第143話
マスターにこってりと「簡単に色仕掛けに乗ってはいけない」「甘やかすばかりではカルアも成長出来ない」「怒るときは怒る」などと叱られる。
いや、でも叱ったりして嫌われるのも怖いし……出来たらイチャイチャだけ過ごしたい。別に、俺もカルアも成長したいとは思っていないしな。
このままでいいし、このままで満足だ。だから、そのために頑張っているだけで……ガリガリと頭を掻く。
「……カルアはあのままで充分素敵だと思う」
「またランドロスはカルアを甘やかして……ダメだよ?」
「いや、甘やかすとかじゃなくてな。叱られたくないとか、褒められたいとか、そう考えるのは人からの目線を気にしてるからだろ。……カルアがそういう世間体を考えなくなったら……ちょっと怖いぞ」
何せ、救世主である。本気を出せばもっと手っ取り早い方法で世界を救い出すし、多くの人はそれについていけるだけの適応力はないだろう。
「そうですよ。私はこのままでいいんです」
「……もうちょっと大人になるべきだと思うよ。ふたりとも。あとミエナとイユリも」
11歳に叱られる平均年齢50超えの4人。
いや、言いたいことは分かるけど、子供には子供の良いところというものがあることを声に出して言いたい。
まぁ、これ以上叱られるのが嫌なので反論せずに受け入れるが。
……デートのときはあんなに甘えてきていたのに、めちゃくちゃちゃんと叱られたな。それはそれで興奮するんだが。
部屋から出て、カルアと少し遅めの昼食をとる。
この多少のんびりとした時間はあとどれぐらい続くのだろうか。カルアはこれから忙しくなるだろうし、迷宮の管理者にも会いに行く必要もある。
国の外で暴れている大陸の外からやってきた魔物も気掛かりで……。
本当にしばらくは何も出来なくなるかもしれない。……今のうちにやることをやっておきたいというカルアの気持ちもよく分かる。だからといって負担をかけるようなことは出来ないが。
ギルドメンバーが中心にある木に集まりワイワイと話をしたり、子供がよじ登って果物を収穫したりしているのを横目で見ながらカルアに尋ねる。
「ほとんど日の光が入らないけど、枯れたりしないのか?」
「裏切り者と話すことはないです」
「……ええ、いや、あれは仕方ないだろ。それに庇っただろ?」
「ランドロスさんは私とマスターでマスターを取りました。そういうことなんです」
「いや、そういうわけじゃないだろ。機嫌を直してくれよ……」
カルアは拗ねたようにパクパクと食べていて、全然こちらを向いてくれない。
いや、仕方ないだろ……。マスターも話を聞かないわけにはいかないだろうし。
それでも隣で食べているので、怒っていることをアピールして俺に何かをしてほしいのだろうけれど、何をすればいいのか思いつかない。
「……ほら、今夜、また散歩にでも出かけないか? 昼まで寝ていたから、多分夜に眠くならないだろうしさ」
「そんな簡単に私が機嫌を直すと思っているんですか? ……もっと媚びるがいいです」
「媚びるって言ってもな……。あ、今のうちに結婚するか。ほら、これからシャルとの結婚式とか迷宮に行ったりとか、カルアもその栽培魔法の研究とか人に教えたりするので忙しくなるから、まぁ書類上だけだが」
「……そういうのじゃないんですっ! 全然、ランドロスさんは分かってない、分かってないです。もっとロマンチックにプロポーズされたいんです!」
そう言われても……常に一緒にいるせいでムードなんて作れないし、カルアもそういう雰囲気になってくれないではないか。
カルアとは元々友人だったせいか砕けた雰囲気での会話がほとんどで、後は夜中に何かいやらしい雰囲気になるぐらいのものである。
どちらの空気感でも求婚に向いているとは思えないし……そういうのは仕方ないのではないだろうか。
「……まぁ、そうですね。そこまで頼むのならば結婚はしましょう。ちょうど、国に提出するための書類を持っているのでランドロスさんはここに名前を書いてくれたらいいです」
「…………なんで持ってるんだ?」
「たまたまです」
「……たまたま書類を持っているなんてことあるか?」
「たまたまです」
そうか。たまたまか……。いや、絶対に嘘だろ。
そんなものをたまたま普段から持ち歩いている狂人がいてたまるか。
俺は疑いの目を向けながらも、結婚すること自体には一切の抵抗がないので適当に指先を走らせて名前を書く。
カルアは満足そうに頷き、自分の名前や他の場所を手際良く記入していく。
……これを提出するだけで結婚したことになるのか、呆気ないな。……いや、まぁ本当はどうしても結婚したいほど好き同士になるまでが大変なはずで、俺とカルアのようにすぐに惹かれ合ってという状況だったらこんなものなんだろう。
結婚するために試練を受けてもらう、みたいなことを言われたらそちらの方が嫌だしな。
そんなことを考えていると、エプロン姿のシャルが剥いた果物をとてとてと運んでくる。
「何のお話をしてるんですか?」
「ん、ああ、カルアがたまたま婚姻届を持っていたから結婚しようということになって」
シャルは俺の言葉を「うんうん」と聞きながら頷き、途中で「うん?」と首を傾げる。
「け、結婚?」
シャルは幼げな顔に疑問を浮かばせながら、こてりと首を傾げる。その後、徐々に俺の言葉の意味が分かってきたのか、焦ったようにパタパタと手を動かした。
「ああ、式を挙げるのはかなり先になるが……大丈夫だよな?」
「だ、大丈夫じゃないですよ? だ、騙されてますよ、ランドロスさん。たまたま書類を持っている人なんていません。普通はタンスの中に潜ませていますよっ!」
「……ダメだったか?」
「う……ダメとも言いづらいんですけど、流石に納得もし難いので一度預からせてもらえると……」
シャルは困惑しながらもカルアの持っている婚姻届に手を伸ばそうとして、カルアの手に防がれる。
「……あの、カルアさん?」
「……式はそちらが先に挙げるんですから、書類上は譲っていただいてもいいのではないでしょうか」
「……一旦預かるだけですよ?」
シャルが不満そうに小さく首を傾げるも、カルアは少しばかり警戒した様子を見せる。
「預かっている間に、シャルさんもランドロスさんに書かせて提出するつもりじゃないんですか?」
「そ、そんなことはないです。人聞きが悪いです」
「じゃあ何のために預かるんですか? 結婚の反対はしてないんですよね」
「む、むむぅ……それはですね。その、心の準備と言いますか。と、とにかく、一度ゆっくりと話し合いましょう。ね?」
シャルとカルアが俺を置いてジリジリと睨み合う。
年長者として止めるべきだろう。三股しているクソ野郎ではあるが、だからこそ止めるべきだろう。
「なぁ、ちょっといいか?」
「ダメです」
「今ふたりで話をしているので」
俺は敗北した。
……もしかして、俺の発言力ってものすごく低いのではないだろうか。
シャルとカルアはお互いにあーだこうだと話し合い。夜に四人全員で改めて話し合いをすることに決まった。
……どうしよう。めちゃくちゃ気が重い。
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