第285話
ひとり取り残された部屋の中、服を着替えて眠りやすいものにしてからベッドに入り、空間魔法を解いて大きさを元に戻す。
それからベッドに寝転がると、隣の部屋から微かな声が聞こえる。
どうやら隣の部屋を使っているらしく、何かの本を読んでいるらしい。なんだかんだと言ってシャルもちゃんと聞いているようだ。
話の内容は珍しくもない。貧乏な娘が王子様に見染められて結婚して幸せになるというものだ。
そう言えばシャルはそういうのが好きだったな。などと思っていると、シャルなら声が聞こえてくる。
「んぅ……そんな子供じゃないんですから、いいですよ」
「嫌いになったんですか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「……貴女にとって、あの人が王子様だったの?」
「んぅ……ランドロスさんは王子様じゃないです。浮気性ですし、荒っぽいですし、見栄っ張りで、気が弱くて、寂しがりさんですから」
盗み聞きをするようなことをしてしまっている罪悪感がある時に、あまり良くない評価を受けて少し落ち込む。
いや、まぁおおよそ事実だが……いや、気が弱いのはシャルに比べたらであり、普通の人に比べるとそうでもないと思う。
あまり聞くのも良くないと思い壁に背を向けようとした時、シャルのいつもの照れたような声が聞こえる。
「でも、優しくて頑張り屋さんで、人のために動いて、とても素敵な人なんです。物語の王子様より、ずっとずっと、素敵で……大好きな人です」
シャル……。思わず気恥ずかしさにベッドの中でモゾモゾモゾと動いて耐える。
めちゃくちゃ嬉しい。シャル……本当に浮気ばかりしてごめんな……。
などと、ベッドの中で悶えながら考えているとシャルの母の声が聞こえてくる。
「シャルさん、浮気性な人はダメですよ」
「えっ、あっ、で、でも、いいところもいっぱいあって……」
「お母さんのお友達もそれで苦労してましたよ。治らないですからね。浮気癖は……」
やめて。シャルにそういうことを教えないでくれ。などと思っていると、シャルの父親の声が聞こえる。
「……お父さんが少し話した感じ、あまり浮気や不倫をする性格には見えなかったけど。そんなに気の多い人なのかい?」
「気が多い……のかは分からないですけど……気弱でちょっと流されやすいきらいはありますね。……浮気というか、お嫁さんがたくさんいるのは……カルアさんが推し進めたりするので」
「……どういう子なんですか?」
「えっと……色々とすごい人ですよ。めちゃくちゃ綺麗で頭が良くて行動力がある人で……。副業で救世主をやっていますね」
「副業で救世主……?」
だよな、そういう反応になるよな。
盗み聞きをするのはやめようと思うが、部屋の壁が薄いせいか耳をすまさなくても聞こえてくる。
目を閉じて寝ようとするも、やはり聞こえてくるものは聞こえてしまう。
「えっと、とてもすごいんですけど、少し変わったところのある方で……いえ、すごいから不思議なのかもですけど……。最初、僕とカルアさんがランドロスさんのことを好きになって「どっちを選ぶんだ」と言ったような状況になったんですけど……。ランドロスさんが僕を選んだら、ランドロスさんを連れ去って監禁すると……脅されまして……」
「ええ……。いや、ランドロスさんは人間を救った英雄なんだよね? そうでなくてもとても強そうに見えるけど」
「……ランドロスさんはとても強いんですけど、カルアさんは……なんて言うか、カルアさんなので、説得力があります」
「……何者なんだカルアさん……」
救世主である。まぁ……この世界の神的な存在がドン引きするような奴だからな。
正直なところ……浮気心とかハーレム願望とか少女に対する性欲とか、そういうものを持っていて良かった。
一切カルアに心が惹かれずシャルにメロメロなままだったら、今頃拉致監禁とかされていてもおかしくなかった。
