第313話

 ネネは俺を懲らしめて満足したのか、あるいは呆れたからか部屋から出て行ってしまう。


「……散歩に行ってくる」


 そう言って出て行っただけ今までよりマシだろう。今までなら無視して出て行っていただろうし、ちゃんと言ってくれるのは「無言で出て行ったらランドロス達が心配するだろう」と思ってくれたからだ。

 うん。確実に仲良くなっているな。多分。


 それから三人で夕食を食べる。

 どうにも二人ともソワソワとした様子であり、おそらく先程の約束が気になっているのだろう。


 ……どうしよう。もう……二人いっぺんにということは出来ないだろうか。いくら考えても禍根が残るし、それなら……いや、それはそれでダメか。


 色々と俺が考えていると二人は仕方なさそうに笑って、それからギルドの寮に戻る。クルルが戻ってきて、シャルとクルルが寝静まったのを見てから約束通りカルアと外に出る。


 俺が先導しているわけでもなければカルアについて行っているわけでもない。どこという目的があるわけでもないのに、俺たちの脚は迷うこともなく歩いていく。


 それからカルアは孤児院でのことを聞いてきて、俺は思い出しながらそれに答える。

 一つ答えたら、その答えの中から質問を見つけられて、それをまた俺が答えてと繰り返していく。


 短くない時間を歩いて、闘技場の会場にたどり着く。

 ここは特に被害が大きく、ほとんど全て使い物にならないぐらいだったからか、かなりの部分が取り壊されて撤去されていた。


「……これだけ壊れてたら、来年までには直らないかもな」

「そうですね。建材もずっと不足するでしょうしね。……闘技大会、出たかったんです?」

「いや、シャルが嫌がるだろうしな。クルルも嫌なことを思い出すかもしれないし、出ないだろうと思う」


 こてりと首を傾げたカルアにそう答えると、カルアは意地悪そうな表情を浮かべて俺の頬をツンツンとつつく。


「じゃあ、私が出て欲しいって言ったらどうしますか?」

「……えっ、いや、まぁ……二人には隠れて出る……しかないけど」

「えへへ、そんなことは言わないですけどね」

「……じゃあ、そんなこと言うなよ」

「私はいつもランドロスさんに困らされてるので、仕返しです」

「俺もいつもカルアに困らされてるけどな」


 俺の頬を突いていたカルアの指が冷えていることに気がついて、俺は自分の上着を脱いでカルアに被せる。それから手を握って、壊れていない観客席に座った。


「ん、あったかいですけど、空間魔法で別の上着を出すのじゃダメだったんですか?」

「それは暖かくないだろ」


 そう言ってから上着を取り出して羽織り直す。

 カルアはクスリと笑ってから天を見上げる。


「……星が綺麗です。こんな素敵な空を二人で独占してしまうのは、悪い気がしますね」

「たまにはいいだろ」


 そう返すが、俺の目は星空を捉えてはいなかった。

 暗い世界にカルアの白い髪が浮き立つように見えて、見慣れたはずの彼女がとても美しく見えた。


 青い眼に星の光が反射して髪が風に揺られる。ただの散歩の最中でしかないのに、まるで神話の中の話のようだった。


「見惚れちゃいましたか?」


 不意にかけられた言葉にドキリとして、慌てて首を横に振る。


「い、いや、そういうわけじゃ……」

「お空に、ですよ?」

「あ、ああ……そうだな。見惚れていた」


 誤魔化すように頷くと、カルアの冷えた手が俺の手をギュッと握る。青い目が俺の目を捉えて離さない。


「……見惚れちゃいましたか?」

「……ああ」


 誤魔化しようもなく、誤魔化す意味もない。

 それからカルアは甘えるように俺へと擦り寄り、俺の体に頭を預ける。


 ゆっくりと、けれども確かにカルアは口を開く。


「きっと、この世は滅びるのでしょうね」


 その言葉の意味が分からず、カルアの顔を見ると、彼女はズルズルと頭を俺の腕に擦らせながら下がっていき、俺の脚に頭を乗せる。


「何かあったのか?」

「……そんなすぐにって話じゃないですよ。でも、私は何よりもどんなものよりもランドロスさんが大切ですって話です」

「意味がよく分からないが……」


