第311話
色々と考えるも答えは出ない。
それほど悠長に考えている時間はない。どちらに挑むべきか……あるいは、逃げるべきか。
……無理だな。勝ち筋はない。
おそらくはもう一人の魔王が漁夫の利による一人勝ちが確定している。ドアノブの魔道具を使って一時的に逃げたとしても、時間稼ぎにしかならない。むしろ魔力を無駄にするだけである。
と、頭では理解していた。
頭では理解してはいるものの……口の端が吊り上がる。いつも、普段は確実に勝つため、あるいは怪我をしないように抑えている自身の強烈な攻撃性が、ゆっくりと頭の中を支配していく。
……こういう、やるべきことが分かりやすいのは好きだ。頭の中にある煩雑な考えがなくなっていき、目の前に集中出来る。
扉の前に少女、キルキラが立つ。手に持っている刀に変わりはないが、着ている衣服にはところどころ焦げた跡が見える。
「……いざ」
異空間倉庫から取り出した大剣を大振りで振るう。少女は最低限の動きでそれをかわしながら踏み込み、大太刀を俺に振るう。大量の食料を間に挟むように出して大太刀を減速させ、それでもなお俺の腕に半ばまで刺さるが、大太刀の動きは止めた。
腕を半ば切った大太刀を異空間倉庫にしまい、回復薬を噛み砕いて飲む。
キルキラは急に大太刀を失ったことに驚きながらも続け様に赤い雷を俺へと放ち、俺はそれを一歩前に踏み出して体で受ける。
全身に感じる強い痛みと、腹の一部が焼失していく感触。だが……俺の勝ちだ。
俺の手がキルキラの首に触れて、パチリ、と小さな乾いた音が鳴って赤い光が漏れ出る。
抵抗しようとしていたキルキラの身体から力が抜け落ちて、そのまま低出力で赤い雷を使ってトドメを刺す。
案外呆気なく勝てた。……というには、腹の傷が大きすぎる。手持ちの回復薬をすべて使っても治り切るか分からないほど、治ったとしてもシルガとの最初の戦いの後のように体が上手く動かなくなるだろうほどの重症だ。
ここが本物の戦場なら、ほとんど死ぬのが確定しているな。
取り出した回復薬を順に飲んでいきながらその場から離れ、廊下に出ると半壊の裁く者があったので何かに使えるかもしれないと思って回収して登り階段の方に向かう。
ある程度安全そうな場所まで辿り着き、回復薬を全部飲んだが……傷は全快しなかった。
赤い雷の性質によるものか、思っていたよりも回復薬の効きが悪い。
現実だったら、治療が遅れれば死ぬな。
だが……それだけの価値はあった。赤い雷の魔力の温存が出来た上に、一度距離を置けた。
……街中である下の階層にいけば回復薬はあるだろう。だが、そうするとやはりもう一人の魔王が邪魔だ。
先程と同じような捨て身の攻撃をすれば今度こそ死ぬだろうし、無理は出来ない。
先程捨て身が出来たのも、キルキラが熱線を防ぐために魔力を消費していたからというのも大きく、魔力を温存しているだろうもう一人の魔王には通じない。
……まぁ、結局はもう一度突っ込んで、無理矢理突っ切るか、ぶっ倒すかするしかないわけだ。
その体力があるかは微妙だが、やれるだけやろう。と、考えた瞬間のことだった。
天井から赤い光が漏れ出る。その異変に気がついて全力で伏せながら自分の体を守るように赤い雷を放つ。
赤い雷同士がぶつかり合う轟音が響き、若干だけ押されて全身に軽い怪我を負う。
「ッ……クソ」
換気口の中から攻撃された?
だが、空間把握には反応がなかった。考えられるのは赤い雷の操作精度が非常に高く、換気口を伝ってきたということか。……だとしても、どうやって俺の場所を遠くから見つけた?
魔族の五感は人間と同程度であまり良くはない。人の場所を探知出来るような魔法はかなり希少だ。
……俺と同じような空間魔法? あるいは別の手段、もしくは、魔族ではない?
獣人、あるいは迷宮鼠のヤンのような半獣半魔であればありえない話ではない。
なんとなく魔王とは魔族にしかなれないと思っていたが、シルガは半分は人間だし、ネネが志願したときの管理者の反応もネネが向いていないからダメというものであり、獣人だからとは言っていなかった。
もちろん、人間の敵対者である魔族を率いる以上は魔族の方が都合がいいだろうが……ありえない話ではない。
ネネのような隠密性と探知能力に長けた獣人、あるいは半獣だとすればかなりキツイ。
とりあえず無理矢理にでもこの階層を突破する必要があると考えて、重い身体を引きずりながら廊下に出る。
初めに来た時に比べてボロボロになっている廊下を歩きつつ、幾つか見つけた罠を回収しながら歩く。
キルキラに与えられた傷が治りきっていないのが響いていて、頭の中が朦朧としてくる。
相討ち気味で倒したのが悪かったか? いや、赤い雷を多く使っていたら負けが確定していた。あれは判断として正しかった。
場所と乱戦というところだな。どうやっても魔王を二回連続で倒す必要があるというのは厳しかった。
歩いていた脚が急にガクリと落ちて膝を地面に打つ。
……ああ、どうしてこんなことをしているんだっけな。
強くなるための訓練だが……意味があるのだろうか。人の間ではもう充分すぎるほどの実力を持っている。
それ以上の存在、管理者やその管理者が勝てないような化け物と戦うにはこの程度の訓練だと焼け石に水だろう。
化け物と戦闘になるなら、俺よりもカルアの方がよっぽど役に立つし活躍出来るだろう。
「そうだな。ああ、そうだ」
壁に手を付いて、ゆっくりと立ち上がる。
間違いない。頭が悪い俺よりも、新たなものを生み出せるカルアの方がよほど向いていることだ。
「だが、だからこそ……俺がやらないとな」
カルアは世界一すごいやつで、きっとなんでも誰よりも上手く出来るし、カルア自身も人を助けることを好んでいる。
カルアはどんなやつでも助けられるだろうし、自称するように救世主にだって、いとも簡単になれるのだろう。
だからこそ、多くの人を救おうとするあの子を救える男になりたい。血生臭いことから少しでも引き離して、友達や家族と一緒に笑っている今のような時間を少しでも多く過ごさせてやりたい。
カルアが救世主兼救ランドロス主だと言うなら、俺は救カルア主になろう。
「はは」
と、軽く声が漏れ出る。語呂が悪いな。
だが……好きな女の子の顔を思い出したらやる気が出てきた。
勝つ手段は見つからないが、負ける気はしないな。
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