第142話

 着替えてからふたりでギルドに向かう。

 腕にふにふにとした胸を押し当てられながらではあるが、現在喧嘩中である。

 途中サクさんに会い「あらあら、仲良しさんね」と言われるが、喧嘩の真っ只中である。


 喧嘩というのも気が重いし、誘惑されるのも気が重い。


「……カルア、他の人が見てるし、離れないか?」

「ギルドの中で自ら這いつくばって椅子になる人がイチャイチャしているぐらいで何を言ってるんですか」


 ……一瞬で言い負けた。

 諦めて一緒に歩くが、腕に感じる柔らかさが気になって仕方がない。心が折れそうだ。今から部屋に引き返してイチャイチャしたい。


 寝たはずなのにグッタリとした感覚のままギルドに戻ると、机や椅子の配置が変わっており、イユリを中心にして机が退けられたギルドの真ん中でミエナが魔法を発動していた。


 ギルドの中心に配置された謎の器具が魔法に反応するように光り輝き、術式が空中で蠢いてミエナの魔法を変質させる。


 生み出されるのはいつもの木ではなく、どこかで見覚えのある木である。……あれは、シャルと初めて会った時に食べさせてもらった果物の木だ。


 ギルドの真ん中に生えた木は急速に成長したと思うと、沢山の実がつけられていき……ポトリと、熟れた果物が地面に落ちる。


 あまりのことに呆気に取られているとメレクがその果物を手に取り、軽く匂ってからそのまま齧りつく。


「……美味い。変な味もしないな」


 ギルドの中で歓声が沸く。

 思っていたよりも成功するの早くないか? こんなに簡単に果樹を作れたら……本当に食料問題がなくなるのではないか。


 カルアはさぞかしドヤ顔を浮かべているのかと思って見てみると、焦りまくっていた。


「……あ、あああ!? イユリちゃん!? なんで、ギルドの中でやっちゃってるんですか!? ゆ、床を貫いちゃってるじゃないですか!?」


 魔法で食料を生み出す瞬間という、あまりのことで誰も触れていなかったが……完全にギルドの中心に大きな木が発生してしまっていた。


 ……これ、どうするんだろうか。


 呆気に取られていたマスターが俺達の方を、正確にはカルアの方を見つめる。


「ミエナ……カルア……イユリ……ちょっとこっちに来て、ね。怒らないから」

「え、わ、私は無関係ではないですか!? いや、完全な無関係ではないですけど! こんな予定ではなかったと言いますか、むしろ私はわざわざ土地も用意してましたし、実行犯のお二人を叱るべきかと……」

「……カルア? 怒らないから、ね」

「お、怒ってるじゃないですかっ! 今、怒ってるじゃないですかっ! ら、ランドロスさん、私を庇う権利をあげますよ。嬉しいでしょう!?」


 いや、俺を巻き込まないでくれ。俺もマスターに怒られたくない。

 カルアは俺の後ろに隠れるがマスターに呼ばれてびくりと震える。


「カルア……今のうちに出てきた方がいいよ?」

「しゅ、修繕費ならランドロスさんが出すのでっ!」

「カルア? そういうのはよくないよ。……そういう話じゃないのは分かるよね」

「や、やです! 私は叱られるのが嫌いです! 褒められるのは好きですけどっ!」


 カルアが俺の後ろに必死に隠れると、マスターは俺の方を見て溜息を吐く。


「ランドロス、連れてきて。奥の部屋で話をするから」

「あ、はい」

「ランドロスさんっ! う、裏切るんですか!? わ、私を裏切ってマスターにつくんですか!?」

「いや……庇ってはやるから、話はしよう。な?」

「いやですっ! ちょっとでも責められる可能性があるのは嫌いですっ!」

「とりあえず行くぞ……」


 カルアの腕を掴んで奥の部屋に連れていく。


「や、いやですっ! ひ、人攫いです、この人、人攫いですっ!」

「やめろ。絵面のせいで知らない人に見られたら不味いから」

「あ、後でほっぺにちゅーしてあげるので」

「…………マスター、カルアは悪くないから説教の必要はないんじゃないか?」

「堂々と買収するんじゃない。まったく、そんなに怒ってないから……」


 仕方なく逃げようとするカルアを引きずって奥の部屋に行き、四人でマスターの前に正座する。

 ……あれ、なんで俺まで正座させられているんだ。


「あのね、別にそんなに怒るつもりはないよ。あまり考えずにやってしまっただけでわざとじゃないのは分かってるからね」

「ま、ママ、私はイユリに騙されただけでして……」

「ママじゃないよ。……これから、どうするつもりなの?」

「ランドロスさんが責任を持って片付けます」

「……えっ、俺がやるの?」


 ガヤガヤと話していると、マスターは首を横に振る。


「そうじゃなくてね。カルアが前から言っていた食料問題を完全に解決する技術だよね」

「まぁ……そうですね。魔力問題があるので、そこのところを解決する必要はありますが、仕組み作りまでは私はするつもりもないですけど」


 マスターは頭を抱えながらカルアを見つめる。


「……これは、とんでもない技術だよ? 幾らでも富を生めるどころか……一国を作り上げることが出来るかもしれない」

「あ、いえ、国ぐらいならこんなのなくても盗れますよ? 技術はいずれ迷宮国に寄付するつもりですし、技術と魔道具と魔法の理論を教える講座も開こうと思ってます」

「……へ? お、お金とか困ってるんじゃないの?」

「いえ、別に……ですよ? お金とか名誉は別に欲しくないので」


 いや、俺は金があったら欲しいんだけど……というか、十倍にして返してくれるという話はどこに消えたのだろうか。

 マスターは少し驚きながらも三人を見る。


「……そ、そっか……そっかぁ……じゃあ、ギルドを出ていったりはしないんだね」

「そりゃそうですよ。欲しいものはここに揃っていますから。あっ、ちゃんと利益を出してギルドに渡した方がいいですか?」

「いや、そういうのじゃなくて……うん、そっか……そっか……よかった。……あー、じゃあ、せっかくだからあの果物の木は残しておこうかな。子供達は喜んでたし」


 マスターはホッと息を吐き出しながら床に座り込んでから、ピッ、とカルア達を指差す。


「今回は許すよ。でも、次からは安全確認を徹底して行うこと。いい?」

「は、はい」


 イユリはこくこくと頷いてから立ち上がる。


「あ、あの、マスター、その……ご、ごめんなさい」

「いや、いいよ。……でも、壊れた床の片付けと補修はちゃんとやってね」


 てっきり怒らないというのは嘘だと思っていたが、本当に全然怒らなかったな。

 ……ああ、ギルドの仲間が研究のために出て行くことを恐れただけなのか。


 安心した様子のマスターを見て微かに笑う。こういうところは、まだ子供だな。


「で、では、私達もこれで……」

「カルアはランドロスを買収しようとしたのを反省しなさい」

「えっ……」


 カルアは絶望したような表情を浮かべて俺の服の袖を摘まむ。……いや、そんな助けを求められても、俺にはどうしようも……。

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