第281話

 シャルの父親は仕方なさそうに力なく笑う。


「……勇者様と共に戦った英雄、ですか」

「俺は出自があれですし、勇者達とは不仲でしたけどね」

「それでも、必要とされるほど……なのですね。まぁ、父親としては安心ではありますが。こんな末端の小物にあれだけのことが出来るほど、娘のことを愛していただいているわけですしね」


 少し考えてから、可能な限り安心出来る要素を増やそうと思って口を開く。


「単純な武力で言うなら、俺より強い人はいません。やろうと思えば一国を相手取っても互角に戦えますし、もちろん人から恨みを買ったり敵対したりといった行為は可能な限り避けてシャルさんを危険から遠ざけます。何があろうと、あらゆる危険から守ります」

「……それは、心強いですね」


 微妙に引かれている気がする。まぁ事実として、俺よりも強いのは人と呼べるのか微妙な存在である管理者と、後は化け物ぐらいだろう。


 何と言ったら打ち解けられるかを考えていると、パタパタという足音が聞こえる。


「ランドロスさんっ! 呼んできましたよっ!」

「ああ、ありがとう。……あ、えっと……すみません」


 シャルの母親に頭を下げてから父親を一瞥する。

 どうしようか少し迷ってから、三人に言う。


「……俺がいたら出来ない話もあるだろうから、三人でどうぞ。俺はこの部屋で待っておくので」

「えっ、ランドロスさんも一緒に食べましょうよ。一緒にいたいです、お話ししましょう」

「いや……ちゃんと親と話した方がいい。あ、でも、昼には一回顔を見せてくれよ? 俺は、一度仮眠を取るが」

「んぅ……まぁいいですけど、でもひとりでちゃんと寝れますか? 昨夜は僕が夜遅くまで他の子と話していたので、結局、ほとんど徹夜ですよね?」


 義両親の前でひとりで寝れないとか言わないでくれ……。いや、というか他の人にバラさないでほしい。それに全く寝たりが出来ないわけでもなく、少し寂しくて待っていただけだしな。


「……大丈夫だから、俺のことはいいから。ああ、せっかく作っていた髪留めとか渡した方がいいんじゃないか?」


 シャルは渋々と頷いて両親に連れられて廊下に出て行く。俺は食堂に行くわけにもいかないので椅子に座って迷宮で食べているような簡易的な物を適当に腹の中に突っ込んで水で乾いた喉を潤してからベッドに転がる。


 ……寝れない。いや、シャルがいなくて寂しいからではなく、単純に義両親に突然挨拶をすることになった緊張が続いていたり、シャルのことで少し不安があるからである。


 まぁ、流石に子供でもないんだしひとりでは寝れないなんてことはなく目を閉じる。微かに感じる肌寒さ、不慣れな雨音といつもとは違う枕。


 別に眠れないのはシャルがいないからではない。

 仕方ないので、昨夜預かっていた昨日シャルの着ていた服を取り出してそれを軽く抱きしめながら目を閉じる。


 眠りそうになったらまた戻せばバレない……と、考えながら目を閉じる。俺の好きなシャルの匂いがして少し緊張も落ちて………頭の中が暗くなっていくように意識がなくなっていく。


「………………っ、危なっ」


 寝かけた。恐るべし、シャルの体臭。

 急いでしまってから微かに残った匂いを感じながら目を閉じなおす。先程に比べて少し時間もかかったが意識が落ちていく。


 ……やっぱりシャルと一緒に寝たかったな。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 目を開けると魔王の顔が見えて、微妙な気持ちになる。いや、まぁ特訓は必要だからいいんだけど……ありがたいんだけど……。

 精神的に休まる時間がないな。……まぁ必要ないと言えば必要ないが。


「どうかしたのか?」

「……いや、別に……年上の男の顔ばかり見てる気がしてな」

「はぁ……そうか。……ああ、じゃあ都合もいいから俺以外の魔王にも会うか? いや、会うというか、お前の記憶の中の存在だから思い出すというのが正しいが」

「……そんなことが出来るのか?」

「ある程度は代々受け継がれるからな。もちろん、そう完璧なものでもないが」

「……シルガは?」

「あれは別枠だな。魔王の力がお前とシルガで別れている。お前は紅雷、シルガは不死という具合にな」


 はぁ、と頷くと魔王は俺に説明をする。


「俺が無理矢理ランドロスに託したせいで起きた不都合だ。本来の魔王よりも記憶の継承に時間がかかったり、情報が欠損していたりな。そんなわけで、歴代の魔王を思い出すのには多少時間がかかる。今思い出せるのは、俺とあと二人程度だ」


 特訓の相手が増えるのはありがたいな。夢の中とは言えども複数人の強者に学べるのは結構な成長が出来る。


 俺が頷くと魔王が近くにあった扉に目を向ける。

 知らない、知るはずもない人物を思い出すという奇妙な感覚に酔うような気持ちの悪さを覚え、思わず顔を顰めた。


「一応言っておくと、直接の知り合いである俺よりも完成度は低いからな。会話とかにはそんなに期待するなよ。……59代目の魔王、キルキラだ」


 扉が開けられてそこから出てきたのは……歳のほどはカルアよりも少しだけ歳が上に見える程度の幼さの残った少女だった。


 ネネのものに似ているが、少し色が艶やかな着物に身を包み、自身の身の丈よりも大きい大太刀をかかえている。魔族の象徴であるツノは片側が根本から折れている。


 パッと見て歳と種族からキミカを思い出す。華奢で大きくない体はとても戦えそうにはなく見えるが、魔王は気にした様子もなく俺に言う。


「あまり舐めてかからない方がいい。魔王は多くの場合、管理者にその能力を評価されて選ばれる。俺の場合は総合力、シルガの場合は技術力という具合にな。そして彼女は……」


 魔王が説明している途中で、遠くにいたはずのキルキラの姿が一瞬で掻き消える。


「武力だ」


 嫌な予感と共に、反射的に背中側に大盾を取り出しながら前転するように前に倒れ込む。

 カシュ、という妙な音と共に大盾を貫いた刃が俺の服を微かに斬り裂く。


 金属製の大盾が簡単に引き裂かれてキルキラが出てくる。

 嘘だろ。どんな斬れ味だ。魔法を使っているのか?


 と、頭を巡らせた瞬間、再びキルキラの姿が消える。

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