第170話

 非常にまずいと思いながら店員に注いでもらった貰った酒を飲む。


 やはり小人という種族の成人女性らしい。外にいる客引きなどとは違い過度な露出や煌びやかさがなく……なんとなく牧歌的というか、庶民的というか、シャルが着ていることの多い普通の街娘らしい格好で……ああ、これは徹底して俺やミエナのようなロリコンを狙っているな。


 まぁ……うちの三人の方が可愛いのであまり興味は湧かないが。仕草とかは子供っぽくしてあるがどことなく大人なのを隠せていないしな。


 ミエナは頰をだらしなく緩めながらヤケに高い酒を注文する。

 メニュー表を見ると全体的に値段が高く……いや、俺の一日の稼ぎから言うと大した負担ではないが……孤児院への寄付やカルアのおねだりで金は無駄遣いしたくない。


 シャルはなんだかんだと遠慮していて、この酒の百分の一の値段もしないお菓子を我慢している。

 こんなところで使うということへの罪悪感が強い。


 とりあえず一番安い酒をメレクと二人で注文する。


「げへへ、なでなでしてー」

「よしよし、お疲れ様です」


 ミエナがだらしない顔で甘えているのを見ながら、俺の隣に来た女性に軽く会釈をする。

 ……なんか違うな。知らない女性が隣でニコニコと座っているのは非常に居心地が悪い。


「なんだ、ランドロスはあまり乗り気じゃないんだな」


 メレクが気まずさを誤魔化すように俺に言い、俺は遠くに見える中年男性の客に目を向ける。……あのおっさん、復興作業のときに見かけたけど確か結構偉い役職の……と、思っていると目が合う。


 お互いに目を逸らす。なんとなく、あのおっさんは俺がここにいたことをバラさずにいてくれそうだと理解するし、俺がバラす気がないのも伝わった気がする。


「……まぁ……俺、わりと人見知りだからな」

「ああ……なるほど。そういや、最初はマスターやカルアにも警戒していたな」


 人に迫害された記憶があるせいか、たとえ小さくても知らない人が隣にいると身体が強張る。

 ……早く帰ってシャルに甘えたい。そう思いながらごくんと酒を飲んで緊張を誤魔化す。


「それでミエナ、迷宮の話なんだが……」

「今お姉ちゃんに甘えてるから待って」

「……ええ……何しに来たんだよ」

「甘えにだよ! 最近、マスターが甘やかしてくれる量が減ったからっ! ランドのせいでっ!」


 ミエナがたくさんお酒を持ってこさせながらそう言う。


「……ランドロスのせい?」

「あ、いや、それは……ほら、俺が復興作業で目立ちすぎてマスターの仕事が増えただろ? それで怒られたんだ」

「ああ、なるほど」


 流石にメレクのような常識のある男にマスターにも手を出しましたとは言えない。

 ごまかせたことに息を吐きつつ、仕方なくメレクと話をする。


「……メナっていただろ? エルフの子供の」

「ああ、一応軽く聞いたがアレらしいな。迷宮で拾ったとか」

「ああ、それなんだが……。迷宮の中にはエルフの村があるらしくてな」

「……エルフの村? それは禁忌に触れるんじゃないのか?」


 俺は「いや……」と言ってから、カルアの話していた迷宮の管理者の役割と迷宮の謎について話す。

 メレクは神妙そうに聞き、俺の話が終わったところで目を閉じて情報をそしゃくしていく。


「……突拍子もない話だな。が、まぁ辻褄が合わないわけでもないか」

「今日はそのことで話そうと思って連れ出したんだ。特殊な環境で特殊な生活をしている人を見かけたら、きっとカルアは何かしら助けになろうとするだろうが」

「……まぁ、見境なく助けていたらいつか潰れるな」


 エルフの子供だけで手が足りない状況だ。何個の村があるのか分からないが、関われば関わるだけカルアの負担が増えていくだろう。


「……まぁ、言ってしまえばカルアを省いたパーティで進みたいんだ。それに、今までの迷宮探索よりも複雑なことや大変なことが増えるだろうから、固定のパーティを組みたいと思っていてな」

「……それで俺か。……まぁ、俺とランドロスとミエナはパーティのバランスがいいよな」

「あと初代もいれば言うことはないが……」


 まぁあの人はあの人で動いているから無理には頼めないしな。

 メレクに他に良さそうなギルドの仲間がいないかを尋ねようとしたとき、隣に座っていた女性に話しかけられる。


「ランドロスくんでいいのかな。ランドロスくんはこういうお店初めてなの?」

「えっ、あっ、はい」


 突然話しかけられてびびりながらメレクに助けを求めるように目を向けると、メレクも話しかけられていて困ったように受け答えしていた。


 ……この店、絶対に話し合いには向いてないよな。ミエナ、全然こっちの方に向いてこないし。


「あはは、私も慣れてなくて、一緒だね」

「そっすね。……あ、あー、ミエナ? おーい、ミエナ」

「何? もう……」

「いや、相談はどうなったんだよ」

「……あのね、ランドロス。目の前に甘えられる可愛い女の子がいたら甘えるでしょ? それ以上のことがこの場で必要?」

「いや、必要だろ」


 まぁ可愛らしいと思わなくもないが……何か違うというか、こういうのではないというか……帰ってシャルに甘えたい。


「それで、メレク、他に良さそうなやつはいるか?」

「ネネとかはどうだ? お前仲良いだろ」

「……仲悪いだろ。顔を合わせるたび喧嘩してるぞ」

「顔を合わせるたびに喧嘩する奴と頻繁に顔を合わせるのは仲の良い証拠だろ」


 メレクは気まずそうに酒を注いでもらいながら俺の方に目を向ける。

 ……メレクはかなりの巨体だから、子供ぐらいの背丈の女性と一緒にいたら犯罪感強いなぁ。多分、普段の俺もこういう風に見えているんだろうな。


「あとは……ランドロスとはあまり話しているところを見たことはないが、魔族とエルフのハーフのストロとか、種族不明のヤレンとかか?」

「どんな奴なんだ?」

「ストロは堅物な男で魔法使いだな。ヤレンはネネとかと同じ斥候とかが得意な感じの男だ。ネネよりも五感は鋭くないが、力は強いな」


 わざわざメレクが名前を出すぐらいなのだから腕は立つのだろう。


「メレクとしてはどう思う? ……いや、そもそもメレクはついてきてくれるのか?」

「ん、まぁ俺は一緒に行くぞ。日帰り出来るわけだし、金の稼ぎもいいから断る理由はないな」

「ミエナは……まぁ断ってもついてくるか」

「まぁ俺たち三人はかなり相性がいいというか、お互いの足りないところを補完出来るからいいパーティだな。回復薬もランドロスに頼むことになるからランドロスの負担が大きいぐらいだな」


 そんなことを話していると女性に「わー、探索者なんだ。すごいね」と褒められる。

 やりにくい……多分店員からしてもこんな接客を伴う店に来といてなんだコイツらって感じでやりにくいだろう。


 みんな幸せになっていない。ミエナだけである。幸せそうなのは。

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