第132話

 青年は見たところ立ち振る舞いからして、武器術や体術などの経験はなさそうに見える。魔力も魔法使いになれるほどは感じられない。


 直接的な戦闘は得意なようには見えないが、まぁかならずしも戦闘だけが重要というわけでもないだろう。

 人間というのも別にいいが、何だろうかあまり探索者らしくないというか……普通の町人のように見える


 カルアとシャルと合流し、シャルに頭を撫でられてからカルアの横に座ると、もう反対側に青年が座る。


「その方は?」

「今、外で会った加入希望者らしいが……」


 俺の言葉に反応して、ビシッと青年が動いて口を開く。


「ランドロスさんに憧れて迷宮鼠に入りたいと思ってます。クエンです」

「ええ……よろしくお願いします」


 カルアは明らかにドン引きしたような表情をクエンに向け、コソコソと俺に耳打ちをする。


「明らかにヤバい人ですよ。嘘吐いてますよ、この人。ランドロスさんに憧れるとかおかしいですって、裏がありますよ」

「いや、どうやら闘技大会の予選で俺のことを知ったみたいだから、普段の俺を知ってるわけじゃないから、多分普通のやつだ」

「あ、そうなんですね。それはちょっと失礼しました」


 ……いや、その「失礼しました」という反応も失礼のような気がするんだが。

 普段の俺に憧れる人が絶対に現れないという前提もおかしい。もしかしたらいるかもしれないだろ。


 まぁそんな奴がいたら関わりたくはないし、絶対にシャルやカルアを近づけさせないが。


 しばらく夕飯を共に食べたら多少満足したらしく、また後日やってくるとのことだ。徹夜でフラフラとする頭を支えながら立ち上がろうとすると、ストンと隣にクルルが座る。


「……あ、マスター。今日大丈夫だったか?」

「うん、めちゃくちゃ眠たくてフラフラしてたけど、何回か仮眠を取ってね。まぁそれでも限界だけど……」


 悪いな。と謝りたいところだが、ギルドの中で寝不足について謝るのは関係がバレることになりかねない。

 少しフラフラとしているクルルは「さっきの人どうだった?」と俺に尋ねる。


「……さあ、普通の人だったように思うが」

「うん。私にもそう見えたし、迷宮鼠の評判はランドロスのおかげもあって良くなってきてるんだよね。それはとてもいいことだし、鼻が高いんだけど……」

「何か問題があるのか?」

「……クエンみたいな人が沢山入ると、迷宮鼠のギルドハウスとか寮では受け入れきれないかなぁ」

「ああ、確かにそうだな」

「あと、元々の仕組みとしてそんなにメンバーの出入りの激しいギルドじゃないから多くの種族を受け入れられているというか、異種族同士は揉め事が発生しやすいけど時間をかけてお互いを知っていくことで解決してるところがあるからね。新人が沢山入って、場合によっては出て行ってってなると、揉め事が発生しやすいと思うし……。他に受け入れられない人を受け入れたいのに、普通の人間が大半の普通のギルドになると……。ランドロスも入ってなかったでしょ?」


 まぁ……そうだな。人間には不信感があったからギルドには入らずに一人でやっていただろう。

 クルルは眠たそうに目を擦りながらこくこくとと水を飲む。


「ごめん。こうなるとは思ってなかった」

「いや、ううん。単純に入りたいって人が増えるのは嬉しいから。……人間が入れないようにするのは理念に反するし、かと言ってそれで他で受け入れられない人が来れなくなるのも本末転倒で……うーん、私一人で方針を決められるわけじゃないから、近いうちにギルドでも会議を開いて話し合わないとなぁ」

「……大丈夫か? 手伝えることがあったら何でも言ってくれよ」


 俺がそう言うと、クルルは少し俺の方にこてりと首を傾ける。

 ギルドの中でこんなことをして大丈夫かと心配に思ったが、幼い子供の頭を撫でるくらいなら普通で、俺とクルルの関係もバレようもないか。


 灰色のサラサラとした髪を撫でて、俺の頭を撫でられて、と甘えあってから別れる。

 それから自室に戻り、ベッドに倒れ込む。


 やはり寝不足で迷宮に潜るのはちょっとばかり無理をした。グッタリとベッドに倒れると、カルアが寝ている俺の上から抱きつく。


「……悪い。ちょっと眠い」

「ん、でもちょっと起きててもらわないと、着替えることも……。流石に、男の人の前で着替えるのには抵抗が……」

「ああ、それは分かったが……。ひっつく意味はあったか?」

「あります。とても頭の良い私が言うのだから間違いありません」


 そうか……と頷いてから眠い頭を持ち上げて廊下に出ると、寝巻き姿のクルルと出会す。


「あ、ランドロス……あ、あの、今日だけ、今日だけ、いい?」


 手にはいつもクルルが使っている枕が握られており、寝巻きはワンピース型ではなく長ズボンのような形のゆったりとしたものだ。


 今日だけ何をしたいか、ハッキリとした主語がなくボカされた言葉だったが、すぐに理解する。一緒の部屋で寝たいのだろう。


「へ、変なことはしないからっ、変なことはしないから、ね? お願いランドロス」

「……その言葉を言うのは逆じゃないか?」


 俺はむしろクルルに変なことをしてもらいたい。

 三人が子供で小さいとは言えど流石に四人は狭いし、すでに俺の両側にカルアとシャルがいるのにこれ以上一緒に……ということも考えたが、すぐに頷く。


 俺の部屋の前で枕を持った寝巻き姿のクルルの姿を目撃されるのは不味い。


 あと、クルルともベタベタしたい。


「ああ、今ふたりが着替えたりしているから俺は入れないけど、先に入っててくれ。ミエナに見つかると不味い」

「あ、うん。そうだよね、ごめん」

「謝る必要はないが……」


 これからも度々来るなら、何かバレないような方策を立てた方がいい気がする。流石に同じ寮に住んでいてこれはバレやすすぎる。


 部屋の中から名前を呼ばれて入ると、そこには天国があった。

 俺のことが好きで、俺も好きな小さな女の子が三人もパジャマ姿でベッドにいるのだ。


 ……ロリハーレムクソやろうでよかった。もうどんな罵倒を受けようが構わない。ここは世界で最高の場所だ。ひゃっほい。


 俺は眠たすぎて疲れて働かない頭のままベッドに入った。

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