第282話

 武力って……シルガやアブソルト以上だと。

 軽く距離を取ろうと後ろに跳ねる。


 目は少し虚ろで生気が感じられない。昔見た人間の偽物に変身する魔物に似た「人そのものなのに、どこか違う」ものに見える。


 ……これは魔王が言っていた、俺が本人を知らないせいだろうか。

 まぁ、幼さの残る少女の姿をしていて、なおかつ人間味があれば戦いにくくて仕方ないので都合はいいが。


 着物の中に隠れた脚が微かに揺らぐのを空間魔法で認識する。

 ふらり、と倒れるようにキルキラが動く。

 外に吐き出している空間魔法の魔力を増やすことで、空間把握の魔法を強化してより綿密に状況を判断する。


 その瞬間、離れていたはずのキルキラの顔が目の前にきて俺の首に刃がスルリと入り込んでいた。


 は? という感想よりも前に胃袋の中に回復薬を出して手に短剣を取り出して腹をブッ刺してそれを割る。

 切断された首がズレる前に治り、一瞬だけ体から力が抜けるだけで済んだ。


 腹に突き刺した短剣を引き抜きキルキラに突き刺そうとするも、しっかりと残心をしてしたらしく油断をつくことが出来ずに、腹を狙っていた短剣が着物の袖に突き刺さるだけに留まる。


 袖に短剣が突き刺さったまま手首を捻ることで短剣で服を巻き取り、キルキラに逃げられるのを防ごうとするが、ヤケに感触が軽い。


 一瞬遅れてキルキラが着物を脱いだことでそれを回避して俺から距離を置いたことに気がつく。


 ……夢の中でよかった。女の子の服を無理矢理剥ぎ取ってしまったとなるとみんなから責められそうだ。


 気を切り替えながら少女を見る。異様に、それこそ距離を置いていても俺の目や魔法ですら捉えられないほど速い。


 元々魔族は人間よりも瞬発力に優れているとシルガのメモにあったし、俺が戦ったことのある魔族の多くは俺と同等以上の速さを持っていた。

 だが、それでも……あまりにも速すぎる。


 尋常ではない。特殊な魔法……いや、違うな、武術か。

 本当に目にも止まらないほど速いのであれば、初撃を俺が防げていたことへの説明がつかないし、首を断ち切られる前に腹の中に出した回復薬を切れたのはおかしい。


 つまりは……実感としては感じた「速すぎて捉えられなかった」というのは完全に誤りである。

 考えられるのは、俺が戦闘経験から導き出した「こう動いたのならば次はこう動く筈だ」という先読みを外すような動きだったせいで意識から外れて見えなくなった……といったところか。結局、いくら目や空間把握で捉えられていても意識が追いついていなければ意味がない。


 フッ、と息を吐き出して少女を見据える。

 ネネが着ているような薄手の肌着。肌の色が軽く透けていて……正直なところ直視しにくい。


 いや、別に妙な気持ちになるわけでもないが、シャル達に対する後ろめたさがある。

 が、まぁ今はそう言っている場合ではないか。


 ……死ぬわけでもない。稽古を付けてもらう気分でやろう。


 剣を取り出して空間把握を切る。少しばかり魔法にかまけすぎていて、純粋な剣の腕が落ちてきていたところだ。


「……いざ」


 と俺が言うと、キルキラの口元が歪んだ気がする。次の瞬間に少女の足元が揺らぎ、俺は後ろに跳ねて距離を取る。その瞬間に少女が服の裾が地面を擦るほどに身を伏せて横に駆けているのが見えた。

 大太刀を両手で握り二足で動いて動いているはずなのに四足獣のような体勢……どんな動きだよ、とツッコミたくなるが、一瞬で視界から消える種は知れた。


 剣で大太刀を受け止めると、背後から魔王の声が聞こえる。


「ランドロス、お前も武術を学んでいるだろう」

「話す余裕はねえよ。……ほぼ独学だがな」


 やはり相手は純粋な魔族なので腕力では負けているようだが、体格の差は大きく、攻撃を受け止めることはそれほど難しくもない。


 だが……大太刀なのに速く、大太刀という武器のリーチが長さが厄介だ。

 こちらの剣では届かない範囲から一方的に刃が襲ってくる。無理に飛び込めば真っ二つにされることは容易に想像がつく。


「なら聞くだけでいい」

「聞く余裕もない」


 俺の言葉を無視して魔王が説明を始める。


「筋肉の質もそうだが、魔族と人間だと関節の可動域が違う。人間よりも若干狭く、同じ武術を使おうとしても難しい。だが代わりに速度や力は段違いで、当然武術は根本から別体系が必要となる」


 つまり、このキルキラの使っている「異様なまでに伏せて地面に擦るような動き」は……魔族専用の武術ということか。


 下からの攻撃は受けにくくてやりにくい。徐々に服が裂かれていき、思わず舌打ちをする。


「当然、人よりも力が強いことから武器は長く大きくなる。かつ、キルキラの流派だと地に伏せるほど近づくことで相手の被弾する面積を減らし、視界の外に逃げる。人間では不可能な体勢も魔族にしてみれば容易である。まぁ、それでも小柄な奴でもなければ使わない珍しい技だが」


 ついに左手首が斬り落とされる。だが、だからこそチャンスだ。

 怯むことをせずに一歩前に出て右手で握った剣を振るう。俺の手首を斬るために振った大太刀はまだ戻って来るはずもない。


 殺った。そう思った瞬間に手の感覚が失せる。


「また、当然のことながら腕力が強く片手でも充分に武器を振るえることから、人間とは違い少なくない魔族は二刀流だ」


 少女の襦袢のような肌着がめくれあがり、ふとももに隠すように装着していた小刀の鞘が見える。

 両腕がなくなったが、もう一歩前に出て肌着の端を踏む。逃げられなくしたところを膝を折るようにして倒れ込みながら大口を開けて少女の首筋に噛みつこうとして、地面に顔面から激突する。


 急いで顔を上げると白い肌着が地面に落ちていて、少し離れたところで両手に大太刀と小刀を構えて裸のまま立っている少女の姿が見えた。


 武器と小刀の鞘以外を身につけておらず……微かに照れたような様子が見て取れる。


「……今回はこの辺りまでだな。……というか、ランドロス……お前、少女の服を脱がすのは本当に得意だな」

「わざとみたいな言い方は止めろ」

「……わざとでなければこうはならないだろ」

「いや、あっちが勝手に脱いだんだろ。……そもそも、人格のない人形みたいなものを脱がしても仕方ないだろ」


 まぁ……服を止めれば動きを封じられるというのは場合によっては使えないことは分かった。脱ぎやすい服かつ達人のような存在であれば、一瞬で脱衣することで逃げられることがあるのか。


 魔族向きの武術という概念も知ったし、まぁいい収穫もあった。


 夢の中なので特に気にもしていなかったが、出血のせいで意識が朦朧として、そのままぶっ倒れる。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ……少女の裸を見てしまったが、これは淫夢に含まれるのだろうか。

 訓練での時間が短かったからかあまり時間も経っておらず疲れや眠気が取れていない。


 ボリボリと頭をかいてから……シャルに会いに行こうか迷う。いや、親子の時間を邪魔するのは良くないか。


 良くはないが……早く会いたいな。会いに行こうか。

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