第191話

 ニコニコと嬉しそうなシャルはクルルに目を向ける。


「マスターさんは何人欲しいんですか?」

「え、ええ……ま、まだそこまで考えてないよ。付き合い始めたばっかりだし……。その、将来的には……と思っているけど」


 クルルは珍しくおどおどと答える。

 まぁ、普通はそうだよな。まだ自分も幼いのに子供をねだるカルアや、十年後や二十年後を見越して家具を決めようとしているシャルの方が珍しいだろう。


 正直なところ俺もついていけていない。

 結婚はしたがほとんどやっていることは変わっていないし、ちゃんと夫や旦那として振る舞えているのかも微妙だというのに……父親になんてなれるのだろうか。


 俺が迷っているとシャルは指折りで数える。


「ええっと、僕が3人、カルアさんが13人、マスターさんが最低1人として……17人ですね」

「えっ、いえ、兄弟姉妹って、だいたい異母なので1人で13人という話じゃないですよ。一人で13人は絶対に無理です。……私としましては、あまりたくさん赤ちゃんを作っては乳母さんやお手伝いさんを雇う必要が出たりするので……その、私としては直接関わって育てる方針でいきたいので」


 シャルとカルアが楽しそうにそんな話をしていて、近くにいた別の客が俺の方を見てドン引きした表情で去っていく。

 ……いや、まぁ気持ちは分かる。


 正直なところ、結婚したかったのはシャルやカルアと一生離れたくなかったからであって子供のことなんて考えてなかったしな。


「ランドロスさんは子供、何人ぐらい欲しいんですか?」

「えっ……いや……まだ考えていなかったな。……まぁ、合わせる」

「ある程度の目安を決めないと、どれにするかも決められないです」


 そうは言ってもな……自分が父親になった時の想像なんて全然出来ない。

 ……孤児院の子供は可愛かったが……上手く関われていたかは微妙だし、ギルドの中にいる子供ともそんなに深くは関われていないしな……。

 特に最近は忙しくて、何も教えてやったり出来ていやい。


 自分の子供が出来てもこうなのではないかと思うし……あと、シャルやカルアやクルルが子供の相手をしていたら、構ってもらえずに寂しくて拗ねてしまう気がする。


「ランドロスさん」


 と、カルアが俺を呼ぶ。

 それからギュッと俺の手を握って「交代です」と笑いかけた。ああ、手を繋ぐ順番か。


 カルアの手は少し冷たくて気持ちがいい。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ランドロスさんはランドロスが思っている以上に立派で真面目で優しいですから。ほら、ギルドのみんなにもランドロスさんの女癖の悪さ以外は認められているじゃないですか」

「……そんなに女癖悪いか?」

「このハーレム状態でよくそれを訊けますね。女癖は悪いです。でも、それ以外は大丈夫ですよ」


 本当にそうだろうか。

 ……俺が悩んでいると、カルアに手が強く握られる。


「私もいますし、シャルさんもいます。マスターもいますし、怖がるような必要はないですよ」

「……そうは言っても、そんなにたくさん作ったら手分けすることになるしな……」

「だから、順番にしたらいいんです。とりあえず今のうちに一人目を産んで、それで大丈夫そうなら二人目三人目という具合に。そうしたら育てられないってことはないですし、ノウハウを積むことも出来ます」

「いや、前も言ったが、カルアの負担が怖いから……」


 俺がそう言うと、カルアが首を横に振る。


「むしろ、今の方がいいと思いますよ。もしもまた初代さんが迷宮に篭りっぱなしになったらどうします? 今から一年ぐらいの間なら、世界最高峰の治癒魔法使いが近くにいて優先的に助けてくれる状況なのは間違いないんですよ?」

「……いや、まぁ……そう、なのか?」


 確かに初代がいたら頭をぶち抜かれて即死するわけでもなければ死んだり後遺症が残ることはないので安心だな。……出産で頭をぶち抜かれることはないし……今の方がむしろ安全なのか?


