第137話
クルルにとってミエナとはどういう人物なのか。……クルルはよくミエナに甘えられて困っているが、それと同時にクルルも多くのことでミエナを頼っている。
会議に行くときはほとんどの場合でミエナに護衛をしてもらっているし、揉め事を仲裁するときには傍らにミエナがいる。
クルルからの信頼という一面においては、俺よりもミエナの方が上だというのは悔しいが認めざるを得ない。
「追いかけるって言っても、もう見失ったな」
「……大丈夫だよ。ミエナは甘えんぼだから、見つけられないような場所には隠れたりしないから」
既にミエナがどこにいるのか分かったような口ぶりと足取り、二人が強い信頼関係で結ばれているのを見せつけられているようで、少し嫉妬してしまう。
「……ミエナ、本当にクルルのことが好きだったんだな」
「好きなフリだよ。本当はお母さんのことが好きだけど、お父さんと結婚しちゃったし……もう死んじゃったから」
「……よく分からないな」
「長命なエルフは、よくそういう錯誤を起こすの。……自分より幼い人がいつのまにか大人になってる。同じぐらいだった人が知らない間に老けて死んでる。イユリもそうだけど……エルフからしたら人間の寿命は短すぎてね、それで出来る限り寿命が残ってる子供の方に目が向いちゃうみたい」
……いや、ミエナのはただの性癖ではないだろうか。という言葉を飲み込む。
「理不尽に関係性が変わるからね。子供扱いしていたはずの相手が、すぐに自分と同じ背丈になって、先に結婚して、子供を産んで、いつのまにか自分よりもよほど大人になってる。ミエナは何回もそんなことを経験したみたいで……その、最初から子供に甘えておけば関係性が変わらないと思ってるみたいで」
クルルの言っていることは分かるのだが、それはそれとして幼女に甘える性癖ではあると思う。同じ性癖を保持している俺には分かる。
……が、まぁ、きっと、ミエナにはミエナにとって苦しいことが多くあるのだろう。寿命が長いのは羨ましくもあるが、同時に絶対にそうはなりたくないとも思ってしまう。
俺は……シャルやカルアやクルルと同じように歳を取っていきたいと思う。大人になったときの姿は見たいし、大人になった三人を抱きしめたい。そのときは俺も同じように老けていて……なんて、当然過ぎる願いは……ミエナは叶わないのだろう。
「……それは……寂しそうだな」
「甘えんぼさんなのも仕方ないの」
「……いや、だからといって幼女に甘えるのはどうかと思うが」
「私は幼女じゃないよ」
「あ、うん。ごめん」
クルルが駆け足で向かったのは街の外に生えている一本の太い木の根本だった。
そこにミエナが子供のように蹲るようにして、えづきながら泣いていた。俺が声をかけようとする前に、クルルがミエナの元に向かい、よしよしと頭を撫でた。
「……こないでよ。私のこと、嫌いになったでしょ」
「なってないよ。大好きなまま。それに、本当に私に会いたくないならこんなところに隠れないでしょ。だって、ミエナのことが大好きな私が、ミエナがここにいるって分からないはずがないんだから」
「……でも、私、マスターの幸せを喜べないもん。……嫌いになったはず」
「嫌いになったのは、ミエナがミエナのことをだよね。私がミエナをじゃないよ」
「……マスターをセイラちゃんと被せて見てた」
「お母さん、今生きてたら30歳ぐらいなのかな。……8歳ぐらいの時に、お母さんと初めて会ったんだっけ。……そっか、お母さんがそれからエルフと同じ歳の取り方をしてたら、今の私と同じぐらいかな」
「……違うって、分かってるのに」
ミエナはクルルの方を見ることもせずに話す。正直なところ、俺にはミエナの気持ちは分からない。
異性としてクルルを見ているのだろうか。……いや、同性なんだけど、何て言えばいいのだろうか。
まぁ、恋人になりたいと思っているのか、それともただ単純に好きなだけなのか。
「……違うって分かってるのに」
「大丈夫、分かってるよ」
「嫌いにならないで」
「嫌いにならないよ。大好き」
「……ごめんなさい。気付かれてないと思ってた」
「とっくに気がついていたよ」
俺も何か声をかけるべきなのかもしれないが……恋敵が声をかけるのはどうなのだろうか。
俺には分からない状況で、泣いている女性を眺めているのも悪趣味かと思って別の方を見る。
クルルに任せていたら大丈夫か。と、思っていると、話が思いもよらない方に動いていく。
「……結婚はいつするの?」
「えっと、しようって決めてはいるけど、日時までは……」
「……結婚式、お祝いしたいから、式代を出させて」
「えっ、い、いいよ。そんなの。私もそこそこ溜め込んでるから、自分で出せるよ。ギルドで挙げるつもりだから、お祝いの言葉をもらえたらそれで充分だよ」
「……実は、セイラのとき、拗ねてずっと迷宮に篭ってたの。……それで、ずっと後悔してて。……いつするの? 明日?」
「そ、それは早すぎるよ。……でも、ミエナにバレたのなら早い方がいいかなぁ。その、ランドロスは気が多い人だから、交際がバレたらみんなも心配しちゃうだろうし……」
俺が発言する前に結婚の話が進んでいく。いや、別にいいんだし、圧倒的に一番の障害だと思っていたミエナが納得してくれるならそれに越したことはないんだが……。
「……そっか、ランドがパパか……」
「そ、それはあまりにも気が早すぎるかと思うよ」
「いや、私の」
……私の!? あ、ああ、ミエナのママであるクルルの旦那だから、俺がパパ……。
いや、それはおかしい。まずクルルはミエナのママではない。
おかしな方向に話が進む前に話しかけようとした瞬間、ミエナが俺に舌打ちをする。
「なに? 臭い、どっか行って」
こ、この娘……反抗期だ。……いや、他人だから普通に嫌われてるのか? 分からない。異種族のせいで考えが全然読めない。
「こら、めっ、ですよ。お父さんにそんな口を聞いたら!」
……ええ。ええ……。ええ……俺、こんな娘は嫌だ。
そんなことを考えていると……遠くの方から多くの人間の集団がこの国に向かってきているのが見えた。
頭を切り替えつつ確認すると軍隊ではなさそうだ。どうにもボロボロに見えて、少しばかり飢えているようだ。
……移民?
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