第307話
何故かネネはベッドの上に座ったまま、むすっとした表情で俺を見る。
「……いや、何か不満があるなら言ってくれないと分からないぞ」
「乱痴気騒ぎを止めろ」
「……騒いではないだろ。……あー、やっぱり、こうやって他の嫁とくっついているのを見るのは不快か?」
「他のという言葉は必要ない」
「いや、他人と思っているやつの寝室にノックもせずに入らないだろ」
ネネは黙りこくり、それから小さな声で呟く。
「……私は、ランドロスに好かれたくない」
「急にどうした」
「不機嫌な態度を取っているのは、嫌われたいからだ。だから、気にするな」
いや、むしろ気になるだろ……。シャルは俺にへばりついた格好のまま、ほんの少し気まずそうに、心配そうにネネを見るが何かを言うことは出来ずに口を閉じた。
微妙な空気の中、空気を読まない声が響く。
「ネネさんは何で嫌われたいんですか?」
「……優しくされる方が気持ち悪い。嫌われていたら安心する」
「……それで私にヒモとか何だとか意地悪を」
「いや、それは本音だ」
「…………嫌われるためにそんなことを」
「本音だ」
「…………ランドロスさん、ネネさんがイジメます」
むしろ自分からイジメられにいってないか。
どうにも、ネネの自己嫌悪は治らないらしい。クルルの言葉を借りるならば、傷をゆっくりと溶かしていくのがいいのだろう。
「……まぁ、嫌いだとか好きだとか、そういうのは俺自身がどう感じるかだから諦めてくれ。これからも話しかけたりもする」
「……嫌だ」
「頭を撫でてやるから、こっちに来い」
「行かない」
強情だな……。
話もしない、触れ合うのも嫌。じゃあ何でここに来て座っているのか……などと、考えるまでも分かっていた。
多分、ネネはカルアのことも好きなのだろう。シャルや俺も当然として、仲の悪いフリをしているカルアのこともわざわざ話しかけてからかう程には好いているのだ。
「……そうだな、何か遊ぶか」
「何でそうなった。私はお前たちの乱れた行為には参加しないからな」
「いや、ボードゲームとかな」
「……それならいいが」
いいのか。……まぁ、黙っていても出来るしな。
「げへへ、いつもいじめられているお返しにボッコボコにしてあげますよ!」
「先生、しようか」
「えっ、あっ、カルアさんとはしないんですか? 僕、後でもいいですよ?」
「そもそも動かし方を知らない」
「あ、じゃあ教えながらしますね」
カルアは別室に置いているボードゲームを取りに行き、シャルは俺の膝の上に乗ったままネネの方に身体の向きを変える。
「……先生は、幸せ?」
「ん、幸せですよ。ランドロスさんがいて、カルアさんやマスターさん、それにネネさんもいます。他にもギルドの人達もいますし、気軽には会いに行けませんが孤児院の人達もいます。……その、父母も生きていました」
ネネは先にクルルから聞いたりしていたのか、父母の話に驚く様子もなくゆっくりと笑む。
「ネネさんは幸せじゃないです?」
「……どうだろう。多分、幸せなんだと思う」
「自信はないか?」
「……見えないし、聞こえない」
俯いたネネをじっと見ていると、隣の部屋でカルアがガサゴソと動き回っている音が聞こえてくる。
膝の上に乗っているシャルの姿も見える。ネネの目が少し前を向いて俺と目が合う。
「本当に、見えないし聞こえないか?」
「……当たり前だ」
すぐにカルアがやってきて、シャルとネネの間に置いて、それからシャルが丁寧にルールを説明しながらコマを並べていく。
のんびりしてるなぁ。世界の危機の最中だと言うのに。……まぁ、ギスギスとしているよりかはいいか。そんなに世界が大切というわけでもないし。
ネネは無言で頷きながら、習ったように動かしていく。
あまり楽しそうにせずに続けて、ぼうっとした表情でシャルを倒す。
シャルはわざと負けた……とまではいかないだろうが、ルールを把握させるために色々としていた結果負けたという感じだろう。
そんな感じで何度かシャルとネネがあそんでいく。
その間はほとんど会話がなく、黙々と駒を動かしていく。
会話がないが、だからといって険悪な雰囲気というわけではなく、無口なネネに合わせて彼女が気を遣わなくていいようにシャルが合わせているのだろう。
十歳も年下の女の子に気を使われているって……と思わなくもないが、それは俺がどうこう言えることでもない。俺の方がよほどである。
不意にカルアと目が合ってニコリと笑われる。
「眠たいならちょっと寝ていてもいいですよ?」
「……まぁ、少し寝るか。やりたいこともあるしな」
夢の中での修行はどうしても睡眠が浅くなるようなので、夜の長時間ゆっくりと寝た方がいい時間だと都合が良くない。
カルアはそんな俺の事情を知らないので少し不思議そうに首を傾げてから、納得したように頷く。
「えへへ、そうですね。夜、またお散歩しましょうか」
そういうつもりではなかったが、まぁ否定する必要はないか。シャルを膝の上に乗せたまま後ろに倒れて目を閉じる。
やっぱりなんかいたるところから女の子のいい匂いがするな。などと思いながら、ゆっくりと眠りの中に落ちていく。
◇◆◇◆◇◆◇
なんとなく慣れてきた夢の中。
今日はどこか複雑な金属の何かが大量に置かれている部屋で……なんとなく見覚えがあった。
「……迷宮の83階層? 似ているな」
「いや、もう一つ上の階だ」
振り返るといつものように親切な魔王……アブソルトが立っていた。
「アブソルト……修行の前にちょっと聞きたいんだけど、俺のフルネームにもアブソルトって入っているんだが、何か血縁とかあるのか?」
「……ランドロス、お前なんとなく馴れ馴れしくなってきたな」
魔王はため息をついて、近くの部屋に入って腰掛ける。俺が共に中に入ると、アブソルトはつまらなさそうに話す。
「まず第一に、おそらくない。あっても非常に遠い。そもそも、俺を何歳だと思っている?」
「……四十前後が?」
「百二十ぐらいだ」
……エルフの血でも混ざっているのか? ……いや、魔王の不死のせいか。
「年齢と血縁関係に関係があるのか?」
「俺には嫁がいない」
「…………あ、ああ、なるほど。つまり、直系血族ではないし、親戚の繋がりがあったとしても兄弟姉妹の子孫ってことか」
……そうか。俺が色んな少女に手を出していたことを怒っていたと思ったが、そういう事情があったのか。
まぁ分かる。俺も少し前まではカップルを見たら死ねって思ってたしな。何人もの世界一の美少女に好かれていれば尚更だろう。
「……何か無礼なことを考えていないか?」
「いや、案外モテないんだなと」
「……仕事で忙しいんだ。それで、名前が何故入っているのかについてだが、魔族の名前は長ければ長いほど高貴なものという考え方があってな。まぁそれは俺が若い頃のものだからかなり古いものだが。それで適当に大量の有名な人の名前をあやかって付けるということがあった」
「……ああ、じゃあまったく関係ないのか」
「……とも言い切れないがな。俺の名前はほとんど知られていないはずだ。知っているとなると……ある程度、俺に近しい人物が父親である可能性がある。父親を知りたいのか?」
少し考えてから首を横に振る。
「いや、シャルの父母にあって少し気になっただけだ。もしお前なら気まずいとは思っていたが」
「それはないから安心しろ。……が、妙だな。空間魔法の使い手は身近にはいなかったはずだが」
アブソルトは少し顔を顰める。
まぁ俺としてはもうどうでもいい。親をぶっ殺していたら流石に気まずいというだけである。
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