第310話
四人……ひとりは人ではないが、その並びはおそらく、裁く者、俺、キルキラ、もう一人の魔王の順になっている。
有利なのはもう一人の魔王だ。罠を張っていることだろうし、いざとなれば下の階層に逃げられる。
一番不利なのはキルキラか。魔王と、それと同等程度の強さを持っている俺に挟まれており、隙を見せたらその瞬間に敗北するだろう。
次に不利なのは俺だ。裁く者とキルキラに挟まれており、狭い空間のせいで空間魔法が使いにくい。
油断したらキルキラに斬り殺されるだろう。……キルキラがいなければ扉を出して裁く者の背後に回れそうだが、いたらそんな隙のある行動は出来ない。
「……面倒くさくなってきたな」
元々、頭が悪く学がない。勇者パーティにいたときは基本的にグランが戦況を読んで策を練っていて、迷宮鼠に入ってからはカルアなどに任せてばかりだった。
だから……というわけではないが、俺は考えるのは得意ではないし、激しい戦闘をしながら複雑な作戦を立てるなんてことは出来ない。
そんな状況で半端な策を立てて上手くいくはずもない。
フッと息を吐き出して、一歩足を後ろへと下げる。
先程の熱線で融解して室内が見えるようになっている扉に目を向けつつ、剣を構える。
「行くぞ」
返事はない。
俺が敵意を向けると同時にキルキラは地に伏せる。互いに別の敵が背後にいるという状況、だが一瞬たりとも油断することの適わない相手だ。魔力の出し惜しみはしない。剣で勝つというこだわりも捨てる。
靴を回収して長い鎖を取り出して足の指で握りしめる。キルキラが踏み込んできたのと同時に足で握っている鎖を振り回し、キルキラが飛び上がり回避するのを見て剣を投げる。それと同時に鎖を上に振るって追い討ちを仕掛けるも、一瞬チッと音が響き、鎖も剣も叩き斬られる。
流石にこの程度は効かないか。……まぁ試せるだけ試すか。
続けて船の帆用の布を取り出して振るうと、十字に切れ目を入れられてそこから脱出してくる。
だが俺はその布を目隠しにしてその場から離れて、融解した扉の中に飛び込んで息を潜める。
次の瞬間に裁く者の熱線が廊下を貫いていく。あのタイミングだと逃げきれないはずだ。
やったか? と思った瞬間、熱線以上の光と轟音が響いて熱線を押し返すように赤い雷が迸った。
あまりの音と光で目と耳が一時的に効かなくなり、空間把握も余波に巻き込まれて破壊されてしまっている。視界の方は数秒で戻りそうだが、回復薬を飲んで一瞬でも早く視界と聴覚を正常に戻すべきか。それともこの状況で襲われることはないだろうとたかを括るべきか。
あるいは……反射的に剣を取り出して振るう。
回復薬を飲むような「一瞬」すらも存在していないか。
振るった剣が受け止められる感触。おそらくは剣同士がぶつかったのだと分かるが……妙に重い。キルキラじゃないのか?
回復薬を噛み砕いて視界を無理矢理戻すが、その一瞬のうちに姿が見えなくなる。まだ赤い雷の余波があるせいでマトモに魔法が使えないし……逃げられたか。
俺は裁く者とキルキラをぶつけ合わせる策を取り上手くいった。だが、もう一人の魔王は俺がそういう策を取り、熱線と雷がぶつかり合うことを想定していたのだろう。
なんとか対応出来たが、一歩上を行かれたな。
目や耳が聞こえなかった俺でも感じられた気配や、そんな状況でも押し勝っていたことを考えると直接的な戦闘は不得手なのかもしれない。
まぁ、不得手とは言っても不死と赤い雷があるのでそこらの人では太刀打ち出来ないだろうが。
キルキラの放った赤い雷の余波がなくなったので空間把握を伸ばして廊下を確認すると、半壊している裁く者と無傷のキルキラを確認出来る。
まぁ、流石に魔王相手だと裁く者でも相手にならないか。……魔王と同じような能力を持っていたはずの元勇者のシユウは瞬殺されていたが、それはそれである。
キルキラは純粋な魔族のようなので、おそらくは特別耳や鼻が良かったりはしないだろう。潜んでいるもう一人の魔王を見つけることは難しそうであり、そうなると先に俺の方に向かってくる可能性が高い。
……結局、俺が不利な状況だな。キルキラから逃げ隠れながらもう一人を探すのが現実的か?
いや、罠のことを考えるとコソコソ動くのも難しいな。
キルキラの魔力が回復する前にゴリ押しして倒す……と、もう一人の魔王に同じようにされて負けるな。
……あれ、これかなりキツくないか? 負けが確実なパターンが多すぎる。こんな狭い室内だとどうしても赤い雷の撃ち合いになるし、赤い雷のための魔力には差異がない。
如何に相手に無駄打ちをさせるかの戦いになるが、そうなると隠密能力の高いもう一人の魔王が圧倒的に有利だ。
その状況を打破するには階段を降りて広いところに移動することだが……分かっているだろうしな。
うーん、難しいな。どうやっても上手く行く気がしない。
理想はキルキラを赤い雷の消費をほぼなしで倒して、少し時間をおくことで回復してからゆっくりともう一人の魔王を探すとかか?
だが、キルキラも赤い雷を使ってくるだろうし、こちらも赤い雷を使わないとあれを防ぐのは無理だ。
……無理を押してでも罠に突っ込むのがいいか。だが、罠に突っ込むにはキルキラのいる道を通る必要があるから結局戦う必要が……。
ん? いや、おかしいな。もう一人の魔王が襲ってきて、どこかに逃げたはずだ。だが、あの時の廊下は通れないはずであり……空間把握で抜け道を探すが見つからない。
一応換気口があるが……あんな狭いところを普通に通れるのなんて、シャルやクルルのような細身の子供だけだろう。
いや、だが……他にないよな。などと考えてその換気口の奥に魔力を伸ばしていくと、途中に換気口の中に先程の糸の罠を見つける。
……ここだな。間違いない。
罠を張っているということはこの抜け道がバレて、俺やキルキラがこの換気口を利用する可能性を考えているのだろう。
空間拡大を使えば俺でも換気口に入って移動出来るだろうが、もしも途中に赤い雷を受けたら魔法が解けて換気口の中にハマることになりかねない。
俺が換気口を利用する可能性も考えているわけだし……移動途中に戦闘になる可能性は充分にある。
「……タネは分かったが、利用は出来ないな」
などと呟いているうちにキルキラがゆっくりとこちらに向かってくる。……どうする。どうやったら勝率が高い?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます