第141話

 カルアの目は真剣そのものであり、分かりやすく不満を見せていた。


「……ランドロスさんが嫌がるのは変な話です。胸は触りたがるじゃないですか」

「いや、そういうことをしたくないという訳じゃなくてな、単純にカルアに負担をかけるのが嫌なんだよ」

「負担とは思いません。遅かれ早かれじゃないですか」

「じゃあ、もっと後でもいいだろ」


 カルアはベッドの上で膝立ちになって俺を睨む。


「分からず屋っ。私の方が私のことは分かってます」

「……ダメだ」

「始めから否定するのではなく、話をちゃんと聞いてください」

「ダメだ。間違いなく口では勝てないから話は聞かない」

「それは卑怯です。ちゃんと話すべきです」


 俺はカルアから目を逸らして立ち上がる。


「……昼食を食いに行こう」

「ダメです」

「ダメだ。絶対に認められない。話はそれで終わりだ」

「……何でですか。やっぱり、私のことは、シャルさんやマスターほど好きじゃないからですか?」

「……やっぱりってなんだよ」


 三人の中で誰が一番好きだとか、誰が一番大切だとか、そんなことは考えてもいないし、行動にも出ていない。全員俺の中では最も大切で、最も好きな最愛の女性だ。


 俺が不満に思いながら振り返ると、カルアは目を下に向けていた。


「……私だけ、キスしてもらってないです」

「……キスしたらいいのか?」

「そういう話じゃないですっ。ランドロスさん、全然分かってないですっ!」

「……どういう話だよ」


 ワガママを言われても困るだけだ。カルアの小さな身体に負担がかかるようなことは出来ない。

 別のことで満足してくれないし、あまつさえ俺からの好意を疑う。


「……もう、いいです」

「何がだよ。言いっぱなしにされると困るぞ」

「……いつも私は後回しですね。と、思っただけです。これ以上何も言いませんよ」

「後回しって、そんなつもりじゃ……」

「もういいですから。ワガママを言いました。ごめんなさい」

「……別に、俺はカルアのことが嫌とかじゃなくて……俺だって我慢しているんだよ」


 俺は恥を思いながらそう言うが、カルアは「そうですか」と言うだけでこちらに目を向けることもない。


 ……既に心が折れてしまいそうだ。カルアにこんな冷たい態度を取られたことがあっただろうか、シャルが初めてギルドにやってきたときに髪の毛を集めようとしたときぐらいじゃないか。


 好きな女の子にツンと冷たい態度を取られている状況に耐え難く、今すぐにでも謝り倒したいという思いに駆られる。


「か、カルア?」

「……着替えをするのと身体を拭きたいので、出て行ってもらってもいいですか?」

「あ……いや、まぁ……」

「食べに行くんですよね。この格好だと流石に行けないので」

「そ、そうなんだが……あ、そ、そうだ。魔石たくさん集めてきたから、マスターに頼んで風呂を貸してもらうのは……」


 思いついて口にするが、カルアの冷たい視線に負けてドンドン語気が弱くなっていく。


「そんなに機嫌を取ろうとする必要とかないですよ」

「機嫌を取るとかじゃなく……いや、ごめん」

「……あまりゆっくりしている時間もないです。そろそろイユリちゃんの調整も終わってる頃合いなので」

「そ、そうか。……ごめん、分かった」


 部屋の外に出て、廊下の壁に手をついて落ち込む。

 ……折れてしまいたい。カルアとイチャイチャしたいし、冷たく接されるのは嫌だし、子供もほしいし、そういう行為もしたい。


 このままずっとカルアが冷たくなったままでフラれたらどうしよう。……謝って、カルアの言うことに従ったら許してくれるだろうか。


 俺は廊下でウロウロとしながらカルアが出てくるのを待つ。いつもよりも時間がかかっていて不安に思っているとカルアはいつもの綺麗な服を着て出てくる。


 当然その顔は不満そうなままだ。


「あ、か、カルア。ごめん。その、カルアの気持ちを考えていなかったというか……」

「考え直してくれましたか?」

「……そ、それは……やっぱり不安だしな……その、無理はさせたくない」

「……普段のランドロスさんの行動の方がよほど無理なのが多いです」

「それはそうなんだが……」

「止めても止まりませんよね。なのに、私の時は無理をさせないと。……別に、不満に思ってはいますが、私の計画に狂いはないのでいいですよ、別のプランを取るだけです」


 別のプラン……? と俺が疑問に思っていると、カルアは不満そうな顔のまま俺に言う。


「夜に裸で迫ります」

「それは一瞬で負けるからやめてくれ」


 それはダメだろう。いや、冗談抜きで一瞬で我慢出来ずに飛びつく自信がある。

 俺のカルアへの性的欲求の強さと自制心の低さを舐めてはいけない。


 カルアは俺の反応にほんの少し不満そうな顔を和らげたかと思うと、再びきゅっと引き締める。


「いえ、迫りますもん」

「……シャルとかクルルがいるから、無理だろ」

「無理じゃないです。二人は寝静まったらなかなか起きないですから……あれ、もしかして、そんなのを考えなくても今の状況はチャンスでは……?」

「……俺、今から着替えてくるな」

「あ、ランドロスさんっ! 逃げないでくださいっ!」


 いや、逃げるだろ。

 そんな快楽や欲求に身を任せて、カルアに負担をかけるのは絶対にダメだ。でも、実際に目の前にカルアが裸でいたら我慢は出来ない。


 ……目的を達成するためにはそんな状況を作らないようにするしかない。幸い、数日間と期限は決まっている訳なので勝機がない戦いではない。


 こうして、俺とカルアとの戦いの幕が切って落とされたのだ。

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