第220話

 シャルは三人の中でも特に身体が小さく、当然歩幅もその通りに小さい。けれど歩幅を合わせるのに苦労はしなかった。

 跳ねるようにパタパタと動くシャルが俺の前に躍り出て振り返る。


「えへへっ、楽しいですね」


 楽しみではなく楽しい。か、まだ一緒に歩いているだけだというのに、シャルは満面の笑みを浮かべて俺を見ていた。

 思わず釣られて笑いながら、むしろ俺がシャルの早足に合わせるように少し早く足を動かすことになった。


 いつもとは違った子供っぽくはしゃぐ姿が愛おしく思う。


「朝食のときにも言ったが一応、昼頃には一旦迷宮に行くからな。多分そんなに時間はかからないが」

「分かってますよ。えへへ」

「まだ店も何も空いていないと思うが……」

「そうですね。でも、こうしてふたりでいるだけで楽しくないですか? こうして歩いているこの道も、初めてのデートの思い出の道になるんです。たくさん、たくさん色んな場所に行って、思い出の場所を増やしたいです」

「思い出の場所……か」


 シャルとの一番の思い出の場所はやっぱり、あの森の中だろう。初めて会ったも求婚をしたのもあそこだ。

 また行きたいな。と思いつつ、シャルの手を握る。


「……手を繋いでいた方が、思い出にならないか?」

「そ、それは、その、そ、そうですね」


 手を繋いで歩くと、先ほどまでの元気が減って、顔を真っ赤にしていく。

 嫌がっている風ではなく、俺が手を離そうとすると強く握ってくるので、単に照れているだけなのだろう。


「……この前のときはシャルから繋いできていたのにな」

「じょ、状況が違いますから。その、ふたりきりなので」

「……いやか?」

「や、やじゃないです」


 シャルにギュッと手を握られながら顔を上げると、見覚えの強い道に出た。


「ここ、結婚の書類を出したときに歩いたな」

「あ、そうですね。えへへ、みんなガチガチになってましたね」

「緊張しすぎていて話しかけることも出来なかったから、どうするかも決めずに適当に歩いてたな」

「えへへ、今は最近のことですけど……大切な思い出ですね。こうして歩いていると短い間ですけど、思い出がたくさんです。あっちの道はみんなで歩きましたし、あっちのお菓子のお店も楽しかったですね」


 シャルとふたりのときに言う必要がないので言わないがカルアと歩いた道やクルルとのデートの道でもある。


 まだまだ店が空いているような時間でもないのにシャルと色々なところを回る。


「ランドロスさん、どんな服を買うんですか?」

「……シャルに着てほしい服だよな。……正直なところ、迷っている」

「……マスターさんみたいなお洋服ですか?」

「……いや、ふとももが出るような服はな」

「み、見たくないですよね。そんなの」


 シャルが少し落ち込んだ風に言って、俺は首を横に振る。


「いや、見たい。めちゃくちゃ見たいが……。他の男には、見られたくないというか……なんというか……」


 独り占めしたい。出来ればクルルにも普段はもっと丈の長いスカートやズボンにしてもらって、俺といるときだけああいう露出のある丈の短いスカートというのが理想ではあるが、クルルがそういう服を可愛いと思っていて好きなのだから止めることは出来ない。


 だがシャルはそういうミニスカートを履きたがったりはしていないので、俺から勧めるようなことはしなくていいだろう。


「ほ、他の男の人は、僕の脚なんて興味ないと思いますが……」

「いや、あるだろ。普通はある。みんな見たがっているのは間違いない」


 だってシャルはめちゃくちゃ可愛いので普通の人なら見たいはずだ。見たくないという奴がいたら特殊な性壁を持っているに違いない。


「そ、そんなことはないかと……」

「とにかくな、そういうのは……その、アレだ。……俺だけが見たいというか、独占したいからそういうのはなしだ」

「……えっと、その、お部屋の中で男の人にはランドロスさんにだけ見せるのがいいということですか?」


 ……いや、それは普通に問題があるような……だってそれってもはやそういうプレイではなかろうか。


「……いや、まぁ……そういうんじゃなくて……普通に肌をあまり出し過ぎないで、身体の線も見えない、いつもと同じ程度の露出度の……」

「カルアさんみたいな綺麗な服ですか? そ、その……高そうですけど」

「値段の問題じゃなくてな……。俺もあまり女性の服に詳しくはないから上手く言えないが……」


 シャルの服なんだからシャルが選ぶのが一番なのではないだろうか。そう思っていると、シャルが俺の腕をギュッと胸に抱く。

 シャルは分かっててわざとやっているのか、それともたまたまそうなってしまったのか、薄くてほとんど膨らみのない胸に腕が押しつけられてしまう。


「……僕、ランドロスさんに好きになってもらいたいんです」

「……めちゃくちゃ好きだが」

「もっと好きになってもらいたいんです。だから、ランドロスさんに媚びを売ってるんです。分かってください」


 いや、そんなことをされなくても好きなんだが……。まぁ不安な気持ちは分かるが……。


「……じゃあ、俺もシャルに好かれたいから服を選んでもらっていいか?」


 俺に甘えるような表情だったシャルの顔が固まる。


「……えっ」


 シャルの脚が止まってパタパタと動く。


「む、無理ですっ! そんなのは無理ですっ! 男の人の服なんて分からないですよ」

「……俺も女性向けの服は分からないんだが」

「……り、理想ぐらいあるんじゃないですか? こ、こういう雰囲気が好きとか……」

「シャルにはあるのか?」

「……そ、そういうのが全くないというわけじゃないですけど……」


 探索者区域の男用の店は比較的早くから開いているのでシャルを連れてそこにいこうとするとシャルは戸惑ったような表情をして、ギュッと俺の服を摘まむ。


「い、今のランドロスさんが、僕の理想ですから」

「……それ、俺も今のシャルが理想だって言ったらダメか?」

「……だ、ダメかと。この言い訳は僕が先に使ったものですから」


 理不尽な……。というか、言い訳って自分で言うのか……。


 そろそろ普通の店は空いているような時間になり、いつもより強引なシャルに引っ張られて、この前四人で行った服飾店に連れ込まれる。


 やはりいるのは若い女性ばかりで、俺はひどく場違いである。


「さ、ど、どうぞ」

「……どうぞと、言われてもな……」


 この多くの服の中からどうやって選べばいいのだろうか……。短いスカートに目が引かれてしまう。

 シャルの細くて綺麗な脚を思う存分見られるのは……。俺が望むなら部屋の中だけでもいいとのことだし……。


 い、いや、冷静になれ。俺はシャルにスケベだと思われている。この場はちゃんとそういう性欲に流されずに、普通にかわいい服装を……。

 そう探していたところ、肩や脇が見えてしまうような服が目に入る。


 シャルの肩や脇……と思わず想像してしまっていると、ちょんちょんとシャルにつつかれる。


「あ、ああいうのがいいんですか? えっと、お外では、その、はしたないので着れないですけど……ランドロスさんの前だけでしたら……」

「ち、違う。違うんだっ! 俺はそういう不埒なことを考えていたんじゃなく……!」


 仕方ないだろう。服よりもシャルの肌が見たいに決まってる! 普通に考えて、男なら布よりも肌に興味があるんだから、そうなる! そうなるだろう!


 心を落ち着かせて、シャルとふたりで落ち着いた感じの服がある方に向かう。

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