 クルルの方に目を向けると、迷ったように頷く。


「まぁ……初代の治癒魔法があった方がいいと思うけど……」

「けど? ……何か留意点でもあるのか?」


 俺が尋ねるとクルルの顔が赤く染まって、小さく顔を横に振る。


「い、いや、ないよ。大丈夫」

「……危険の伴うことだから、何かあるならちゃんと聞いておきたい」

「え、だ、大丈夫。全然、大丈夫だから」

「……クルル、心配だから、ちゃんと話してくれ」


 クルルが逃げようとして俺が手を掴んで止めると、クルルは狼狽えながら、潤んだ瞳を俺に向けた。


「そ、その、本当に大した話じゃなくて……」

「些細なことでもいいから」

「……ら、ランドロスと初めてえっちなことをするの私がしたかったなって」


 とても微妙な空気が俺達の間に流れる。

 シャルが反論するように口を開く。


「そ、それは僕もですけど。カルアさんとは2歳離れていて、2年もおふたりに待ってもらうのは、よくないかと……」

「わ、分かってるよ。その、ランドロスはえっちだから、我慢出来ないだろうし」

「それもそうですし、これは仕方ないことかと思います」


 ……何故俺が我慢出来ずにカルアに手を出すことを前提に話しているのだろうか。

 あと、当初の家具の大きさの話からだいぶ脱線してしまっているな。


「……家具の話だよな?」

「家具を買うのに、何人増えるかの話です」

「……いや、まぁ……それはな、順次買い足す方がいいんじゃないか? 結局予定通りにはいかないだろうし」

「まぁ……それはそうですね。とりあえず、四人で使うのに良さそうな物を買いましょうか。……それで、子供は何人欲しいです? その、僕、ランドロスさんが欲しいのなら、何人でも頑張りますよ?」


 ……家具のことが解決したのに、話が元に戻ってきた。

 いや、子供は欲しい。いつか子供は欲しいと思っているが……早い気がする。いや、でも、確かに初代が近くにいるときに色々とした方が安全な気も……いや、しかし……流石にカルアはまだ小さいし……。


 性行為はしたいが、それはそれとして……。手を出すのは壊してしまいそうで怖い。子供を産ませるのも怖い。


 カルアの言うことも一理あると思うが、やっぱり抵抗もある。

 けれど三人の目が俺を向いていて……。なんとか誤魔化す言葉を探っていく。


「……多分な、計画を立てても、計画通りに子供を授かるかどうかが分からないだろう。それに計画通りに子供が出来ていても、それで性行為をしないとなるのは……多分我慢出来ずに予定になくてもやってしまうと思う。だからな、人数とかを考えても仕方ないと思うんだ」

「……まぁ、それもそうですね。子供は授かりものですから。それはそうとして、僕との赤ちゃん、何人欲しいですか?」


 めちゃくちゃ恥を忍んで言った言葉は通じなかった。

 たくさん愛し合ってたくさん作りたい。などと開き直れたらいいのだろうが、それを言ったり、真面目に考えるにはシャルが小さすぎる。


 せめてあと5年後とかならまだ考えられるが……。普通に抱きしめるのだって細心の注意を払って壊さないようにビビりながらなのに、そんなことを考えられるはずがない。


 おかしい。俺の方が色々とそういうことをしたいはずなのに、何故俺の方が色々と言い訳を考えてしない方向とか考えない方向に持っていこうとしているんだ。


「……た、たくさん……だな」


 誤魔化すのは無理だと判断してゆっくりと答えると、シャルはパチパチと瞬きをしてから、自分のお腹を抑えて少し赤らんだ顔で俺の方を見返す。


「た、たくさん……ですか。が、頑張りますね。その、何年後かは分かりませんけど」


 ……とんでもないことを言ってしまったような気がする。……まぁ、家族がいなくて寂しかったから家族はたくさん欲しいのは事実だが……。

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