第289話

「シャル、お父さんは院長先生に挨拶してくるから、あまりランドロスさんを困らせるんじゃないぞ」


 シャルの父親はそう言うが……目は思い切りこちらの方に向いている。これ……シャルに言うフリをして、俺に言っているよな。


 目線で伝わってくる。「全部聴こえていたぞ」という強い怒りが。

 再び全身から冷や汗が流れ出てくる。完全にバレてる。


 シャルはそれに気がついていないのか、普通の表情で「もちろんですよー」と答えるが、父親はそれに反応を示さずに俺を見続けていた。


 俺は頷くべきだと思いながら、けれども……先程のシャルの言葉を聞いて、ゆっくりと首を横に振る。


「いや……迷惑はしていませんから。ありがとうございます」


 シャルの誘惑は迷惑ではなかったと言い切り、頭を下げた。

 シャルの父親は少し不満げに、けれども仕方なさそうに軽く笑ってから部屋の前から離れる。


 その背中が見えなくなって、どっと疲れが吹き出してきてため息を吐く。

 ……完全にやらかした。近いうちにシャルに手を出すと宣言したようなものだ。


 どうしようどうしようと狼狽えながら扉を閉めて、ベッドにペタリと女の子座りをしているシャルを見て……まぁ、仕方ないかと納得する。


 実際に手を出すかどうかは別として、俺に釘を刺すためではあるが、シャルが俺にしてくれた行為を「迷惑」と言われてしまっては否定してしまいたくなるのは仕方ない。


 あまり怒られなかったし、これで良かったと思おう。


「どうしたんですか?」

「……いや、別に大したことじゃない。……ああ、シャル、ちょっと相談に乗ってくれないか?」

「相談ですか?」

「……ああ、そろそろ、流石にずっとヘタレているわけにもいかないから……。最初に手を出すのは誰にすべきかと思ってな」


 シャルはほんの少し迷った様子を見せてから、俺の言葉の意味が分かったのかベッドの上で狼狽える。


「へ、へぁっ!? そ、そそ、それは、ランドロスさんがしたいように……したら、いいのでは、ないでしょうか」


 シャルはベッドの上で膝を抱えて三角に座って、膝を抱えながら顔を隠すように体を丸めるが、くりっとした可愛らしい瞳だけは俺の方に向けていた。


 期待と不安と興奮と緊張が入り混じったような視線が俺の方に向いている。


「そ、その……と、特にしたいなって女の子からしていったら……」

「そうなると……まぁ、シャルになるんだが……」

「ぼ、ぼ、僕になるんですっ!? え、い、いや、も、もちろん、嬉しいですけど……」


 シャルは顔を真っ赤にして目をキョロキョロと泳がせて慌てふためく。


「……でもな、やっぱり体格差もあるし、幼いから体の面で不安というか……回復薬で治せると言っても痛いのは嫌だろ?」

「そ、それぐらい、いくらでも我慢しますっ!」


 シャルが少し前のめりになりながら俺に反論して、俺ははやる気持ちを抑えながら「最後まで聞いてくれ」とシャルに頼む。


「……体の問題を考えると、まぁ成人している大人のネネが一番安心だと思うんだ」

「そ、それは……そうですけど……ね、ネネさんは頷かないかもです」


 いや、口ではあーだこうだというのは間違いないが、なんだかんだと俺が頼んだりしたことは普通に引き受けてくれるし、普通に俺のことを好いてくれているんだよな。あれでも。


 口は悪いが押しには弱いので、ふたりきりになって口説けば一瞬な気がする。


「そういう、積極的かどうかで言うと一番積極的なのはカルアだろ。知っての通り、俺の子供を欲しがっているぐらいだしな」

「そ、それはそうですけど……す、数日違ったところで子供が出来るまでの日数も少しズレるだけですし……」


 シャルはそう言いながら、俺の方に手を伸ばしてくるので、その手を握ってベッドに腰掛ける。


「なんだかんだと一番我慢させているのはクルルかもしれないしな。これからもしばらくは我慢させることになるだろう。たぶん結婚するのも最後になるだろう」

「そ、それは……その……」


 シャルは俺の手ををギュッと握りしめて、腕に微かな膨らみのある胸を押し付ける。思わず意識を集中させてしまい、若干の膨らみのふにふにとした感触に集中してしまいながらシャルの言葉を聞く。


