと瞳をかがやかせる。


「あっ、じゃあ魔道具を買うのはどうかな。魔石を使うだけで熱風を出して部屋をあっためるって便利なものがあってね」

「相変わらず魔道具好きだな」


 風呂やら照明やらで金を使いすぎたとかで、ギルドマスターとしての給料を預かられてお小遣い制にされたと言っていたのに……。


 まぁでも欲しいなら買えばいいかと思っていると、シャルが不安そうに表情を歪める。


「ん、んぅ……魔道具って高いですよね? 魔石も」

「た、高くないよ。比較的一般的に量産されてるやつだし、この寝室にだけ設置って考えたら、むしろ安いぐらいだよ」

「……安いって、何と比較してですか?」

「え、えーっと……工事して、暖炉を取り付けるのと?」

「ランドロスさん、別の手を考えましょう。魔石の値段を考えたら、初期費用は高くても工事をして暖炉を取り付けた方が安そうです」

「ま、待ってよ。魔道具ってロマンじゃない? それに、ほら、火事の心配もないし、いつか赤ちゃんが産まれた時も安心だよ?」


 シャルは少し考えてから、首を横に振る。


「ただでさえ、ランドロスさんにお金のことで甘えているのにこれ以上甘えるのはダメです」

「んぅ……私としてはあったかければどうでもいいんですけど、他の人はどうしてるんです? マスターさんはもっと前からここにいますよね」

「人によるけど、普通は火鉢かなぁ。室内で使ってもそんなに煙たくなったりしないしね」

「じゃあそれがありますよね。高い魔道具を買ったり、暖炉を取り付けたりしなくても」

「…………ロマンがなくない」

「暖房にロマンは必要ないです」


 魔石なら幾らでも取って来れるので気にしなくても大丈夫なんだが……。まぁ、そういう問題ではなく、俺の負担を減らしたいということなんだろうが。


「まぁ、話は朝食を食べながらでいいだろ」


 と俺が言ったことでそれぞれ着替えに向かう。寝室を出るとより一層に寒く、自室で手早く着替えるが少し身体が冷える。


 ……四人にはあまり身体を冷やして欲しくないし、多少値が張っても安全で暖かいのが欲しいな。

 でも金を使うとシャルがなぁ……。何かいい口実はないだろうか。


 などと考えてから三人と合流してギルドの方に向かう。


「シャルさん、お金のことなら私がどうにかするので気にしなくても大丈夫ですよ。お金なんて簡単に稼げるんですから」

「……いや……カルアさん、そう言っておいてまだ一銭も稼いでないですよね?」


 ギルドの席に座る際にシャルがそんなことを言って、カルアの表情が固まる。


「カルアさんがとても優れた賢い人なのはよく知ってますよ。曲がりなりにも助手としての務めを果たすべく、お勉強はしてますから。他の国よりも数段技術が上のこの国からしても数段、いえ……数十段は上なのだとわかってます」


 シャルは素直にカルアを褒めながら、俺の隣に座る。


「でも……お金稼いでないですよね? 使ってるだけですよね?」

「い、いや、そ、そんなことは……」

「……あのですね。ギルドの中でも、カルアさんと同じくらいの歳の子はみんな働いたり親の手伝いをしたりしていますよ?」

「わ、私だって働いてるもん! 世界を救うために」

「でも、それって趣味ですよね?」


 き、切り捨てた。シャル、救世を趣味で切り捨てた……!


「お金を稼ぐチャンスはたくさんあったんです。そんな業突く張りにお金を集めろというわけではないですが、慈善事業をするような余裕はないですよね。ミエナさんやイユリさんにも「お金が入ったら楽をさせてあげる」って言って手伝わせてますけど、あのお二人にも生活があるんですよ? 特にイユリさんは最近いい感じになってる人がいるそうですし、これからお金がかかる時期なわけです。そんな人に無償でずっと手伝わせるなんて良くないですよ」

「け、研究を一緒にするのは、勉強になるってイユリちゃんも……」

「それとこれとは話が別です」


 バッサリだな。……いや、シャルも積極的に手伝っているので研究が無駄なものとは思っていないようだし、愛ゆえに……というか、期待しているからなのだろう。


 カルアが叱られてうなだれているのを見ていると、入り口の方にギルドのメンバーではない人物が目に入った。


 黒髪と黒目の、見た目のわりに落ち着きすぎている仕草の女性。……管理者、トウノボリ チヨがそこにいた。


 ……いや、早くないか? カルアが誘ったの、昨日の深夜だぞ。

 チョロくないか? チョロすぎないか?

 この世界の支配者的なのがあんなにチョロくて大丈夫なのか? チョロさで言うとネネとどっこいぐらいでチョロいぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る