第131話

 迷宮を引き返しながら眠気を誤魔化すために頰を掻く。

 ……俺はカルアが好きだ。というのは改めて思うほどのものではないが、その理由は少しおぼろげだったが……こうして一人で考え直してみると、やはりあの時がきっかけだったように思う。


 怖くないはずがないだろう。今から縛りつけて抵抗が出来なくなっている人間を何人も殺そうと剣を振り上げていたのだ。


 なのに、あんなに小さな身体で止めてくれて……。ダメだ。と、思わずしゃがみ込んで、誰もいないのに顔を隠す。

 考えていたら、どうしようもないほどに惚れ込んでしまっていることに気がつく。


 好きだ。カルアのことがどうしようもないほどに好きだ。カルアが愛おしくて仕方ない。

 何というか、恋人になりたい。いや、もう恋人だけど。付き合いたい、もう付き合ってるけど。


 カルアとも結婚したい。どうせもう既にロリハーレムクソ野郎なのだから素直に生きよう。というか、ここに来て「カルアとは付き合うだけで結婚はしません」なんてことを言えるはずがない。


 そうと決まればカルアにも結婚したいと伝えて……受け入れてもらえるだろうか。俺、ロリハーレムクソやろうだぞ。


 い、いや、両思いで恋人関係にあるわけだし……フラれないはずだ。多分、きっと、今日と朝からちょっとエロいことをしていちゃついたわけだし……いや、でも時期尚早か?


 もしもフラれたら……と考えると怖くて仕方ない。いつの間にか、俺の精神の中心にカルアがいて、それがなくなることに恐怖を感じるようになっていた。


 ……ちゃんと求婚するのは、もう少し後に……とヘタレたことを考えていると、まだ新しい焚火の跡が見つかる。


 ここで休憩していたのは随分と手慣れた探索者がだったのか、焚火の横にクシャクシャになった読んだ後の世界の情報について書いてある紙を見つける。


 最近、シャルに習ったおかげで文字が読めるようになったので、勉強の意味も込めてそれを拾い上げる。迷宮国とは違う国のためか、薄く質の悪い紙で文字が少し滲んでいた。


 書いてあるのは「何処かの国で災害が起きた」だの「勇者によって魔王が討たれた」だの「何処かの国の王女様が拐われた」といった内容のものだった。


 あまり興味もないな。と思って捨てかけて「ん?」と見直す。


「……アルカナ王国という国の、第三王女のクシヤ・アルカナ様が王城にいるときに誘拐された。か」


 ……どこかで聞いたことがあるような。話だ。王女は当時12歳か。……今はカルアと同い年だな。

 12歳の王女様を誘拐なんて物騒な話だ。


 ……犯人からの連絡はなく、身代金や政治的な目的ではないか。


 三人にも気をつけるように言わないとな。……うん、うん。……これ、カルアだ。


「雑だ。雑なんだよ……偽名が」


 名前をかなり雑に並びかえただけだ。今までよくバレなかったな、と思うが……まぁ王女様がそこら辺をほっつき歩いているとは誰も思わないだろうし、見つかるはずもないか。


 まぁ、カルアが足取りを追えるような道程で来るとも思えないので、どうやっても見つけられないだろうから気にする必要はないか。

 むしろ堂々と王女を名乗っても信じる奴なんていないだろうしな。


 そういや、適当に考えた偽名を変えたいと言っていたな。……それをダシにして、俺の家名を名乗らないか的なプロポーズをしてみるか。


 大々的に載っていた三つの報道のうち二つがよく知る仲のことだった。世界というのは案外狭い物だと思いながら紙を置いて、書店で買ったデートの指南書を読みながら歩く。


 タイトルは【ゴブリンでも分かるデート指南】だ。ゴブリンって文字読めるんだな。もしかして俺より賢いのではないだろうか。


 この本が言うには、最近の流行では、ガルネロのおっさんが言っていたように花束を渡すらしい。

 これ、本当なのだろうか。突然花束なんて渡されても困らないだろうか。


 しかし、この本に従っていれば成功間違いなしだそうなので、きっと信じていいのだろう。


 家まで迎えに行って、花束を渡して、劇を見たり音楽を聴いたりして、食事をして、買い物をして、装飾品を贈って、宿に連れ込む。


 ……宿に連れ込む。しかも成功間違いなし……この本を参考にしたらクルルを宿に連れ込めるのか!?


 空間把握で魔物を見つけたので本を仕舞って、倒してからもう一度取り出し、本を隅々まで読みふける。


 いや、俺はあくまでもクルルをデートで楽しませるのを目的にしていて、別に宿に連れ込みたいわけではない。

 あくまでも、あくまでも、そういうことをするために読んでいるのではなく、クルルに楽しんでもらうためだ。


 眠気でフラフラしながら迷宮から戻ると、ギルドの前に一人の人間の青年が騒いでいるのが見えた。その前にいるのはクルルとミエナだ。


 少し早足で近寄ると、青年が少し苛立った様子でクルルに言う。


「だから、嬢ちゃん達みたいなのじゃなくて、ちゃんとしたギルドマスターに会いたいんだって。無理なら無理で日を改めるけど、話ぐらいは聞いてもらいたいんだよ。な? お願いするから」

「……いや、本当に私がギルドマスターで……ええっと、ギルドに加入したいのは分かったし、後日話を聞くから、今日はもう遅いから……」


 ああ……クルルがギルドマスターというのを知らなくて揉めているのか。

 ミエナも百歳超えの年齢だが、見た目はかなり若くてなめられそうな感じだもんな。


 仕方なくその場によって、青年の近くに立つ。


「ただいま、マスター。なんとなく分かるが、どういう状況だ?」

「あ、おかえりランドロス。えっと……ギルド加入希望者が来たんだけど、どうにも上手く話が出来てなくて……」


 クルルとそう話していると、青年は俺を見て目を見開く。


「あ、ああ! 【異空】のランドロスさんっ! お、俺、闘技大会で見たあなたに憧れて、このギルドに入ろうと思ったんです!」

「……異空? ……はぁ、そうか、どうも」


 なんか妙な二つ名が付いているな。かなりダサいが【ロリコン】とか【少女趣味】とか【ロリストーカー】とか、そういう変な名前が付けられるのよりかは遥かにマシだ。


「あっ、ど、どうやったら入れるんですか!? 入会試験とかあるんですか!? 俺、これでも体は鍛えてるんで結構やれますよ!」

「いや、俺は新入りだし……とりあえず、今日はもう遅いからまた別の日にした方が……」

「あっ、一般の人でも食事とかはしてもいいんですよね? 御相伴に預からせていただいてもいいですか?」

「ええ……いや、俺疲れてるからなぁ」

「無理にとは言わないですけど、お願いします!」


 ……どうしよう。俺、この青年が苦手かもしれない。

 なんか尊敬されているっぽいのが肌に合わないというか……持ち上げられると「えっ、でも俺ロリハーレムクソやろうだよ? いいの?」という気になる。

 なんか騙しているような気になってしまう。


 クルルに目を向けると少し困ったような表情をしていたが、小さく頷いたので別にいいということだろう。


 俺が断るようなものではないと思い、クルルに続いてギルドに入った。

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