「す、好きな気持ちは、誰にも負けてないです」

「……そういう誘惑するやり方って、どこで覚えてきているんだ?」

「ゆ、誘惑って……そ、そんなこと……してないです」

「いや、はだけて見せたり、胸を押し付けたり……シャルの発想にはなさそうで」

「……カルアさんや、マスターさんとイチャイチャしてるの、見てますもん。どんなのに喜んでいるとか、分かります」


 ああ……なるほど、二人の真似か……。てっきりギルドで他の女の子から変な知識を仕入れてしまったのかと。

 俺がそう考えていると、シャルは続ける。


「だ、だから、その……さっきとか、今とか……ランドロスさんが喜んでいるの、分かります」

「……そりゃ、好きな子にこんなことをされたら……嬉しいだろ」

「んぅ……そ、そうです。みんなそうですから、その、ランドロスさんはしたいように振る舞ったらいいんです」


 それはまるでどうしても自分が一番最初にしたいと言うようで……まぁ、そりゃそうである。そもそもシャルは他に嫁を作ることは反対していたわけだしな。


 だが、シャルに最初に手を出してしまったらシャルに夢中になりすぎてしまう危険がある。こんなに俺が悩んでいるのも、シャルが魅力的すぎるからだ。

 世界一かわいいからな、シャルは。


「んぅ……じゃあ、このままランドロスさんにおねだりをして……」

「いや、そういうなし崩し的なのは……。シャルの初めてなら、もっとシャルが好きそうなロマンチックなのとか」

「……ロマンチックな、というのはどういう状況ですか?」

「……ここみたいに壁が薄くて話し声が聞かれかねないのはダメだな」


 シャルは「へ?」と言ったような表情を浮かべてから、顔を赤くしてパチパチと瞬きをする。


「さ、さっきの、お、お父さんの変な様子って……」

「…………い、いや、まぁそんなに大きな声でもなかったし、聴こえたりはしてないと思う。雨や雷の音もあるしな」


 そんな誤魔化しをしてから、シャルに目を向けると信じてくれたのかホッとした表情を浮かべていた。


「んぅ、そ、それはよかったです。……でも、その……なし崩しなのがダメとなると、その……わざわざ、そういうことをする場所を選んで時間を作ってということですよね。そ、それは……その、むしろ、恥ずかしいような……」

「シャルは嫌か?」

「い、嫌ではないです。……で、でも、その……寮に帰ったら、みんなで寝るので……チャンスがないというか……。わざわざ他の人と離れて二人で寝るとバレてしまいますし……」

「それは嫌か?」

「さ、流石にそれは……その……」


 シャルがそう言う。いつのまにか相手がシャルに固定されていることに気がついてしまいながらも、思いついてしまう。


 ……帰るときは商人が着いて来ずにふたりきりなのだから、迷宮国に帰ってからギルドに戻らず、クルルと泊まった連れ込み宿にシャルを連れ込めば……他の人に見つかったり邪魔をしたりすることなく出来るのではないか、と。


 ……出来るな。

 なんだかんだ、カルアの誘惑に耐えられていたのはそういう場所の問題が解決出来なかったからで……この状況なら、それを普通に解決出来てしまうな。


 ……あれ、これ、逃げ道がなくないか?

 いや、シャルにその思いつきを言わなければいいだけだが……そうすると俺は絶好のチャンスがあるのに逃げるヘタレということになるし、いずれシャルに「ヘタレ」であることを気がつかれてしまうかもしれない。


 それはまずい。シャルに格好悪いと思われたら耐えられない。


 少し迷った末に……俺はゆっくりと口を開いた。

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