第312話

 まずは前提として……今の俺の手札では勝ち筋がない。

 勝つには新しい手を考える必要がある。体術や剣技はダメだ、身体はボロボロで無理な動きに耐えられない。

 ならば魔法……攻撃力はないが補助に向いた空間魔法、攻撃力しかない雷……どちらにせよ足りないし欠けている。


 ……ゆっくりと息を吐いて、剣を構える。

 思い出すのはシユウの使い方だ。氷に纏わせて放っていた。本来なら魔法を破壊するはずなのに不思議と形を保っていて、それを敵に放っていた。


 つまり、全てを破壊するわけではないということだ。そもそもとして雷の魔力を内部に持っているはずの俺達や聖剣は破壊されていないはずなので、なんでも自動的に破壊するのだという考え自体が間違いの可能性もある。


 他の魔法と組み合わせるのは、きっと複雑な使い方ではない。シユウですら出来る程度だ。

 ……単純に考えろ。より純粋に……。


 きっと俺の中の赤い雷の印象がアブソルトとの戦闘だったことでそちらに意識が引っ張られているのだろう。


 おそらく、それだけが本質ではない。

 本当に破壊するだけの力なら、体内なら大丈夫だとしても出した瞬間に身体をボロボロにしているはずだ。


 フッ、と息を吐き出して、アブソルトの使っていた大剣を握りしめ、赤い雷を纏わせる。

 それと同時に空間把握を引き伸ばしていくが、いつものような円形にはしない。下手に伸ばせば赤い雷に触れるだけ、かと言って何もなければ探知能力で負ける。


 ならば……円形でなければいい。俺の身体から出た空間魔法の魔力がグニャリと歪み、幾つもの触手のような形に変化していく。


 それでも充分に見える。いや、それどころか情報量が限られているおかげか、より詳細に分かる感覚すらある。


 破壊しない雷と、より複雑で精密な動きを可能にした空間把握。

 触手のように蠢く空間魔法の魔力に赤い雷を纏わせる。


 グニャリと歪んだ赤い雷が空間魔法の魔力に合わせるようにして動いていく。

 見えない空間魔法とは違って、目視出来る赤い雷が混ざっているせいで普通に見えてしまうようになったが、赤い雷がより精密な動きを可能にした。


 意のままに動く雷……勝つには充分だ。実験のようにそこらの瓦礫に雷の触手をぶつけて破壊する。やはり瓦礫だけ破壊して、空間把握を壊さないことは可能なようだ。


 フラつく足を前に運びながら、触手型の空間把握を伸ばしてグニャグニャと動かして探っていく。魔力の消費量が少ないおかげで少ない魔力でも範囲が広い。


 廊下にはいない。部屋の中を一室ずつ確かめているがいない。

 なら……本命の換気口の中か。大量の罠が張り巡らされている換気口の中を空間把握の触手が侵食するように撫で回していく。


 突然触手の一つが破壊される。……なるほど、その辺りか。

 破壊されたことで逆に場所が分かる。幾つもの触手を殺到させて、破壊されていくことで潜んでいる場所が明らかになる。


 おそらく……赤い雷を不意打ちに対する盾のように使って潜んでいるのだろう。だが……それなら、それ以上の攻撃力を持った攻撃を打ち込めばいいだけだ。


 大剣を振り上げて、赤い雷を可能な限り詰め込む。

 試していないが、いけるという確信がある。


「……吹っ飛べ」


 と呟いてから、ボロボロの身体のまま全力で大剣を振り抜き、赤い雷を解き放つ。

 もう一人の魔王へと一直線で飛んでいくそれは、爆発するような轟音と光を放ち、直線上にある全てを飲み込んで破壊する。


 再びその余波によって目と耳が効かなくなるが、少しして治ってくる。一直線に空いた風穴を見て、間違いなく倒したことが分かる。


 動きにくい換気口の中で避けるのは無理だろうし、あの威力は防ぐのも無理だ。

 安心すると痛みと倦怠感が戻ってきて、ぐったりと瓦礫の上に腰を下ろす。


 疲れた……夢の中なのに、現実での戦闘よりも遥かに疲れた。

 ぐったりとしながら、そろそろ目を覚ますべきかと考えているとアブソルトが奥の方からやってくる。


「……二人の魔王を相手に連戦だったというのに……よく勝てたな」

「キルキラとはほとんど相討ちだし、もう一人とは相性が良かっただけだ。他の奴、例えばお前やシルガだったらこうはならない」


 特にシルガ相手だったら今回身につけた技術は役に立ちにくいだろう。

 あー、しんどい。痛い。


「……お前を、ランドロスを侮っていたのかもな。……負けた相手だというのに」

「あんなの勝ったって言わねえよ。戦っている相手に何度も庇ってもらって……肩がめちゃくちゃ痛いな」

「あれ? 肩なんか怪我をしていたか?」

「いや、痛い。いたたたたた!? なんだ!? なにが起こって……!?」


 そう考えていると意識が薄れて暗転していく。

 けれど痛みが離れることはない。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 気がつくとベッドの上でうつ伏せになり、何者かに肩の関節を極められていた。


「な、なんだ。一体何が!?」

「……ほう、惚けるつもりか」


 上から聞こえてくる、明らかに怒気が篭った声。


「な、何がだ!? 俺はさっきまで寝ていただけだろう」

「まだ惚けるつもりか。寝相のフリをしてヒモのスカートを捲ろうとしたり、先生に身体を擦り付けたり……」

「ネネさんの体も弄ろうとしてました」

「ま、待て、覚えがな──痛い、マジで痛い! やめよう。一度落ち着こう! な? 何か勘違いが発生している!」


 余計に肩が極められる。無理矢理力づくで外す? いや、下手に力を入れて怪我をさせたくない。ここは口で説得を……痛たたた!!


 ネネは俺に向かって冷たい声を出す。


「……あれが、寝相……ね?」

「いや、本当に覚えがない……!」

「ね、ネネさんっ、そ、そんなところで……ランドロスさん、本当に寝相が激しい時があるので……今回のも多分……」

「ほお、これが初犯ではないのか」

「わ、わざとかどうかは分からないですけど、そ、それぐらいで……」


 あれ? シャルにも何か疑われている? ……本当に夢の中にいたから覚えがないんだが……もしかして何かすごいことをやらかしてしまったのか? ……だとしたら……何の美味しい思いもせずにこうやって罰だけを受けているのか?


 悲しい。とても辛い。

 どうせ怒られるならちゃんと触りたかった……などと思っていると、腕が離されてネネが俺の上から退く。


「……次をやったら切り取る」

「……何を?」


 ネネの目は俺の下半身に向く。

 ひゅんっとした感覚に襲われて、カクカクと頷く。……夢の中の修行、ネネがいるときにはやめておこう。取られる。

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