第234話
単純に逃げられるだけの時間を稼ぐだけなら不可能じゃない。
だが……完全に迷宮鼠というギルドの場所を押さえられていて、ふたりがギルドに帰っただけなら意味がないだろう。
仲間を連れて来てくれても……管理者は魔王や勇者の力である不死と雷を持っている。仲間が来てくれるまでに俺が殺されたら……聖剣を扱えるカルアが前線に出て戦う必要が出て来てしまう。
……俺が死ぬのはなしだな。
そう考えていると管理者は枝の上から俺達を見下す。
「似たような境遇ゆえの親近感かな。それとも苦しいことを察しての同情心? はたまた自分は「コイツよりかは人を殺していない」という見下した優越感があるの?」
「ッ──その汚い口を閉じろ! 何も、何も知らないくせに!」
「別にいいと思うけどね、同情でも親近感でも優越感でも。……あるいは、ただの人恋しさでもね」
「黙れと言って……!」
「落ち着けネネ! お前、おかしいぞ!」
ネネは俺にも吠える。
「っ、おかしくなんて、ないっ!」
「冷静じゃない。聞き流せばいいだけだろ」
「……くそっ」
ネネの様子もおかしく、そのせいで余計に厳しい状況だ。どうするべきだ。いっそのこと、全力で雷を撃ち込んで出力で勝っている可能性にかけるか?
マトモに戦うには状況が悪すぎる状況だ。
グッと力を込めたその時だった街の中に木が生えたことで目立ったのか何人かの人間がこっちにやってきて──。パチンと管理者が指を鳴らした瞬間、管理者の座っていた木が消えて管理者が地面に落下する。
「……あまり目立ちたくはないから、今日はこれで終わりにしようか」
「……は?」
「いや、別に君達が嫌いとかいうことでもないからね。ランドロスに手伝ってもらえたらそれでいいわけだし……このままだと手伝ってもらえなさそうだしね。……ああ、君が大切にしている人は全部私が面倒を見てあげてもいいよ。迷宮の82階層なら、安全に預かれるしね。……じゃあ、また来るから」
管理者はへらりと軽い口調でそう言って、俺たちの言葉を聞くことすらせずに掌で扉を生み出して迷宮内と繋ぐ。
「俺は、そんなことは出来ない! 魔王にはなれない!」
「大切な人を守りたいなら……やるしかないんだよ」
扉を潜って管理者は消えていき、俺達三人が取り残された。
管理者がいなくなったことで束の間の安堵を覚えたはいいが……ネネのおかしな様子は直っておらず、俺の方を見てから逃げ出そうとする。
逃げようとするネネの肩を掴み、無理矢理止める。
「落ち着け、とりあえず、一度ギルド……いや、俺の部屋に行って……」
そう言った瞬間。ポタリと雫が落ちてネネの足元の地面を濡らした。
雨ではなかった。それがネネの涙であると気がついたのは、黒い瞳の端からボロボロと雫が溢れていたのを見てから、数秒経ったときだった。
あまりに予想外の反応で思わず動きが止まってしまう。いつもはムッと不機嫌そうなだけの顔が普通の女の子のように弱々しく俯いている。
掴んでいた肩が小さいことや、その身体が細く軽いことに気がつく。
「……違うんだ。私は……お前のことなんて、大嫌いだ。気色悪いロリコン男だと思っている」
言い訳するように悪口を言うネネに、カルアが困ったような表情で口を開く。
「……話は、ちゃんと聞きますから、大丈夫ですよ」
「……嫌いだ。ランドロスなんて、大嫌いだ」
ネネはボロボロと涙を零していて、その姿は年齢よりも子供っぽく見えてしまった。
泣いているネネの手をカルアが握り、三人で俺の部屋に移動して、ソファに座らせる。
今までのどんな時よりも力なく弱っている様子のネネを見て、少し困りながらお茶でも淹れようとしたところ、カルアに止められる。
「私が淹れるので、ランドロスさんは一緒にいてあげてください」
「……そうは言ってもな」
弱々しい姿のネネを見たのは初めてで、なんと声をかけたらいいのか分からない。背を押されるままにネネの方に行き、向かいの場所に座る。
「あ、あー、ネネ。ソファの座り心地はどうだ? 最近買ったんだが……」
ネネの返事はなく、俺は困りながらボリボリと頰を掻く。
「あ、お、俺の方が座り心地がいいか? 椅子になろうか?」
「……ランドロス。私がやる。お前はいつもみたいに、アホヅラ下げて、幼い子供の尻でも追いかけとけ」
「……えっ、ネネも椅子になるのか?」
「違う馬鹿。お前と一緒にするな馬鹿。魔王とやらのことだ馬鹿。……正直、よく分かってはいないが」
ああ、魔王か。……ネネはよく分かっていないというか、何も知っていないだろう。
まずはそこから話すべきか。
「……何も分かっていないのに引き受けたりするなよ。とりあえず説明する」
俺とカルアの立てた推論や夢の中で魔王が話していたこと、それから先ほどの管理者の話をまとめてネネに話す。
「……つまり、管理者は人類を存続させるために人類を減らしたい……と」
「そういうことだ。魔王と関係があり、強いという理由で俺が選ばれたというわけだ。……ネネ、お前には無理だ」
「……やってやる」
「断るだけだ。出来たとしてもネネにやらせるつもりはない」
カルアがカタンと音を立ててお茶を三つ置いていくが、ネネはそれに口をつけることはない。
「私が出来るのは、殺すことだけだ。……幼い頃から、それを仕込まれてきたんだ。私の存在価値はそれだけだ」
「そんなわけがあるか。ネネは大切な仲間だ。そこにいるだけでかけがえのない価値がある。そんなの、誰もが思っていることだ」
ネネは首を横に振る。
「……価値があるなんて、言われるのが……何よりも、一番……辛いんだ」
いつもは不機嫌そうなネネの顔が涙でボロボロと歪み、俺を見つめる。
「私は……何も考えずに、人に言われるがままに人を殺してきた。そんなやつなんだ。だから……優しくなんて、しないでほしい」
それは本心からの言葉だったのだろう。ネネは俺を睨みつけることもせず、いつも通りの黒装束を、ギュッと力なく握り寄せた。
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