第308話
「じゃあ、そろそろ始めるか」
「……そうだな。またあの少女の魔王と戦えるか?」
「ああ」
少女とは言ったが、実際には俺よりも遥かに年上なのだろうな。
そんな無駄なことを考えていた一瞬、強い殺気を覚えて部屋の中から転がり出る。
次の瞬間、俺とアブソルトのいた部屋が赤い雷に埋め尽くされた。…….あ、アブソルト死んだか?
「……っ、生きている」
見れば上手いこと赤い雷同士を相殺したらしく、無傷のアブソルトが土埃に眉を顰めながら俺を見ていた。
「……よく、今のを避けれたな」
「まぁ、多少は戦闘慣れもしているからな」
以前とは違って雷の魔法を使ってきたな。まぁ、魔王なので共通して使えるのは分かっていたが……。
フッと息を吐き出しながら周りを見回す。あの少女の姿はなく、妙な廊下が続いているだけだ。
……先の不意打ちにしてもそうだが、そういった攻撃をするようなタイプには見えなかったが……。
妙だな。ゆっくりと空間把握の魔法を広げると、妙なものを見つける。
「……糸?」
足元に何かの糸が貼ってあることに気が付き、目視ではまともに見えないそれに手を伸ばすと、プツリと触れようとした指先が切れる。
すぐに指を引き、回復薬を少量飲む。
……鋭い切れ味のある糸……気がつかずに脚を踏み出していれば……あるいは雷から逃げて飛び出した時に触れていたら脚が千切れていたかもしれないな。いや……。
「……おかしいな」
と、俺と魔王の言葉が被る。
「どうかしたのか?」
「……アレの戦闘方法とは大きく違う。まぁ、別のが出てきてしまったのだろう」
「……しっかりしろよ」
「お前の夢なのだからお前の責任だ」
空間魔法で糸を回収する。こういった罠や設置型の攻撃は空間魔法でだいたい回収が出来るから相性がいいな。
ゆっくりと息を吐き出しながら、空間把握をジリジリと伸ばしていく。
あまり広域にしすぎると赤い雷で破壊されたときに魔力が無駄になる。基本的には感知する方法はないはずなので問題はないが、その意図がなくとも相手が赤い雷を使ったら不利になる。
空間把握の範囲は走っている最中でも、罠を見つけたら回避、または回収が出来る程度あれば充分。広くすれば魔力の喪失も破壊される可能性も上がる。
とりあえず……出てくる様子がないな。逃げたのか?
というか、魔王が姿を現さずに逃げ回るとかあるのか。
……この糸や先程の奇襲もそうだが、相手はどうやら隠れながらこちらを仕留めるつもりらしい。
相性はいいな。設置物も隠密も俺には通用しにくい。こちらも隠れて、探り合いながら戦うのが吉か。
フッと息を吐き出し、潜んでいるであろう敵から離れるために走る。
先程の糸の罠が幾つか設置してあることに気がついたので、立ち止まる。空間把握と異空間倉庫を使えば難なく突破可能だが……そうすると鉢合わせることになる。
……それは微妙だな。悪くはないが、多くの罠が待ち構えている中での戦闘はきつい。
魔王相手に近距離戦闘になれば、赤い雷が飛び交うせいで空間把握が度々破壊されることになる。その際は罠に対して無防備になるし、空間把握を張り直し続けるのにも魔力がかかる。
「……ないな。理想は何もない場所に誘い込むことか」
相性はいいが、相性がいいだけでは勝てると決まったわけではない。
どうせ死ぬことはないからと適当に突っ込んでも訓練にはならないので、現実と同じように安全策を取っていくか。
とりあえず、鉢合わせないように引き返す。
83階層はおそらく全域が狭い室内で、壁があるので罠を貼りやすく、道幅が狭いので回避をしにくい。
街中のエリアである。82階層に下がるか……出来ればもっと広い81階層に……と考えてから、迷宮内ならカルアとイユリの魔道具で移動出来るんじゃないかと思いつく。
試しに取り出してみるが、何処かと繋がりそうな感触がない。夢の中なので俺の認識通りに行くはずだが……俺が無理だと思っているのか?
何故だろうかと考えて、このまだほとんど探索していない83階層が舞台になっていることに気がつく。
おそらく……これは俺の記憶ではなく、アブソルトの記憶なのだろう。つまりは、アブソルトが迷宮に潜っていたころ……魔王になる前。八十年ほど前の迷宮ということになる。
ならば、現代で付けたマーキングが付いているはずはないので扉が出せないのは道理だろう。正確には、それが道理だと俺が無意識に考えていたから出来ないということだ。
「……まぁ、今から付けていけばいいか」
とりあえず、近くの壁に短剣を突き刺してこの場所に移動出来るようにしておく。
下の階に降りたいが……道が分からないな。
相手の方は分かっているのだろうか。……管理者が魔王を選んでいることや、アブソルトやシルガが迷宮の高階層で魔王になったことを考えると、魔王の選定条件にここまで登ってくるのとかがあるのかもしれない。
だとすると、相手の魔王は道を知っている可能性が高いか。
ならば、俺が下の階に逃げないように階段の方に陣取って罠を張って待ち構えている……?
もしも待ち構えられていれば、罠だらけの場所で直接戦闘をすることになるかもしれない。
こちらが取るべきなのは、鉢合わせないようにしながら罠を回収して、安全な道を増やしていくことだろうか。罠を張るにも材料が必要だろう。
俺のような空間魔法があるのならまだしも、普通ならばある程度回収したら材料不足で作れなくなるはずだ。
道を把握しながら罠を回収、その間は魔王に合わないようにする。
と、簡単な対策を定めながら、とりあえず引き返そうとしたとき……コツと、軽い足音が響いた。
見つかった!? いや、落ち着け、ここなら罠を回収したあとなのでむしろ有利……そう考えながら振り返り、空間把握を足音の方に伸ばす。
それが捉えたのは、思いもしないものだった。
「キルキラ……?」
別の魔王じゃなかったのか? コイツが罠を仕掛けたり不意打ちをしてきた? ……いや、違う。だとしたら、こんな罠のないところに出てくるはずがない。
だったら何故……と、考えようとした瞬間、キルキラの姿が視界から消える。
空間魔法、雷、剣。三つの選択肢が頭の中によぎり、空間魔法を選択した。
空間縮小を使うことで一足で大きく後ろに下がり、キルキラから距離を取る。
……おそらく、魔王が二人出てきたのだろう。理由は分からないが、事実としてそうなのだとしたら二人に対応する必要がある。
ここで激しく争えば、姿を現していないもう一人に一方的に場所などの情報を教えることになってしまう。キルキラを倒しても消耗した上に情報を握られた状態で戦えば負ける可能性が高くなる。
どうするのが正解かは分からないが、この場で戦闘するのは間違いなく悪手。
とりあえず逃げるべきだと考えるが……狭い道で、正面はキルキラ、後方はまだ見ぬ魔王と張られているであろう罠。
「……追い詰められているな」
かなり明確に、ピンチである。
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