第171話

「あー、楽しかったね。また行こうね。ランド」

「いや、行かないからな」


 めちゃくちゃ気まずかっただけで何も楽しくなかった。

 ……アレが店として成り立っているのが不思議で仕方ない。知らない人に囲まれるのは普通は緊張すると思うのだが、平気な人が多いのだろうか。


「ランドロス、案外楽しんでなかったな」

「まぁ、知らない奴と話すのは苦手だしな。シャルに甘えたい」

「まったく、せっかくきたのなら甘えるのが筋ってもんだと思うよ? 二人とも」

「ランドロスはまだしも俺にそれを求めるのか……」


 いやメレク、俺も知らない奴に甘えるのは無理だぞ。


 一応、店の中で話はまとまり、とりあえず三人で探索をすることに決まったが……かなり無駄な時間だったな。高かったし。


 そう思っているとミエナが酔って赤らんだ顔をメレクに向ける。


「ありゃ、なんでメレク二人いるの?」

「……酔いすぎだろ。暗くて危なそうだからおぶってやるか……」


 メレクはヒョイっと持ち上げて肩の上に乗せる。……人拐いにしか見えないな。


「酔ってないよー。下ろしてー!」


 ミエナはさっきまでの子供ぶるのが抜けていないのか脚をパタパタと動かす。


「ミエナ、スカートめくれてパンツ見えてるぞ。脚をバタつかせるな」

「やー、パパきもいー」

「パパじゃない。ほら、落ち着きなさい。ギルドに帰ったらアイス買ってあげるから」

「うー」


 ミエナは仕方なさそうに止まる。……酔いすぎだ、と思ったがミエナは酔っていなくてもこんな感じだな。


「……なんかミエナの扱い、手慣れてないか」

「そんなことはないと思う」


 メレクに呆れたように言われながら帰路に着いていると、ミエナは再び脚をパタパタとしながらメレクに話しかける。


「メレクはさ、いいの?」

「何がだ?」

「……迷宮の中で人が飼われてるの。……思い出さない?」


 メレクは一瞬俺の方に目を向けて、俺に説明するように話す。


「俺は、昔、別の国で剣奴だったんだよ。人同士を殺し合わせて楽しむって悪趣味な闘技場で戦わされていた」


 初めて聞くメレクの過去に少し驚く。俺が聞いていいことなのか分からずにいると、メレクは「はは」と笑う。


「このアホはこのアホなりに気を使って、人が飼われているという状況で、俺が過去を思い出すんじゃないかとか思ってるらしいな」

「アホじゃないよ」

「アホだろ。……まぁ、昔のこととは言えども生まれのことだから、そういうのに何も思わないわけではないけどな」

「……ああ」


 メレクはパタパタと動いているせいで肩からずり落ちそうになるミエナを背負い直し、へらりと気楽そうな笑みを浮かべて俺とミエナに言う。


「俺がしんどいってなったときは、今日みたいに一緒に飲んでくれるだろ」

「……まあ、それぐらいならな」

「またあのお店に行こうね」

「それは嫌だ」

「なんで!? 嫌なこと全部忘れられるのに!?」


 いや、メレクが嫌がるのは当然だろ。俺達の会話の盛り上がらなさを見ていなかったのか、コイツ。

 基本的に「あ、はい」と「そうだな」しか言っていなかったぞ、俺達は。


「……メレク、ギルドで飲み直すか」

「おう、そうだな。……なんか久しぶりにギルド以外の人と話して、自分が口下手なのを思い出した」

「えー、可愛かったでしょ」

「……可愛かったけどな、そういう可愛さじゃないというか。俺はお前らと違って普通の大人の女がいいというか、妻帯者だぞ」


 そんな話をしているとギルドの光が見えてきて中に入る。

 カルアやシャルを探すがもう遅いからか部屋に帰ったらしい。暗くなって人が減っているギルドの中でマスターを見つけて三人で近くに移動する。


「あ、おかえり。……ミエナ、パンツ見えててはしたないよ。まったく」


 マスターは仕方なさそうにミエナのスカートを直す。

 ……いや、それはマスターが責められることではないのではないだろうか。


「マスター、カルアとシャルは?」

「ああ、二人ならメナちゃんと一緒に部屋で寝てるよ」

「……俺の部屋か……あー、さすがに俺が一緒に寝るのはまずいよな」


 まぁ俺とカルアとネネとミエナが拾ってきたわけだし、俺以上の人見知りであるネネや、俺以上のロリコンであるミエナの部屋で寝かせるわけにもいかないので……まぁ一番妥当か。


 歳下の女の子の相手ならシャルは適任だろうしな。いや、一応歳上なのか。……迷宮の中で生まれ育っているから正確な年齢は分からないが。


 どうしようかと思っているとマスターと目が合う。

 マスターは少し照れたようにはにかみ、俺から目を逸らす。


 ……まぁ、マスターと一緒にマスターの部屋で寝るしかないか。

 昼間に目の前で見たマスターの下着を思い出し、鼻血が出そうになりながら、首を横に振る。


「あ、あー、俺、ふたりと飲み直すから、マスターも早く寝ろよ」

「……うん。じゃあ、お先に部屋に帰っていようかな」


 お先にって言うなよ。メレクにバレたらどうするんだ。

 と、思いながらもメレクは俺とマスターの交わした目線には気がつかなかったらしく、ミエナを下ろして三人でテーブルを囲む。


「んじゃ、まぁ一応パーティの結成を祝って乾杯しとくか」

「かんぱーい! いえーい!」

「……元気だな、ミエナ。乾杯」


 三人でごくごくと酒を飲んだり料理を食べたりする。身体のでかいメレクはまだしもミエナも結構勢いよく飲んでいて少し心配になる。


 ……俺も飲むか。……素面やそれに近い状況でマスターの部屋には行けない。

 昼間の感じやさっきの感じを見たら……なんかちょっといやらしい雰囲気になりそうで、緊張が強い。


「そういや、ランドロスに結婚祝いとかいるか」

「いや、披露宴とかはまたちゃんとやるつもりだから今はいらない」

「了解。……お前本当に結婚まで早かったな」

「……まぁ、色々あってな。それにシャルに求婚したのはこの国に来る前だしな」


 呆れたような視線を向けられて、言い返すようにメレクに尋ねる。


「メレクはサクさんとどういう馴れ初めなんだ?」

「……いや、大した話じゃないし、俺は普通だ。普通」

「あ、私知ってるから教えてあげるね。相談も乗ってあげてたから、よく知ってるよ」

「おい、やめろ、ミエナ」


 三人でガヤガヤと話しながら酒を飲み、かなりいいペースで飲んでいたミエナが酔い潰れかけて、解散することになった。


 ……マスターの部屋に行くか。

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