第208話
シャルの方に戻ると既にある程度落ち着いたからか、何か勉強を教えているところだった。
……あのシャルに教わってる男の子……なんかシャルに近くないか?
少し気にしながら近寄ると、シャルが俺の方を見てパッと笑顔を咲かせる。
「あ、ランドロスさんっ!」
軽く手を挙げながら近寄ると、その男の子がシャルに笑顔を向けている。
…………。いや、うん、こんな子供に嫉妬するのは良くないな。
だが……しかし……。シャルを手招きして来てもらい頭を撫でて身体を軽く抱き寄せる。
男の子の方を見るとあまり気にした様子はないので、特に意識していたわけではなくたまたまだったか。
「ん、どうかしました?」
「いや……別に……」
シャルの身体をゆっくりと離していると、木の横に台座のようなものがあり、そこに聖剣が刺してあることに気がつく。
「……あれは?」
「あ、カルアさんが、聖剣さんが寂しくないようにギルドに置いておこうという風に言っていたんです。あと、防犯にもなるからいいだろうってことらしくて」
……伝説の聖剣がギルドに置いてあるのはどうなのだろうか。一応人間という種族の至宝なのだが……こんな人間がむしろ少数派のギルドにあっていいのか。
「あの台座は?」
「イユリさんが開発した、聖剣が常時余剰に生み出している魔力を収集するものらしいですよ?」
「……それ、聖剣的にいいのか?」
「若干心地いいみたいです。人間で言うところのさっぱりとした空気に浸ってる感じみたいです」
ああ、そうなんだ。
……シユウ、持って帰ってくれねえかなぁ。いや、聖剣の話的にはもうシユウは勇者じゃないから持てないはずだけど。
ギルドの奥から視察の人がやってきて、キョロキョロと見回す。
「そう言えばカルアは?」
「聖剣を置いたら部屋に帰りましたよ。正体がバレたらまずいってことで。正体というのはよく分からないですけど」
「ああ……まぁ一応気をつけているのか」
「知ってるんです?」
「まぁ、そりゃあ……。シャルは知らなかったのか」
言いふらすようなことでもないが、家族なのだから一応事情ぐらいは知っていた方がいいんじゃないだろうか。……後で話す気がないのか聞いておこうか。
「何かあるんですか?」
「いや、大したことじゃない」
ただ、聖剣に選ばれた英雄兼救世主兼王族というだけである。
……大したことではあるか。
もしかして肩書きだけでいうと世界で一番すごいんじゃないだろうか。
……いや、めちゃくちゃ頭もいいし、信じられないぐらい美人だし……。ヒモなのと色々とあれなのを除けばものすごい奴なのは間違いないか。
そんなことを考えていると視察をしている男達は聖剣の前に立ち止まって俺の方に目を向ける。
「……これは?」
「えっ……あー、聖剣」
「ああ、聖剣のレプリカか。よく出来ているね。本物を見たことがあるが、そっくりだよ」
まぁ紛れもなく本物だしな……。
男の一人が聖剣に手を伸ばし、俺が止めるより先にバチっと手が弾かれる。
「おお……よく出来てるね。こういう機能があるところまで本物そっくり……。そっくり……」
俺と目が合う。男はダラダラと汗を流して俺に尋ねる。
「……本物?」
「……何を以て本物とするか、じゃないですか?」
「……まぁ、本物がここにあるはずはないか。うん」
逃げたなこの男。まぁ、逃げてくれて助かるんだが。
「それにしても変わっているな。このギルドは。聖剣のとてもよく出来たレプリカもあって、何故かギルドの中に木も生えている」
それ犯人が同じ人物である。
いや、木は犯人の一人というだけで、実行犯はミエナだが。
適当に誤魔化していると、男はシャルの方にも目を向ける。
「ああ、人間も新しく加入したのか」
「あ、えっ、は、はい」
「ふむ……先ほども人間の男が出入りしていたみたいだし風通しはいいか。随分と寮費や食事などは高いようだけど」
俺はその問いに答える。
「宿屋で寝泊まりするのよりかは安いと思うが、というか……割と嫌われ者が多いから家とかは買えませんしね」
「足元を見ていると?」
「いや、子供が多いギルドなんで、その分だけ高くなるのは仕方ないかと。普通のギルドみたいにしたら育てられなくなる親もいるでしょうしね」
「なるほど。まぁそこはギルドの自由だから何か言うことでもないか」
ならそんな感じの悪いことを言うなよ……と思ったが、どうやら俺の反応を見ていたようだった。
立場の弱いものから搾取しているのではないかを気にしているらしい。
少し気を悪く思いながら視察が終わるまで、シャルと一緒に子供に勉強を教えたりしながら過ごしていく。
しばらくすると昼前頃に帰っていき、ホッと息を吐き出す。
やけにギルドの中に人が少ないと思っていたが、納得だ。俺も次の機会は部屋に隠れていようかな。いや、マスターに任せっきりにするのもな……。
「終わったみたいだし、カルアを呼んでくるか」
「そうですね。そろそろお昼ですし」
「ああ。……シャルは昼からどうするんだ?」
「ギルドのお掃除をしようと思ってますよ」
働き者だな……。クルルやカルアもそうだが、あまり休めていないのではないかと心配になる。
俺は三人とイチャイチャすることで癒されているが、疲れやストレスが溜まっていないだろうか。
かといって休むように言っても、シャルは休んだりしないだろうしなぁ。
カルアは無理をしない程度に息抜きはするだろうし、マスターも仕事に区切りがついたら休めるが……。
シャルは家事やクルルの手伝いに加えて、子供の世話や教師役や掃除などと何かと仕事を見つけてくるので仕事がないから休むということもなくて困る。
元々孤児院に食料がないからと森に入って食料を集めるほどだしな……。大人しいように見えるが、素手で何の装備もなく蜂の巣を掴んで持って帰るほどにはワイルドでアクティブなところがある女の子だ。
一見した大人しさに反して、芯の強さや人格的なところは誰よりも強い。
少なくとも俺は何の装備もなく蜂の巣を手掴みするのは嫌だ。
部屋に帰りながらそんなことを考えていると、シャルがこてりと首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「いや、シャルは強いな……と思ってな」
「そんなことはないと思いますよ?」
シャルは不思議そうに俺を見る。
……何か色々と考えて休憩を取ってもらうか。カルアにも相談して。
シャルの利他的で心が強い精神性は尊敬に値するが……まだまだ幼い上に、その幼い年齢の割にも小さく痩せていて華奢な身体だ。
肉体と精神で釣り合いが取れていないというか……このままだと身体を壊しそうで怖い。
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