第221話

 色々な誘惑を振り切りながら服を物色していく。

 こういうフリフリとした格好は可愛らしいしありだな。


「す、少し派手ではないですか?」

「……嫌ならやめておくか」

「い、嫌ではないですけど。僕には似合わないかもしれないと思いまして……」

「……まぁ少しデザインが子供っぽいか」


 シャルは子供だが、これはもう少し幼い方が似合いそうだ。


「……これならどうだ?」


 落ち着いた感じの、しかし少しだけ細部が洒落ている服を提案する。


「ん、これ、ランドロスさんの好みなんですか?」

「……いや、シャルが嫌がらないかと」

「ランドロスさんの前で着る分でしたら、どんなものでも嫌がったりはしませんよ?」

「そ、そうか」


 期待した目でキュッと手を握られる。

 欲望を……俺の汚い欲望を向けられることを期待している瞳だった。


「ランドロスさんが、僕に着て欲しいのがいいです」

「……いや、それは」

「そういう約束ですよね?」

「……そ、そうなんだが」


 そうなると……やっぱり他の男には見せられないようないやらしい格好に……。

 チラリと、クルルが着ているような服のある方に目を向ける。


「や、やっぱり、ああいうのが好きですか」

「……ご、ごめんなさい」

「いえ、男の人がそういうのが好きというのは、カルアさんから聞いたことがあります。……やっぱり、マスターさんみたいな服がいいです?」

「……いや、マスターみたいな服がいいというか……。シャルの脚って綺麗だから」

「…….えっ、あ、脚なんて出したことありましたっけ? ……あ、あっ、そ、そうでしたか? そ、そんなことはなかったと思うんですけどっ!」


 シャルは一瞬だけ不思議そうに俺に尋ねて、何かを思い出したかのように顔を赤らめる。

 シャルはいつも落ち着いた服装で、そんなに脚が出るような服は着たりしていないので見る機会はほとんどなかった。


 唯一シャルの脚を見ることができたのは……スカートをめくったときのことである。


「……い、いや、とても綺麗だった」

「そ、その、あのときのことをそう言われると恥ずかしいんですけど……で、では、そのミニスカートを、購入しましょうか。……部屋着に、というか、ランドロスさんに見せるの専用の服になってしまいますが」


 俺に見せるためだけって何かとてもエロくないだろうか。


「えっと、方向性は決まりましたけど、ど、どれにします?」

「……子供っぽいかもしれないけど、この可愛らしいやつでいいか?」

「い、いいですよ? そこまで子供っぽいわけでもないですし。えっと……その……」


 シャルはキュッと俺の手を握って、逃げられないようにする。


「し、下着も、選んでもらっていいでしょうか?」

「だ、ダメです」

「お、お願いしてもですか?」

「……見る機会はないんだから、俺の目は関係ないだろ」

「あ、あるかもしれないじゃないですかっ」


 あるのか!? シャルのパンツを見る機会が、俺にあるのか!?

