第305話
これは筋肉の話だが……そりゃあ、好きな女の子に跨られて体を弄られればカチカチにもなる。あくまでも筋肉の話だが。
カルアは白い頬を真っ赤に染めて、照れを隠すようにぽすぽすと俺の腹を叩きながら口を開く。
「あ、えっと、そ、そのっ! わ、私が魅力的だから仕方ないですねっ!」
「……まぁ、そうなんだが」
「えっ、あっ、は、はい」
頷くだけでそこまで照れるならそんなことを言い出すなよ。
そもそも……腰の上に跨るのはやめた方がいい。
……前もそうだし、シャルもそうなのだが……カルアは誘ってくるわりには俺がそういう反応をすると逃げようとするな。
俺の方はやる気になったが……本当にすることが出来るのだろうか。
「……とりあえず、降りてくれ」
「し、仕方ないですね」
カルアがおずおずと俺から降りて、シャルが寝ている方とは反対側に座る。俺も一度ベッドの上に座り直すと、シャルが俺の膝の上に頭を乗せる。
「カルア、聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと……ですか? あ、管理者さんの説得方法ですか?」
「いや、カルアが吐いている嘘についてだ」
カルアは、俺が何を言っているのか分からないという様子で「へ?」と首を傾げる。
「嘘ですか? ……えっと、どの嘘ですか? ランドロスさんが小さいのが好きと思ったから、身長や体重のサバを読んでいることですか?」
「いや、大した話じゃないんだが……。管理者と会って、そこまで急ぐ必要がなくなったのに子供をねだっているだろう」
「ん、まぁランドロスさんが無理しがちなのは変わらないですから」
「……そうかと思ったが、その割にはシャルのことで出るのは勧めてくれているだろ」
「私もそれぐらいの気持ちはありますよ」
「それもそうだが、研究所を作る予定なのも止めているよな。……もしかしてカルア、俺がどこか別の場所に行くと考えているんじゃないか?」
カルアが研究所を作るのを一旦止めているのは、建材の不足のためかもしれないが、それは木を作る魔法や木材を乾燥させる魔法などでどうにでもなる。
カルアが研究所の建設を止めていること、あるいはシャルの孤児院に向かわせたこと、考えられるひとつとして、俺がどこかに行くからそれまでの間にここでしておく必要のあることを消化させてくれようとしている。……とかだろうか。
「そ、そんなことはないですよ?」
「それでカルアは付いてくるつもりが満々で……と」
「う……いえ、そんなことは……本当に、一応可能性は考えていたというだけです」
「……可能性?」
カルアは少し気まずそうに頷く。
「【天より下るノアの塔】は世界最難関の迷宮です。その正体は古代人が建造した塔なわけですが……。当然の話として……この世界にやってくる移動方法が確立されているのであれば、他にも来ていておかしくはないんです」
「……まぁ、他国に侵略するときとかはそうだな。だが、その何万年前の時に全滅したとかじゃないか?」
「その可能性は非常に高いです。ですが、全滅していたとしても……残っている可能性はあります」
「残っている?」
俺が不思議に思って首を傾げるとカルアはコクリと頷く。
「ここにある塔は世界最難関の迷宮です。……迷宮自体は各地にあるんです」
「……つまり、そこに何かいいものがあるんじゃないかってことか? 朽ちてはいないのか?」
「分からないです。でも、塔は壊れてないです」
「何万年も昔なら管理者が先に行ってないか?」
「可能性はありますが、あまり高くはないと思います。ここの塔も、一人でマトモに登ろうとしたら、どれだけ強くとも普通なら一年以上はかかりますからね」
「六万年の中なら誤差じゃないか?」
「日常業務として迷宮の管理や世界の管理がありますから長時間は外せないはずです。自分が留守にしている間に迷宮を登り詰められたら大変なことになりますし。それに……実際、迷宮は他にもありますから」
うーん、どうだろうか。可能性はあるが、あまり高くはないように思えるし、それが正しかったとしても何万年も放置している程度のものだ。そこまで期待は出来ない。
「可能性として……可能性として、管理者さんに他の迷宮の攻略を頼まれることがあるかもしれない。そう思っていたというだけです。そもそも迷宮がすべて塔のような存在とは限りませんが」
「……なるほど。まぁ情報が少なすぎるから判断は出来ないか」
「その場合、断るのは難しいです」
「……まぁ、それぐらいで済むならな」
俺とカルアの話を聞いていたシャルは、膝の上で寝転んだままギュッと俺の服の裾を握る。
けれど何かを言うわけではなく、ただ俺のことを離さないだけだ。
「空間魔法で瞬間移動みたいなことって出来ないか?」
「ん、んー、迷宮の中や付近でああいうことが出来るのは、迷宮の機能を流用しているからなんですよね。基本的に操作可能な魔力を行き渡らせていないところに魔法の効果を発動させることは不可能なわけでして……。あっ、でも、迷宮のようなものを作れば、近くだったら出来ますね」
迷宮の範囲内でしか出来ないならば、迷宮を増やせばいいってことか。
「それは分かるが……。迷宮の扉を出現出来る範囲ってそこまで広くないだろう。せいぜい十数キロ程度だ」
「中継地点を作ればいいんですよ。十数キロでも、十箇所経由すれば百キロを超えますから」
力技だな……いや、だが確かにそうか。
「十キロごとに塔を建てるのは難しいんじゃないのか?」
「それは不可能に近いですけど、扉の機能だけあるならそこまで難しくもないですね。現在の魔法技術でも可能ですし、管理者さんから知識をいただけば確実に実現出来ます」
「現在の魔法技術のレベルが上がりすぎじゃないか。……それなら、今までのような日帰りも可能なんだし、大丈夫だと思うが……」
カルアは俺の肩にもたれかかり、耳元で囁くように尋ねる。
「まだ……逃げようと思っているんですか? ……逃しませんよ?」
「さっき俺の上から逃げたのは誰だったか」
「そ、それは……に、逃げたわけではなく、重いかと思いまして……」
「前も俺がその気になったとき、逃げたよな?」
「そ、そんなことは……」
カルアは本当に……それが悪いとは思わないし、そこも可愛いんだが……。
俺がカルアを少し虐めていると、シャルが「ふふ」と笑みを浮かべる。
「カルアさん、怖いなら怖いでいいんですよ。仕方ないことです。なので、素直に譲ってくださると助かります」
「いや、シャルもなんだかんだと逃げたよな」
「そ、そそ、そんなことはないです。ただ……他の人にそういうことがバレるのは……その……」
カルアはシャルを見てニヤリと笑う。
「せっかくのチャンスを物に出来ないヘタレですね」
「へ、ヘタレじゃないですっ! 蜂の巣に手を突っ込んでそのまま持ち帰ったり出来ます! むしろカルアさんの方がヘタレてます。ヘタレ救世主です」
ヘタレ救世主……?
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