第286話
シャルが好きだ。
俺はシャルが助けてくれたから生きていけたし、シャルのおかげで幸せになれた。
たとえそうでなくとも、あのままシユウに殺されようとも、振られたままで幸せを感じられなくとも……シャルのことが好きなままであっただろう。
とにかくシャルのことが好きだ。初恋だからとか、シャルに救われたとかだけでなく……ただ、ただシャルのことが好きだ。
俺という人格の中心とも言えるところに、シャルへの強い依存心と敬愛する心がある。
シャルは、どうしても特別だ。
いくらカルアやクルルやネネを愛そうとも、途切れることのない思いはある。
だから、だからこそ……。シャルの体を抱きしめる。
「……平等に接さないと、ダメだろう」
言えない。序列や順番や優劣をつけるわけにはいかない。
そんなことをすれば、俺達の関係は無茶苦茶になると分かりきっていた。
「……カルアさんにも、言っていいです」
シャルはそう切り出す。
「マスターさんにも、ネネさんにも、です。「君が一番だ」と言っていいです。でも、だから、僕にも……そう言ってほしいです」
「……それは、どうなんだろうか」
不誠実なのではないだろうか。都合の良い嘘を吐いて騙すことになるのではないだろうか。
けれど、シャルの望みにはどうしても答えたい。
俺は後先を考えずにシャルの耳元に口を近づける。
「世界で一番好きだ」「誰よりも愛している」そう言おうとしたとき、シャルは俺の意図が伝わったのか、ぎゅっと俺の服を摘む。
不思議と一瞬だけ部屋が明るくなったような気がする。
緊張の中、言葉を発そうとしたその瞬間、遠くで爆発するような音が響いてシャルの身体がビクリと震える。
「ふぁっ!? な、な、何事ですか!?」
その声の後に窓から光が入ってきて、それにもシャルがビクッと動く。
「……雷みたいだな。雨も強いしな」
俺の腕の中でビクビクしているシャルは、震えた声で俺に言う。
「こ、怖がってはないですよ。少し驚いただけで」
「別に怖がっているとは……」
「だ、だだ、大丈夫ですからね。ランドロスさんは僕が守って……」
とシャルが言うのと同時にまた雷の音が鳴る。
「ふわわわっ!?」
「……大丈夫か?」
光が入ってきてから音が聞こえるまでに結構な時間があるな。まだまだ遠そうだ。
「だ、大丈夫ですよ。不意打ちに弱いだけで……」
「そうか。なら、雷は先に光ってから後から音がくるから、ほら」
窓の外が光り、シャルがぎゅっと俺の服を握りしめる。
それからすぐに雷の轟音が響いて、シャルの身体がビクッと震える。雷に怯えているシャルも可愛いなぁ、とは思うも、あまり怯えさせるのも可哀想なので手を握ってやる。
「大丈夫だ。怖くない」
「ん、んぅ……い、いつもとは立場が逆です」
「まぁ時々はな。……普通は、男の方が強いものだが」
「……ランドロスさんのことを弱いとは思ってないです。気弱ではありますけど、それは多くのことを抱えようとしているからで……」
シャルの手が俺の手の感触を確かめるように指先を絡ませる。秋の雨で気温が低いからか、それとも雷で怯えたせいか、シャルの指先は微かに冷えていた。
「……強い人を、守りたいと思ってはいけませんか?」
雷に怯えながらもシャルの口から紡がれる愛の言葉。思わず赤面してしまうような純粋な愛情表現に照れながら、自分は好意を口にするのも気恥ずかしくてうまく出来ないことを恥じる。
「……やっぱり、シャルはすごいな」
「へ? 何がですか?」
「いや、俺は弱いから守りたいと思ってばかりだったな、と。シャルには気付かされることばかりだ」
「そ、そんなこと……」
また窓の外から光が入り込む。
「……シャルは雷が怖くないんだよな」
「は、はい。もちろんですよ」
「……シャルは強いけど、守ってもいいか?」
「も、もちろんです」
シャルの体を覆うように抱きしめて、唇を軽く触れさせる。
大きな雷の音は、唇を触れ合わせる微かな音に飲み込まれて、強張っていたシャルの肩が震えることはなかった。
それから一秒、二秒、と短い時間を唇を触れさせるだけで過ごして、ゆっくりと話す。
シャルの恥ずかしがる表情を見ながら、微かに笑う。
「……ランドロスさん、旅をしていた時って、雨や雷はどうしていたんですか?」
「ん? ああ……まぁ場合によるが、おおよそはそのままカッパを着てまっすぐ向かうな」
「寒くないんですか?」
「まぁ、当然寒いが……風邪は治癒魔法や回復薬で治せるからな。それよりも危険なのは、下手に雨宿りをして敵に見つかったり、追いつかれたりすることだ」
シャルは少し不安そうに俺の手を持つ。
「……大丈夫だったんですか?」
「一度やらかしたな。見つかって、何週間にも渡って大軍に追い回された」
「それは……回復薬が高いとか言っている場合ではないですね」
「まぁな。この前のグランいるだろ。アイツ、方々から寄付や支援を引っ張ってくるのが得意でな。まぁ勇者や聖女の名前もあってのことだろうが。それで資金繰りにはさほど困らなかったのと、初代ほどじゃないが治癒魔法の専門家のルーナがいたからな。あと、俺も積載量が多いからな」
「……やっぱり積載量は大切ですね」
魔王こそひとりで戦ったが、旅は一人では絶対に出来なかった。
本人は微妙だが、勇者の雷で広範囲の殲滅が出来るシユウと強力な魔法使いであるレンカ、資金繰りや作戦の立案が得意で人道に反しているが効率的なことを戸惑いなく出来るグラン、教会に強いコネがあり治癒魔法の得意なルーナ、それに直接戦闘と荷物持ちが優秀な俺と……非常に人格が合わなかったが、なんだかんだとバランスが取れていた。
まぁ、普通に今の仲間の方が性格も能力もいいが。
「……もう、そんな無理はダメですよ?」
「……善処する」
「もう、ランドロスさんたら……雷の音、慣れてきました」
それならよかった。と思いながら窓の外を見る。雨が降り続いていて、雷はずっと鳴っている。こちらの方に来て家屋に落ちなければいいんだが……と考えていると、おかしなことに気がつく。
「……ずっと、同じ場所に落ちている?」
雷のおおよその方向はは光っている方向から分かるし、距離も光ってから音が鳴るまでの時間でなんとなく分かる。
普通はすぐに動いていくものだが……何かおかしい。
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