「それでそのカルアさんは生まれが高貴なこともあって、側室や多妻には理解があるみたいで……押しに弱いランドロスさんはそういうことになってる感じです」
「はぁ……そんなに気が弱くて大丈夫ですか?」
「悪い虫は僕が追い払いますから大丈夫ですっ!」
「まったく、この子はいつまで経ってもおてんばで……」
……まぁ、これ以上は嫁が増えることがないように気をしっかり持とう。
真面目に体力が持たない気がする。変な話ではなく、ひとりひとり別にデートをしようとすると休む時間がなくなる。
今回みたいな状況もあるしな。
シャル達の会話もなくなり、静かになった部屋でうとうとと目を閉じる。今回は魔王の夢を見ずに精神を回復させようと考えていると、トントンと扉がノックされて返事をする前に扉が開けられる。
「失礼します。……あ、やっぱりまだ起きていたんですね」
はにかむような笑みを浮かべたシャルはポスリとベッドの縁に腰掛ける。ベッドと接触することで少しむにっとしているズボン越しのお尻を見ながらシャルに言う。
「どうしたんだ? 両親といる方がいいんじゃないか?」
「んぅ、もう親と一緒に寝るような年でもないです」
「……一緒にいれる時間は長くないんじゃ……」
「いえ、仕事が終わったらまた一緒にいれますよ。僕はウムルテルアの人間なので、一緒に住むのはランドロスさん達ですけど、近くに住むことは出来ますから」
「まぁそれはそうだが……」
シャルは寝ている俺の頰をぎゅっと摘まむ。
「お尻見てるの、気付いてますよ」
「…………ご、ごめんなさい」
「いいですけど、お父さんとお母さんの前ではやめてくださいよ?」
「あ、ああ」
俺をつねっていた手が俺の頭に移って、髪を梳くように撫でられる。その心地の良さに思わず目が閉じて寝てしまいそうになり、その間にシャルがポスリとベッドに転がって、布団の中に潜り込んでくる。
ふたりきりでベッドの中というのは、やはり緊張するが、それよりも安心感と眠気が勝る。
シャルが布団の中で俺の体に体をくっつけて、体の感触を確かめるように腕を回す。
人の熱というものは、どうしてこんなに心地がいいのか。
シャルの吐息が俺の首筋にかかる。ゾクリとした感触を覚えながらシャルに手を伸ばそうとしたとき、彼女の顔が少し不安そうなのが見えた。
「…………シャル、何かあったのか?」
「えっ、い、いえ、何もないですよ」
「何かあったように見えるが……やっぱり、再会出来た親と離れるのが寂しいのか?」
「そ、それはそうですけど……その、そうではなくて……。ランドロスさん、僕、ランドロスさんといて大丈夫ですか?」
「当たり前だろ。……どうかしたのか?」
シャルは俺の体をぎゅっと抱きしめながら、自分をアピールするようにほとんど膨らんでいない胸を引っ付ける。
「……お父さんとお母さんがきてから、ランドロスさんに「一緒にいて」と頼まれていないので……もしかして、他の女の子といる邪魔になってるのかと」
「いや、流石に長いこと離れ離れになっていた両親の前で、独占欲を発揮させることは出来ないだろ。……それに、シャルが俺のところから離れることはないと分かっているからな」
「……えへへ。そうですよね」
シャルは俺に体をくっつけたまま俺の手を取り、自分の身体を触らせる。不慣れながらも、自分の女性としての魅力を感じさせるような仕草を不思議に思っているとシャルは震えた唇で俺から目を逸らしながら雨の音で消え入るような声を出す。
「僕は、ランドロスさんが一番好きです。世界で一番大好きです。……ランドロスさんは……誰が一番好きなんですか?」
言葉が詰まる。シャルの言いたいことはつまり……四人の、俺の妻や恋人の中で誰が一番好きかということだ。
わざと考えないように、扱いの差をつけないようにと考えていたことで……。俺にとって、避けたい……避け続けていたい問いだった。
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