第209話
部屋に入るとカルアはソファに寝転がって本を読んでいた。
随分とだらけた格好だが……これはこれで可愛いな。と思っていると、カルアは俺の方を見て驚いた表情をしながら体勢を整えてちょこんと座る。
「どうかしましたか?」
「いや、視察の人が帰ったから呼びにきただけだ。昼食にしようかと」
「あ、いいですよ」
「あと……カルアの秘密というか、出自についてシャルにも話していいか?」
「別にいいですけど……秘密があった方がカッコよくないですか?」
よし、話すか。
シャルが首を傾げて「出自?」と口にしたので俺とカルアは頷く。
俺が「ああ」という出だしから話し始めると、カルアは格好つけるためか服や髪型などの手早く身嗜みを整えて、清楚感をアピールする。
「お姫様なんだよ。他国の。正確には王女」
「へぇ……。ん、んんぅ!? おひっ、ひ、お姫様!?」
「あ、ちゃんとびっくりしてくれましたね。ランドロスさんとかは割と驚いてなかったので、案外そんなものかと」
「そ、そんなの驚きますよっ! ど、どういうことなんですか!?」
シャルはワタワタと動いてから俺の後ろに隠れる。……隠れる意味があるのだろうか。
「ら、ランドロスさん、王女様に子供を産ませようとしてたんですっ!?」
「……いや、まぁ、それはそうなんだが、出自がそうというだけで、家出をしてきているからあまり関係ないかと」
「な、ないんですか? ま、まぁ……そう……なんですか? ……あ、あの、僕、ただの孤児なのに王族の方と家族になってます。……と、というか……お姫様と孤児をいっぺんにお嫁さんにするのってランドロスさん、雑食すぎませんか?
「可愛さ以外は特に気にしてないだけだが」
シャルはワタワタと動いてカルアの座っているソファの後ろに隠れる。
「ま、また可愛いとかそんなことを、は、恥ずかしいですから、さらっと言うのはやめてください。その、今日の夜とかに二人の時にちゅーとかしてから言っていただけると」
シャルは顔を真っ赤にしながらそんなことを口にして、完全に混乱している様子である。
「ああ、分かった今日の夜な」
「た、楽しみにしておきますっ! ……あ、あれ? 話がずれてないですか?」
「……まぁズレてるな」
可愛いから俺としては別にいいが、慌てすぎていてワタワタ動きまわっていた。
「え、あ、ど、どういう態度でいたらいいんですか?」
「えっと、いつも通りでいいですよ。家庭の中では対等ですし」
「い、いつも通りってどんなでしたっけ?」
シャルの小市民的な感覚ではお姫様というのは刺激が強すぎたようで混乱した様子が治ることがない。
「シャル、落ち着け。カルアは何も変わっていないからな」
「そ、それはそうなんですけど……。ら、ランドロスさんはよく普通にしていられますね」
「……いや、まぁ……王女ではないにせよ貴族ではあると思っていたしな」
「貴族様でも十分に驚きますけど……。僕、お姫様の裸とか見たんですけど。これ、大丈夫です? 処刑されません?」
「されるなら嫁にしている俺だと思うが」
「見つからないのでされませんよ」
カルアはパタンと本を閉じて、シャルの頭に手を伸ばす。
「本当にいつも通りでお願いします。もう身分は捨てたので、今はただの貴方の友達で家族のカルアですよ」
「そ、そう……です……か」
「というか、シャルさんはいつまで敬語なんですか?」
えっ、それカルアが言うのか? と俺が思っているとカルアのジトリとした目が俺を見る。
「私は生まれつきの環境でこの口調以外では上手く喋れないだけですよ」
「ああ、そうなのか。シャルも同じじゃないのか?」
シャルはコクリと頷く。
「僕は元々少しおてんばだったみたいですけど、院長先生に色々教わっているうちに口調や仕草が移ってしまったという具合ですね」
「尊敬してるんですね。院長先生を」
「はいっ。物知りで優しくて、いつか僕もあんな風になりたいなぁって思ってます」
シャルはそう言ってから、自分の柔らかそうな頬を「んっ……」とパチパチと叩いてから頷いてカルアの手を握る。
「カルアさんは、カルアさんですね」
「えっ、そうですけど」
「ご飯、食べに行きましょうか」
シャルはなんとかカルアのことを飲み込んだらしく、少しぎこちなさはあるが、いつものように振る舞い始める。
どうやら自分の「いつも通りの姿」が院長の真似であることを思い出したことで上手く元の調子に戻られたらしい。
三人でギルドの方に戻りながらシャルに尋ねる。
「そういえば、おてんばだったって本当か?」
「んぅ……孤児院に入ったばかりの6歳ぐらいの頃の話なので全然覚えてないですけど、おてんばだったそうですよ」
「今からは想像もつかないな。……いや、あまり変わってないか」
何せ一人で森に行って蜂の巣を手掴みである。
おてんばという次元のものであるのかは分からないが、元々の性格というか、性質のようなものはもっとわんぱくだったのだろう。
「……どういう意味ですか?」
「いや、シャルはすごいなと」
「誤魔化されませんよ。……そ、そんなにおてんばなことをしてました?」
シャルは顔を赤らめながら、不安そうに俺の服の裾を摘まむ。
「……俺を拾おうとしてたしな」
「そ、それは……2年も前のことですよね」
「大人しくて優しいだけじゃなくて、強くてカッコいいところもあるシャルは、ずっと俺の憧れだ」
「そ、そんなこと……」
シャルは首をブンブンと横に振る。
「俺は……あの時に助けてもらってから、ずっとシャルの真似をしたりもしていたからな。シャルが院長を尊敬しているのと同じように思っているんだと思う」
「ぼ、僕をですか? そ、その評価は過分かと……」
俺の人格や何やらは、シャルに憧れて優しい真似をしようとしていることから出来ている。
過分でも何でもなく、シャルは俺にとってのヒーローである。
そんな風に話していると、カルアにつんつんとつかれる。
「あの、私をちやほやする状況じゃなかったです? 何で私のカミングアウトでお二人でイチャイチャしてるんです?」
「い、イチャイチャはしてないですよっ!」
イチャイチャはしてるような気がする。
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