 俺が困りながらカルアの頭に手を置くと、カルアは小さな手を俺にぴたりと当てた。それはとても冷たく、心地が良かった。


「管理者さんが……本気で件の化け物に対応していないのはなんでだと思いますか」

「時間がないからじゃないか?」

「人を雇えばいいだけです。情報に欠落はあると言えども色々な知識があるんです。私ほど賢くなくても、いずれは不死化を含めた古代人の技術に辿り着けるはずですし、そこからまた発展させられるはずです。それこそ、そんなことに何万年も必要とはしないでしょう。数千年、数百年もあれば辿り着けるはずです。何せ、答えのある問題を穴埋めしていくだけですから」

「……じゃあ、なんでそうしないんだ」


 カルアは俺の服を摘み、儚げに笑った。


「……滅びたんです。管理者さんの故郷は。それを示すものがありました。優れすぎた技術は、人の精神では扱えるものではなかったんでしょう」

「滅ぼすぐらいなら捨てれば良かったんじゃないか」

「……私は、ランドロスさんが一番大切です。ランドロスさんが一秒でも長く幸せにいられるなら、世界なんて滅んでも構いません。きっと、管理者さんがいた世界でも、みんなそう思ったんでしょうね」


 技術と精神の暴走により滅んだから、この世界に逃げてきた。

 だから……技術力が発展しないようにしている。……と、カルアは言いたいのだろう。


「もちろん、仲間を殺した化け物を嫌っていることも事実でしょうし、魔族に人間を減らさせる理由もそれでしょう。ですが、それを頑なに拘る理由は……きっとそれが管理者さんにとって都合が良かったからです」

「…………つまり、カルアが化け物をどうにか出来るならと約束していたが、それは果たされないと」

「可能性の話ですけどね。もちろん、管理者さんの気持ちは分からないです。でも本来なら何万年も文明が保つはずじゃなかったのに、保っているということは……そういうことなのではないかと」

「……約束が守られないなら、手詰まりじゃないのか?」


 カルアは首を横に振って、ポケットから何かを取り出した。

 それを俺に握らせて、カルアはゆっくりと口を開く。


「……なら、私が世界を滅ぼします」

「……は、はあ?」

「正確には、滅ぼすと脅します。その植物の種は、現在のこの世界では分解出来ない化合物を合成します。生産者のみがいて還元者がいないことで環境は壊れていき……管理者さんの世界における太古の時代、石炭紀と呼ばれるものを再現出来ます」

「……よく意味が分からないんだが」

「一言で言えば、この種を植えれば……世界が滅びます」


 おい、救世主。という言葉を吐き出しそうになる。


「……いや、それは……」

「もちろん、植えてから滅びるまでは早くて何万年もかかるはずなので、いくらでも対応方法はあります。ですが……管理者さんには無理でしょう。もし管理者さんが自分以外の人の手を借りるなら、それは否応なくこの世界を発展させ、今のような停滞を不可能にさせます。ですから……この種の決定的な対処が出来る私を頼る必要が出来ます」

「出来るって……まるで、それを植えるみたいなことを」

「植えますよ? というか、植えました。ランドロスさん達がいない間にミエナさんに手伝ってもらって大量生産して、風船にくくりつけて飛ばしました。多分大陸外にも行っていると思うので、回収は不可能ですね」

「……えっ、いや、待て。植えたら滅びるんだよな?」

「滅びますよ。まぁ、数万年はかかるので今しばらくは大丈夫です。少なくとも、管理者さんが邪魔をしなければ対処方法自体は難しくもなく見つかるはずです。……このままの世界を無限に続けるということが出来なくなるというだけです。でも、私に頼ればそれは解決します。その種の対処は既に可能なので。これでも救世主なので、滅びから世界を救うことは出来ます」

「いや、マッチポンプ……」


 つまり、世界を丸々人質にとって、俺を守ろうとしているということか。

 可愛い顔を見て、思わず表情がゆがむ。


 可愛いのに……怖すぎる。

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