第306話
シャルの言葉にカルアがわなわなと震えて、首を傾げる。
「へ、ヘタレ? この私が…….ですか? 世界を救うために城を飛び出したこの私をヘタレというとは……。へえ、そうですか。じゃあシャルさんは同じことをしても退いたりしないってことですか」
「んぅ、当たり前です。せっかくランドロスさんと引っ付けるのに、わざわざ離れたりはしませんよ」
シャルはカルアの言葉を聞いて不思議そうな表情を浮かべる。どうやら何もないけど照れて恥ずかしくなったのだと思っているらしい。
シャルはモゾモゾと起き上がって、俺へと笑みを向けてからもたれかかるように抱きついてくる。
「んへへー、譲っていただけるというのなら、もちろん引っ付きます。大好きですもん」
あぐらをかいて座っている俺の上に乗っかかり、ぎゅぅっと強く抱きつく。
手足が俺の背にまわされて全身がしっかりとくっつく。シャルの体の熱が俺の方に移ってきて、風呂上がりの湿った空気が服の間で混ざっていく。
小さな体の感触にドギマギしていると、俺の感触を確かめるように体を擦り合わせていたシャルの身体が突然硬直する。
「えっ、あっ……ら、ランドロスさん。そ、その……こ、これは……」
「…………ポケットに、短剣を入れっぱなしだった」
「で、ですよね。た、短剣ですよね。あ、危ないので、後で片付けた方がいいですよ?」
「あとでな」
「は、はい。後で……」
間違いなく、シャルもカルアも気がついている。俺の発言が苦し紛れの嘘だということは。
シャルはあれだけ言った手前離れられないのか、あるいはそれでも引っ付いていたいのか、そのままの体勢で耳を赤くしている。
俺は軽くシャルの体を支えるように手を背中にやりながら、カルアに目を向ける。
「……それで、カルア。本題なんだが……なんとか出来そうか?」
「……その格好で真面目な顔をされると少し不思議な感じがしますね。……なんとも言いにくいです。現状の技術では難しいですし、専門的な知識はどれも歯抜けです。本気で対抗することを考えたら……ちゃんと研究する必要がありますが……」
当の本人……管理者はそれをするつもりはなさそうだ。というか……おそらくアレは心が折れている。
まぁ仲間が全滅したのならばそうなるのも分からない話でもないが。
「そもそもの話として、情報が少ないんですよね。結局、何故こちらの攻撃が通じないのか、魔法を破壊する雷は何なのか。人間を食べるという話ですが、毒餌は効かないみたいです」
「毒に耐性があるのか?」
「訳わからない存在です。食事をするということは何かを取り込んでいるはずなのに、取り込んでいるということは生態としてある程度近しいはずなんですけど……」
カルアはしきりに首を傾げる。
「つまり、無策ってことか」
「無策というよりも……策以前に敵のことが分からないです。どんな存在かすらも不明なんです」
「六万年もあるのにか?」
「何万年、何億年、極論無限に時間があろうと何も調べなければ分からないままなのは当然です。……塔や世界の管理に忙しいというのもあるでしょうが……完全に匙を投げて諦めていますね」
シャルは俺たちの話を不思議そうに聞きながら、俺に抱きついたまま居心地が悪そうにモゾモゾと動く。シャルと触れ合っている部分が擦れて妙に気持ちいいのでやめてほしい。
「えっと、つまり、どういうことですか?」
「多分、倒す方向性で話を進めるのは難しいということです。もしも私が確実に倒せる策を作ったところで、多分管理者さんは怯えて話を聞かないでしょう。ですが、その精神的な弱さはこちらにとって利用は可能です。多分ちょっと仲良くしたらころっと落ちて、友達だからと逆に保護してくれると思います」
まぁ特別仲良くしていない今でも普通に話を聞いてくれるぐらいだしな。
俺の目から見てもアレはかなり甘ちゃんだ。あまりそういう風にするのはズルくて好かないが……。と俺が考えていると、抱きつきながらモゾモゾと動いていたシャルが至近距離から上目遣いで俺を見つめる。
「……友達ならいいですけど、お嫁さんはダメですよ?」
「いや、シャルは俺のことをおかしく思いすぎじゃないか? 流石にそんなことはしないからな」
「……信じますよ?」
「ああ」
とんでもない女好きだと思われているな。……いや、まぁ……事実として四人も嫁や恋人にしているからなんとも否定の言葉は言いがたいが……。
いや、だってみんな可愛いし優しいし……そりゃあ好きにもなるだろう。普通。別に女好きなのではなく、俺に優しい可愛い女の子が好きなだけなんだ。……より最低感が強いな。
シャルはそれでも心配なのか、俺の体に体を重ねてすりすりと擦りつける。先程までの照れからの逃げとは違う、自分を俺にアピールしている。
……いいのか? その気になるが、いいのか?
思わずシャルのパジャマの裾から手を入れて、スベスベな素肌を撫でまわす。シャルはギュッと俺の体にしがみつきながらこそばゆそうに「んぅ……」と悩ましげな声を出す。
ピクリと反応する動きや指に張り付く肌の感触。我慢が効かずに弄ろうとしているとカルアが俺の腕を引いて自分の胸に腕を当てたりする。
俺が二人から誘惑されているその時だった。
「ランドロス、戻ってきたのか」
寝室の扉がゆっくりと開いて、仏頂面のネネが入ってきて……目が合う。カルアに肩を寄せられながら、シャルと真っ正面から抱き合い背中を触っている姿の状況で、目が合う。
わざとらしい仏頂面が解けて、本当に不機嫌そうな表情へと変わる。
「……帰ってきて早々、昼間から乱痴気騒ぎか」
「あ、ね、ネネさん」
「先生、その男からは離れた方がいい」
「い、いえ、そういうことをしていたわけではないですから。……ランドロスさんに何か用事があったんですか?」
「……別に、先生が無事かを見にきただけ」
「ランドロスさんと一緒にいるんだから無事に決まってますよ」
「いや、そのランドロスが……」
と言いながらネネは扉を閉じてベッドのふちに腰掛ける。……いや、構わないんだが……普通に居座るのか。いや、全然構わないんだが。
普通にドン引きして去っていくものかと思っていた。
ネネがいたらシャルを触りにくいな……。
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