第166話

「……魔力を大目に使って探知範囲を広げるか?」

「見つかります?」

「街中よりも複雑だから難しいかもしれないな。草に紛れると動物や魔物と見分けも付きにくい」

「子供の脚なら移動出来る範囲も知れているだろう」


 とりあえず階段の方に向かって歩きながらカルアに尋ねる。


「さっきのはどういう意味だ? あとやっぱりというのは」

「……ランドロスさんには一度話しましたが、迷宮の管理者は生物を保管しています。……が、当然ながら、生態系を完全に維持することは出来ません。種を風に飛ばされることで生息域を広める植物などは、迷宮の狭い環境においては綿毛が不要で無用に栄養を奪うだけのものですから、世代を経ていけばどうやっても失われていくでしょう」

「……そうなのか?」

「はい。生きるのに邪魔な構造は淘汰されて省かれていきます。数世代じゃ関係ないでしょうが、数十世代も経れば、顕著に綿毛は消えていくでしょう」


 一年で生え変わるとして……最低でも千年前にこの迷宮があったらしいので、数十世代どころではないな。

 カルアは寂しそうな表情を浮かべたまま俺の後ろをべったりとついて歩く。


「……先の魚も、本来の生態系では形を保っていることは無理なはずです。おそらく……迷宮の管理者は生命を作り出せます」

「……は、はあ? それじゃあ、まるっきり神様だろ」

「……否定はしません。今いるこの世界を作ったのは彼女でしょうしね。創造主を神と呼ぶのなら、彼女こそが神でしょう」


 だからこそ、とカルアは同情したような表情を浮かべて寂しげに言う。


「それだけの力を持っていて、さぞ寂しかったことでしょう」


 生命を作れるなら、幾らでも寂しさを埋める物を作れる気がするが……俺にそれが出来るなら、とりあえずシャルとカルアとクルルを百人ずつ欲しい。

 俺が馬鹿なことを考えていると、それを察したのかツンツンと背中を突かれる。


「……そして、その本命は……」


 カルアの声を遮るようにネネが口を開く。


「いたぞ。やはりエルフの子供だな。少女か。……何故こんなところに一人で来たのか分からないが」

「……先の魚などもそうですが、迷宮の秘密に近づく可能性があるものは奥の階層に配置されています。……何故ここに子供が、というのは、間違いで、むしろ高階層だからこそ人の子供がいるんです」


 カルアは優しげな同情心を含めた言葉を口にする。


「……迷宮の目的は、生物をこの大陸に移動させることです。……であれば、迷宮に人がいて当然です。むしろ、それこそが本命でしょう。……迷宮は他の動植物と同様に……人を飼っています」


 一瞬、カルアの言葉の意味が分からなかった。何を言っているのか、それを徐々に理解すると共に、言い知れない嫌悪感が背筋を伝う。


 迷宮にいる他の動植物や魔物と同様に、減ればいつの間にか作られ増やされるということが、人にされている。


 その事実の不愉快さに徐々に顔を顰めていくと、カルアが首を横に振る。


「……たぶん、迷宮の管理者も本意ではないでしょうから」


 ……会ったこともない迷宮の管理者への同情。カルアは少しばかり……人に優しすぎる気がする。


「迷宮の管理者の思想は私たちからそう遠くはないはずです。そういう文化や価値観を与えた人ですから。仕方なく嫌々やっているはずですから……」

「ああ……会ったときに嫌な顔をしたりはしないようにする」


 俺とカルアがそう話していると、ミエナが口を開く。


「……つまりさ、ネネが見つけた子供も他の動物と同じように突然発生したってことだよね?」

「んぅ、それは微妙なところですね。子供の動物や魔物も数は少ないですがいないわけではないですし、生殖能力はあるでしょうし」

「……もし、突然発生した場合だったら、服は……着てないよね?」


 ミエナの真剣そうな表情。俺達三人はドン引きだった。


「……いい加減にしろ、このロリコン二人組が」

「えっ、俺も!? 俺は関係ないだろ!」

「ち、違うよっ! もし裸だったらロリコン変質者のランドロスに見られると可哀想だと思ってっ!」

「俺に押し付けるなよ! 嫁の前なんだからそういうのはやめてくれ!」


 二人で慌てていると、カルアにポンポンと肩を叩かれる。


「……そこのところは期待してないですよ」

「違うからな! 別に他の女の子の裸に興味とかないから!」

「はいはい」

「……そもそも普通に服を着ていたぞ、ロリコン」

「なんで俺が責められているんだ……。おかしくないか? 俺、何も言ってなくないか?」


 理不尽である。ただ小さい女の子三人に手を出しているだけだというのに。……いや、自分でも全く庇えないな。これ。


「……とにかくな、違うからな。変なことは考えていないから」

「……考えてるから。ランドは絶対「エルフの幼女なら歳上だからセーフだぜ、げへへ」とか思ってるはずだよ」

「やめろ。そういうことに信用ないんだからやめてくれ。カルアが本気で疑ってるから」

「……疑ってないですよ」


 間違いなく疑われている。違う。全然興味ない。

 そう話しながら、ネネの先導でエルフの少女の元に歩いて行き、草むらを歩いている少女を見つける。


 年齢は10歳程度だろうか。シャルと同じ程度の身長で、顔付きも幼い。

 少女は俺達を見て目を見開く。服装はミエナが時々着ている服に似ているように見える。エルフの民族的な服装なのだろうか。


 金色の髪が光を浴びて、その隙間から長い耳がピンと伸びていた。

 手には小さな半弓のようなものと矢を背負っている。


「……ひ、人?」


 驚いたような少女の表情。

 弓を持つ姿は到底手慣れた者には見えないし、ここまで接近するまで俺達の存在に気がつけないほど……明らかに熟達した弓師であるとは思えない。

 だが、誰かに習っているようには見えず……訳ありなのかと察する。


「……えっと、こんにちは。あ、言葉通じてます?」

「こ、こんにちは」


 カルアは一歩前に出て、それに合わせて、男であり威圧感があるだろう俺は後ろに下がって周りを確かめる。

 魔物の警戒も必要だろう。

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