 いや、それは、いつかはあるかもしれないが、今買ったものは見る機会が来たときは体の大きさが違っているから着れない気がする。


「……そ、それに、その……カルアさんに、この前、上の下着も大人向けのものに変えた方がいいと言われて……」

「……それを、それを……俺に選べと」

「だ、ダメですか?」

「そ、そういうのは恋人や夫の範囲外では、ないだろうか」

「……恋人や夫だからではなくて、ランドロスさんにお願いしたくて……」

「……ほら、他の女性もいるわけだから、そういうところに俺が行くと流石に迷惑だろうと」

「いないとかを見計らって……ダメですか?」


 シャルにねだられるとダメとは言いにくい。言いにくいが……流石に俺の精神が耐えられない気がする。


「……だ、ダメではない」


 精神は耐えられないけど、シャルに甘えられたら断れない。他の客がいない時間を見計らってシャルに手を引かれてその棚の近くにいく。


「ど、どういうのがいいです?」

「……俺の、勝手な……とても身勝手な欲望を言うと、シャルには色の薄い可愛らしいデザインの下着がいい」


 何かものすごく気持ち悪いことを言ってることに気がつくが、シャルは嫌そうな表情をすることなく「そ、そうですか」と顔をあからめて、指差す。


「こ、こういうのですか?」

「……そういうのです」

「で、では、えっと……こういうのから、いくつか選ばせていただくので、お気に召したものがあれば……」


 シャルに提示されたものを頷いていく。上下セットになった下着をいくつか決めて、服と一緒に購入する。


「……よかったのか? その……俺の好みに合わせてばかりで」

「そうしたかったんです。その、ダメですか?」

「……いや、ダメだとは思わないけどな」


 あまり全て俺に管理されるみたいなのはあまり健全ではないし……シャルはそういうことに嫌悪感はないらしく、俺が気を抜いてしまうと服装を始めとして全部が全部俺の好みに合わせたものになってしまいそうだ。


 大好きな女の子を自分の物にしているようで嬉しくないわけではないが、あまりよろしくない行動な気がする。


 ……そのままのシャルも素敵だしな。

 いや、俺が好きな感じの可愛らしい服やパンツなどを買った後に考えるようなことではないけど。


「……歩き疲れてないか? 一度休憩するか?」

「あ、そうですね。えっと、どこか休める場所……」


 とシャルがキョロキョロと見回して「ご休憩」の文字を見て目を止める。


「へー、宿で寝泊りせずに休憩だけする人なんているんですね。お金とか勿体ない気がしますね」

「…………そうだな。俺もそう思う。……あー、こっちは良くないから。あっちの喫茶店にでも行くか」


 復興作業の時に知り合った喫茶店の店主の店に早足で移動して、端の方の目立たない席でシャルと二人で向かいあって座ろうとして、シャルにソファ席の隣をトントンと叩かれて期待した瞳で見られる。


「……馬鹿なカップルみたいじゃないか?」


 隣に移動して座ると、シャルは俺の方に肩を寄せて「えへへ」と可愛らしく笑みを浮かべる。


「馬鹿なカップルですもん」

「……まったく。……まぁ否定出来ないが……」

「えへへ……あっ」


 女性の店員が注文を取りに来たのを見てシャルはパッと離れる。


「あっ、ランドロスさんですか?」

「ああ」

「店長が知り合いだって自慢していたんですけど……本当だったんですね。あ、えっと、ご注文お伺いしますね」


 シャルに目を向けてメニューを見ても何が何か分かっていないようだったので軽く説明をして、結局俺と同じお茶を頼むことになる。


「親戚のお子さんですか? 可愛らしいですね」


 わざわざ本当のことを言う必要のこともないので「ああ」と答えようとしたところでシャルにキュッと袖を摘まれる。


 少し気まずく思いながらも首を横に振った。


「あー、いや、妻です」

「へー、そうなんですか。可愛い奥様ですね」


 ドン引きされる覚悟をしながら言った俺の言葉は信じられなかったらしく、軽く流されて店員が行ってしまう。

 シャルは俺が「妻」と紹介したことで満足だったのか嬉しそうに微笑む。


「えへへ「妻です」だって、えへへ」

「……事実だろ」


 わざわざ隣に座ってるのは恥ずかしいな。と思いながらも席を移動する気にはなれない。


 ……もしかして、シャルが俺に服や下着を選んで欲しがったのも同じ感覚なのだろうか。好かれたくて、喜ばれたくて自分を曲げる。


 ……行きすぎたらダメなのは間違いないが、服の趣味を少し変えたり、隣に座ることぐらいは……まぁ悪いことでもないかもしれない。


 運ばれてきたお茶を二人で飲んで、シャルが苦さに顔をしかめたのを見て思わず微笑む。

 ……変なことを考えすぎていたな。普通に楽しめば良かったか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る