第167話
「50歳ぐらいかなぁ、あの子」
ミエナはチラチラと少女の胸や尻の方をねっとりと舐め回すように目を向けながら俺に言う。
「……エルフの年齢は分からない」
「可愛いよね。あれぐらいの年齢の子は」
「……いや、ミエナ……お前、節操がなさすぎないか?」
「ランドには言われたくないよ。……可愛くない?」
「いや、正直そんなに。俺の嫁の方が可愛い」
「あ、なんか腹立つセリフ」
嫉妬だな。ははは。
ミエナと話しながら少女の方に目を向ける。金の髪と長い耳、顔付きもどこかミエナやイユリに似ていてエルフらしさが見て取れる。
カルアは怯えさせないためか、手に持っている弓矢を警戒してか立ち止まって少女と向き合う。
「……あ、言葉は通じますね。ええっと、一応言っておきますが、僕達は貴方の味方です。敵対する意思はこれっぽっちもないです。あ、ランドロスさん、甘いお菓子とか持ってますか?」
「クッキーとか飴なら」
取り出してカルアに渡すとクッキーを半分割って、片方を食べて見せてから少女に渡す。少女はおずおずと怯えながらちいさな口でもぐもぐと食べて目を開く。
「あ、美味しい……」
「それはよかったです。あの、私はカルア・ウムルテルアと言います。こちらの男性は夫のランドロスで、あと仲間のミエナとネネです。私達は下の方から来たんですけど、貴方のことも教えてもらっていいですか?」
少女は俺やカルアの耳を見てから、ネネの耳や尻尾を見て不思議そうに首を傾げる。
「……猫さん?」
「ああ、ネネは猫の獣人なんです。見たことありませんか?」
「……初めて見る」
やはり、この子は迷宮国からきたわけではないらしい。あそこに住んでいて獣人を見ないなんてことはないだろう。
「お名前をお伺いしてもいいですか?」
「……メナ」
「メナちゃんですか。可愛い名前ですね。メナちゃんはひとりですか?」
少女はコクリと頷く。
ネネと顔を見合わせる。他の人と逸れて迷子……というのであればひとりという問いでは肯かないだろう。
「……ん、では、なんでおひとりなんですか?」
「……村から追い出された」
「村というのはもっと上の階層……えっと、階段を上がったところにあるんですか?」
メナはもう一度コクリと頷く。カルアの予想通りのことらしい。
迷宮の生態系の中に人類もいるのは間違いない。
「……追い出されたというのは、聞いて大丈夫ですか?」
「……分からない」
「そう……ですか。ごめんなさい。ええっと、お腹空いていますか?」
メナはコクリと頷き、カルアは俺の許可を得るようにこちらを向く。
……保護するかどうか、ということだろうか。
……追い出されたというのがどの程度のことか分からない。俺のように本気で街の連中に住処を追われたのか、それともちょっとした喧嘩で家出してきたのか。
……少し痩せていることを思うと後者の可能性は低そうだが……安易に連れて帰るのも気が引ける。
「どうしますか?」
「……無視は出来ない。初代が79階層まで登っていてエルフの村を見つけていないことを考えると最低でも4階層は降りてきてるからな。子供の脚を考えるとただ事ではない距離だと思う」
「連れて帰ります?」
「……そうすべきかが分からない。何にせよもう少し話を聞くべきかと……。まだ早いが、昼食にしよう」
いつものようにテントを張り、食べやすい料理やお菓子を取り出してカルアに任せる。
「俺は見張りをしているからカルア達に任せる」
俺がそう言って離れるとネネが付いてくる。
「……ネネはあっちにいろよ」
「ふたりもいたら充分。……カルアの話は本当なのか?」
「……迷宮が人を飼っているという話か? ……まぁ事実なんだろう」
「……じゃあ、なんで今まで見つかっていなかった?」
「単にここまで登ってきている奴なんていないしな。初代の79階層が最高到達階なんじゃないか。……迷宮の管理者が隠すつもりならその直前の階層に登りにくくする仕掛けをしていても不思議じゃないしな」
そう話しをするが、俺もネネもわざと本題から外れたことを言っている。
……今回のこのことは、今までの迷宮探索とは大きくズレている。
趣味がてらやっている救助依頼とも、金のために潜るのとも違う。
これ以上の探索は否応なく、知ることになる。迷宮というものの本質を。
知れば……戻りにくくなるだろう。今までのようにはやりにくくなるはずだ。
「……ネネはどうする? このまま迷宮の攻略を続けるか? それとも降りるか? ……エルフの村があるとすれば、通り過ぎる際に関わることになるぞ、おそらく他の人種の集落も迷宮の中にあるだろう。アレな言い方になるが、迷宮の……世界の秘密に触れることになるぞ」
「ランドロスはどうするつもりだ。……それを聞かなければ私も答えられない」
俺の答えによって意見を変える……というのは、俺に合わせるという意味だろう。
「……カルアは分かっていてきているからな。止めても迷宮に来るだろうし、それなら俺も一緒にいた方が安全だろう」
「……お前らには常識がないから一緒に行ってやる。場合によっては手を汚すことになる可能性もあるしな」
「……お前なぁ、そういうのはやめろと言ってるだろ。俺からしたらお前も大切な仲間で……」
と少し言い合い気味になっていると、カルアが怒ったような声を出す。
「あの、この子が怯えるんで喧嘩はしないでもらえますか?」
「喧嘩はしていない。ランドロスがワガママを言っていただけだ」
「どっちがだよ」
「……だから、仲良くしてください。もう」
カルアがプンスカと怒り、俺はそれに反論をする。
「俺は仲良くしようとしているのに、ネネが……」
「言い訳しないっ。まったく、いい年した大人二人が喧嘩ばっかりで」
「いや……だってネネが……」
カルアが俺の方を見て「言い訳しない」ともう一度怒る。……理不尽だ。俺はちゃんと仲良くしようとしているのに……。というか、カルアもヒモ呼ばわりされて怒っているのに……。
俺が落ち込んでいる間に、カルアはメナから色々と聞き出したらしく、聞いた情報を纏めながら話していく。
「80階層にエルフの村があるみたいです。……そこでは人数が一定数を超えると人を追い出すらしく、人数が減らない限りはメナちゃんは村に戻ることは出来ないとのことです」
「……一定数?」
ネネが首を傾げるとカルアは難しい表情を浮かべて説明する。
「迷宮の禁忌には長期間同じ階層に滞在するということがあります。村が出来るということは、その禁忌は探索者にのみ適用されるようですが……。迷宮の環境を荒らされては困るというのは、探索者に限った話ではないはずです。エルフが増えすぎて迷宮を占領したら困るでしょうからね。生存していい人数に制限をかけているんでしょう」
「……つまり?」
「村人の数が一定を超えると、迷宮がエルフを減らしにかかります。それを避けるために、この子が捨てられたのでしょう」
カルアは淡々と口にする。わざと感情を隠すような口調であり……俺は「仕方ないか」と口に出す。
「連れて帰ろう。見殺しには出来ない」
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