第309話
どうやったら逃げられる。
空間拡大と縮小のゴリ押し……は無理ではなさそうだが、万が一、雷を使われるとまずい。
軽く距離を取りながら、空間魔法で取り出した短剣をキルキラへと放る。横に避けてくれれば距離が稼げると考えてのことだったが、キルキラはそれを跳ね飛んでそれを躱し、空中で身を捻って「天井」に着地し、すぐに跳ねて、続け様に壁を蹴って加速する。
天井、壁、床、あらゆる場所を蹴って高速でこちらへと迫ってきた。
どんな動きだ! と突っ込みたくなる感情を抑えて、くるりと反転してキルキラの方を向かずに全力で走る。
確かに魔族特有の瞬発力で速いが……俺も半分とは言えど魔族の血が入っているので脚は人よりも速い。それでも距離を詰められていくが……目的の場所には辿り着けた。
もう一人の魔王が張り巡らせている糸の罠。それが大量に張り巡らされている場所に辿り着き……空間把握で確認しながら最小限の動きで躱しながら突っ切る。
足止めぐらいにはなるかと考えていたが、チッという風切音が背後から聞こえて、罠が大太刀によって壊されていく。
これぐらいでは足止めにもならないか。ほんの少しだけ、罠に気がつかずに斬られてくれないかと期待したが……まぁ無理だよな。
廊下にある扉が気になるが、入ったら追い詰められるだけ……いや……。
破壊されて魔力の無駄になるのを覚悟で空間縮小により大幅な移動をし、それでも一瞬で距離を詰めてくるキルキラを見ながら扉を開け放って中に飛び込む。
そしてすぐに扉を閉じて……遠くで金属を斬り裂く音を聞く。
……なんとかなったか。
この廊下の元々の扉に重ねるように扉を出してそれを潜った。普通に扉を出せば警戒されて苛烈な攻撃を受ける可能性が高いが、自ら袋小路に入ろうとしていたら止めようとはしないだろう。
上手くいくとは限らなかったが……なんとかなって良かった。普通に廊下の扉から部屋に逃げようとしていたら扉ごと斬られていたな。
とりあえず、キルキラから逃げられたのはいいが……事態が特別好転しているわけではない。
気になるのは、キルキラともう一人の魔王が出会った時にどうなるかだな。
考えられるパターンとしては、魔王同士が戦う、協力して俺を倒そうとする、協力はしないが敵対もしない、ぐらいだろうか。
協力されたら勝ち筋はかなり薄いな。キルキラ一人でも拮抗しているのに、もう一人得体の知れない魔王に襲われたらどうしようもなくなる。
単純に魔王を殺害するには雷が必要だが……その出力は全員同等だから、二人相手だと間違いなく押し負ける。
協力を考えると出会う前に各個撃破をしたいが、敵対を前提にすると出会わせて戦っているところの漁夫の利を得たい。
……やるべきことが正反対になるな。……どちらの可能性が高い? 流石に判別出来ないな。
だが、協力されると考えたら各個撃破しようとして挟み撃ちになる可能性があるし、どちらにせよ地理の把握は必要か……。
とりあえず、キルキラにせよ、もう一人の魔王にせよ、狭い室内では戦いたくない相手だ。不利な状況を少しでも好転させるために、こちらの有利な場所で戦いたい。
可能ならば79階層以下の魔物が出現する場所、それが無理でも82階層の街中辺りには移動したい。とにかく、土地勘がない上に魔法を活かしにくい場所はダメだ。
階段を見つけることで82階層以下に逃げられたとして、そちらに誘い込むのは少し難しそうなので最低限は土地勘を得て少しでも不利をなくすことか。
警戒しながら二人の魔王がいない方の道を探っていると、より上の84階層に繋がるであろう階段を見つける。
確か……管理者の私的な場所と言っていたな。
夢の中ではあるが、アブソルトの記憶を再現しているということは管理者がいる可能性は充分に考えられる。侵入者だと思われて敵対するとまずいので、登らない方がいいか。
迷宮内の多くの場合は、登り階段と下り階段は端にあることが多く、おそらくこの階層もそうだろう。
廊下の中には多少入り組んだ小道があるが、おそらくはこの少し広めの廊下で真っ直ぐ階段が繋がっている。
……これ、下に降りようと思ったら、他の魔王に会うことになりそうだな。
協力だったら問題だ。とりあえず、ゆっくりと周りの小道などを確認しながら来た道を戻っていくと、遠くから轟音が響く。
雷の魔法? だとしたら……キルキラともう一人が争っているのだろうか。
見つからないように細心の注意を払いながら進んでいくと、再び轟音が鳴り響き、立っている地面がガタガタと揺れる。
随分と激しく争っているな。……多少距離を取って漁夫の利を得ようと考えていると、空間把握が突如として俺の背後に現れた何かの存在を捉えた。
ほぼ反射的に振り向きざまに剣を振るうと、刃が黒い壁に阻まれて止められる。
「ッ!? これは……空間隔離!?」
俺が剣を振るうのを止めると、黒い壁がなくなっていき、何度か見た化け物の姿が出現する。
迷宮内の秩序を大きく乱すと現れる存在。……裁く者。
シルガとの戦闘で何体か倒した存在ではあるが、赤い雷頼りで強引に破壊しただけであり、マトモに戦っても勝てそうにない相手だった。
それは今でも変わりないだろう。
そんな裁く者が……めちゃくちゃ廊下にガッチリとハマっていた。
まぁ、あの巨大でこの道幅ならな……ガッチリとハマりきっている裁く者の腕が壁を破壊しながら俺へと向く。
その後、何が起こるのか……俺は知っていた。
一瞬のタメの間に異空間倉庫から大剣を取り出してすぐ近くの部屋に入る扉を叩き壊して中に飛び込む。それと同時に赤い熱線が真っ直ぐに廊下を貫き進んでいく。
一直線の廊下で、その技は反則だろう。一瞬、裁く者が廊下に挟まっている姿で笑いかけたが……むしろ凶悪になっているかもしれない。
この場にいてはまた熱線で狙われるだろうと思い、急いで外に出る。
熱線で抉られた廊下を走りながら、他の二人が暴れたのに俺の方に出現したことに対する理不尽さを感じていると、背後からものすごい音が聞こえる。
体の幅が合っていないのにこちらに突っ込んできているせいで……めちゃくちゃ壁を抉りながら来ている。……えっ、怖っ。
再び熱線を放とうとしている裁く者に目を向けようとした瞬間、視界の端にキルキラの姿が見える。
これは……まずい。
どちらに対処すべき……いや、どちらも対処しなければ負ける。
異空間倉庫から空間隔離のための杖を取り出して魔力を込めて、背後の裁く者との間に壁を作り、それと同時にキルキラとの間に大量の水を取り出すことでキルキラの体を押し返す。
背後で轟音が鳴り響く。
そのすぐ後に空間隔離の魔法が解けて、裁く者が再び俺を襲ってくる。
……狭い廊下で裁く者とキルキラに挟まれているのはまずいな。
かと言って、裁く者を赤い雷で破壊すると、肝心の魔王同士の赤い雷の撃ち合いに負ける。
……これは、裁く者を誰が倒すかのチキンレースになるかもしれないな。
倒した奴が不利になるが、放っておくには熱線が厄介すぎる。
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