第287話
シャルの手が俺の手を強く握る。
彼女体温が俺に移って、吐いた吐息に首筋がくすぐられた。
「……ダメですよ。いっちゃ、ダメです。僕、雷怖いです」
「……分かっている」
雷……もしかして、魔王や管理者の言っていた化け物か? などと思うが、それにしては普通にこの街に入れたのがおかしい。
そんな恐ろしい生き物が近くにいたら、先にみんな逃げているはずである。
そもそも、魔王や勇者の雷は雷のような見た目の魔法であるが、木に当てても発火したりはしないし、焦げ跡なども出来ないので正確には雷ではなく、破壊の魔法という具合である。
今も鳴っている雷は、おおよそ自然雷とは思えないが、勇者や魔王の使う魔法とも違うようなので別のものだ。
シャルはダメだと言っているが、だが……いかないにせよこの場で正体が分かるなら知っていた方がいいだろう。
引き止めるようなシャルの手を上から握りしめる。
……本物の雷魔法みたいなものがあるのだろうか。まぁあったとしても不思議ではない。距離と方角からして街の外か。
などと考えていると、シャルの小さな体がモゾモゾと動いて俺の上にのしかかる。
大した重さではないうえに柔らかくてスベスベとしていて心地よい具合だ。スルスルと俺の服とシャルの服とが擦れる衣擦れの音が聞こえて、俺を押さえつけるような体勢に変わっていく。
「……ダメです」
「どうした?」
「ランドロスさん、今……外の様子を探ってました」
相変わらず……人のことをよく見ている。
後ろめたさを覚えてシャルから目を逸らすと、彼女の細い指先が俺の手首を掴もうとする。あまりに違う身体の大きさ。
俺にとってシャルぐらいの体重はそう重いものではなく、退かそうと思えば指一本で退けられる。
「……もしもの時は、戦うにせよ、逃げるにせよ、情報は多い方がいいだろ」
「……ただの雷です。きっと、直ぐに止みます」
まぁ……魔法で誰かが何かをしているとしても、ここまで辿り着くまでに誰かがどうにかするのは間違いないか。
「そうだな。シャルの言う通りだ」
もしかしたら誰かが戦って傷つくかもしれないが……そもそも人間は好きじゃないしな。特にこの国の人間は嫌いな奴ばかりだ。
もし襲ってきているのだとしたら魔王軍の残党だろう。
……これ以上、勇者の仲間の真似事を続けてシャルを傷つける意味もない。
「……シャル、さっきの話だけどな」
「雨の話ですか?」
「いや……誰が一番好きとか、そういう話だ」
「あっ、えっ、い、いえ……そ、その、ワガママを言いました」
「……いや、俺が悪かった。ずっと不安にさせて」
この世に正解や間違いというものがあるのだとしたら、きっと俺はずっと間違え続けていたのだろう。
始めから……馬鹿なことをし続けていた。
「自信がなかったんだ」
俺の言葉にシャルがキョトンとした顔を向ける。
「……本当にシャルを守りたいなら、魔王を倒して戦争を止めるなんて遠回りなことをせず、シャルを攫って平和な国に行けば良かった」
「さ、攫って……は、良くないんじゃないですか?」
「……俺が魔王と戦って死んでいたら、シャルは飢えて死んでいた。……そうでなくとも、俺が見ていないうちに色々な不幸がシャルを襲っていたかもしれないし、きっとシャルは俺に言ってないだけで多くの不幸があっただろう」
抱き寄せた小さな体は、俺にとってかけがえのないものだ。お互いの身体の隙間を埋め合うように四肢を動かす。
寂しさや、あるいは自分に欠けているものを埋めるようにシャルの肌の感覚を求めて、求められる。
「間違えていたし、間違えていることには、多分気が付いていた。確実に守るには近くにいた方がいいだなんて、当たり前のことが出来ていなかった」
「そんな……こと。ランドロスさんのおかげでお父さんとお母さんも無事だったんです、間違えてなんか……」
シャルの声を遮るように言う。
「俺は、シャルさえ無事だったら良かった。……なのに、そう出来なかったのは……シャルが俺に着いてきてくれないと思っていたからだ。あの日、森の中でシャルを好きになって「俺が守るから一緒に行こう」と言えなかったのは、フラれるのが怖かったんだ。戦うのよりも、死ぬのよりも、フラれることが怖かったから逃げて、言い訳のように戦いに行った。……いや、違う。アレは自殺だった。たまたま強かったから死ななかっただけで、俺はいつ死んでもいいと思っていた」
シャルの手が俺の服をぎゅっと握る。
「……フラれたくなかった。死ぬのは構わなかったが、初めて母以外の優しくしてくれる人から拒絶されるのだけは嫌だった」
「で、でも……二回目森で会った時……僕に好きだって」
「……街の中に侵入することなんて簡単だし、孤児院なんてそうたくさんあるものでもない。見つけるのは容易だったのに、あの時まで会いに行かなかった」
雨の音と雷の音が強く響いて、けれどもシャルの呼吸の音の方がよほど大きく耳に入り、ドクドクと流れる血液の音の方が強く響く。
「好かれる、好意を受け入れられる自信がなかった。だから、半端なことしか出来なかった。シャルのような芯の強さが俺には欠けているんだ」
「そんなこと……ないです」
「いや……俺は自分に自信がない。だから、カルアに子供をねだられても簡単には頷けなかったし、魅力的に感じているのに誰にも手を出せなかった」
「え……あの……つ、つまり、やっぱりそういうことをしたかったんですか?」
「そりゃ……俺も男だしな」
「……今も、したいけど自信がなくて出来ないんですか?」
シャルの問いに首を横に振る。
「……いや、シャルに手を出せない理由が、先程の話の答えだ」
「え、えっと……」
「……嫁の扱いに差を付けたらダメだろ。誰が愛されているとかでギスギスすると、みんな疲弊するし、しんどいだけだからな。……シャルに、一番好きと言ったり、手を出したら……多分、どうしようもなく本当になる。だから、言えない」
俺の上に乗ったままのシャルはキョトンとした表情を浮かべる。
「え、えっと、それは……僕からしたら、とてもいい話を聞いたというか……。あの、こういう出し抜くようなことは良くないとは思うんですけど……」
俺の答えを聞いたシャルは布団をぱさりと押しのけて、俺の腰の上に跨った体勢になって、真っ赤な顔をしながら、自分の服の裾を握ってゆっくりと持ち上げる。
白く細っこい腰が見えて、形の良いヘソに視線を奪われる。
何が起こっているのか分かっていないまま、思わずゴクリと喉を鳴らす。
「い、一番好きになってくれるということ、ですよね?」
「えっ、い、いや、そ、そうするのが良くないという話で……」
痩せっぽちな細い体。女性として見るには小さすぎて痩せすぎているそれは、俺にとってあまりにも魅力的で……。
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