第284話
「……シャルは今、幸せか?」
「はい。大好きな人が大好きと言ってくれて、優しくて素敵な人に囲まれて、とても幸せです」
シャルの父母は顔を見合わせて笑って、揃って俺に頭を下げる。
「娘をよろしくお願いします」
「えっ、あっ、も、もちろんです」
思わぬ言葉に驚きつつ、変な反応になっていることを自覚しながら頷く。
……今の話で納得して娘を託せる要素が一つでもあっただろうか?
よく分からないな。と、思いつつも一応認められた様子にホッと息を吐く。
……本当に何故許してもらえたんだろうか。ネネという大人がいてくれたおかげか?
「シャルは普段どうやって過ごしているのかな?」
「普段ですか? ん、日によって違いますけど、朝はみんなでギルドでご飯を食べて、それからランドロスさんがお仕事や人助けに行くことが多いのでカルアさんに勉強を教わったりお手伝いをしたりして、それから家事や他の人のお手伝いをして、ランドロスさんが帰ってきたらご飯を食べて、みんなで寝てますね」
「……みんなで寝て」
また微妙そうな表情をされたので急いで首を横に振る。
「い、いえ、普通に寝ているだけですからね。変なことは決してしていません」
「なら、いいですが……」
「……一度、来ますか? どうしても外せない用事があるので雨が止んだら帰る必要があるのですが、可能な限りご両親とも一緒にいさせたいのも本音ですし、シャルさんもそれを望んでいますし。もちろん、その際の旅費や滞在するための生活費などはこちらが負担させていただきますが……」
出来ればそのまま永住させたい。
俺としては非常に気を使う相手で色々とやりにくいが、シャルのためには近くにいてほしい。
「とても無礼なことを言うんですが……。今の教会は社会の情勢もあり、金銭的に厳しい状況にあると思います。無理にとは言いませんが、可能ならばシャルさんのためにも……」
「……いえ、ありがたいお話ですが、すぐにとはいかないですね。ただでさえ、仕事を放っておいてきてしまっているので。元々、無事を知らせにきたのであって、今すぐ一緒に暮らすというのも難しい状況でしたので」
シャルの父の答えに落ち込んだのは、俺ではなくシャルだった。
「……そう、ですか」
「ごめんな。お父さんの都合でいつも……」
「いえ、お父さん達が困ってる人のために頑張っているのは知ってますから。応援してます」
「……ああ、じゃあ、差し出がましいですが、用事が済んだらこちらに来るための路銀を……」
「娘に会いに行くのぐらい、自分達の稼ぎで大丈夫ですよ」
金を渡そうとして断られる。失礼なことをしただろうかと思いながら金をしまい、それから彼らに話をする。
「迷宮国は今、かなり入国の制限が厳しいので……直接来るのではなく、一度ここにきて商人……先程の狂人に声を掛けて、一緒に出ないと入国が難しいかと思います。もしくは俺の名前を出したら通れると思えますが、それは確実ではないので」
「ご丁寧にありがとうございます」
残念だが少しホッとするような、ホッとするが残念なような……。しょうもないな、俺は。結局、シャルを自分のものにしたくて堪らないのだろう。
口だけシャルのために一緒に来てほしいと言って……。仕方ないから口だけではなく態度でも示すか。
口元を無理矢理歪めて笑みを作る。
「本当に、いつでも来てくださいね。というか、出来る限り早急に」
「はは、そうですね。もちろんです」
そんな会話の後、いつのまにか弱くなっていた雨が少し晴れ間を見せる。明日には帰れるかと思っていると、再び急に強く降り出す。
「……止みそうにないですね、雨」
「まぁ……仕方ないな」
管理者も帰れない状況なら仕方ないと諦められて待ってくれるだろう。
窓の外の景色を見ていると、シャルかぽーっと俺の方を見つめていることに気がつく。
「どうしたんだ? ご両親ともっと話していていいんだぞ」
「ひゃっ、えっ、あっ……は、はい」
何故かシャルは顔を赤らめて俺から目を逸らす。
眠いのも確かなのだが、流石に義両親の前で眠る気になれないし、かと言ってシャルがいなければ眠りが浅くなるので夜まで諦めるか。
……いや、夜一緒に寝れるか? 両親に反対されないか?
どうしようかと思っていると、シャルの両親もうとうととしているのが見える。そう言えば深夜に来たということは寝ずにやってきたのか。
院長には挨拶や話もしたようだし、ゆっくり休んでもらう方がいいかと思っていると、俺が言い出すまでもなくシャルの母が立ち上がる。
「そうだ。シャルの好きだった本を持ってきたんですよ。読んであげますね」
「えっ、い、いいですよ。僕、もう子供じゃないんですからっ。昔の記憶で止まってます」
シャルのもう子供じゃない発言で俺に視線が向く。いや、違う。そういう意味じゃない。
シャルは流石に離れていた時期が長かったためか、若干親との距離を測りかねているように見える。
森の中で一度会っただけの俺のことを覚えているほど記憶力がよく、久しぶりのはずの親のこともしっかりと認識してはいるもののそれでも昔のようにはいかないということだろう。
シャルの父親が俺の方を見る。
「……ランドロスさん、一応聞きますが」
「手は出してないです」
「ああ、そうですよね。失礼しました」
「いえ」
そのやりとりを見たシャルは首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「……いや、別に大した話じゃない」
シャルは母親に連れて行かれそうになり微かに抵抗するもあえなく負けて引きずられていく、父親もそれに続くように立ち上がりながら俺に尋ねる。
「……決して他意や言外の意味があるわけでなく聞きますが、何故娘と結婚をしたのですか? ……手を出すだとか、そういうのがないのであればそうも急いで結婚をする必要はなかったのではないかと思うんですが」
「……ああ、それは、シャルさんが望んだ……というよりか、院長先生に安心してもらいたかったというのが強いかと思います。……当然、こんな歳上の男が大金を寄付して、そのことから交友を持ったとなると……俺がどうしてもシャルさんを欲して、シャルさんは孤児院のために身を犠牲にしたというように見えますからね。お金のためにではなく、「ちゃんと愛し合って幸せにしているから負い目を持たなくていい」と伝えるためだと思います」
本当にシャルは優しい。
父親は「そうですか……」と答えて、俺に頭を下げて部屋から出て行こうとする。
「それはシャルさんの方の理由でして、俺はそれもありますが……結局、シャルさんにベタ惚れしているからですね」
「……はは、不思議なひとですね」
「普通、シャルさんの優しさを知ればみんなそうなるかと」
父親は再び頭を下げて出て行く。まぁ、複雑な気持ちだろうな。俺は可能な限り誠実にやっていくしかないが。
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