第130話

 シャルは少し眠たげに目をこすりながら、にこりと笑う。

 もし見られていたら「えっちなことはいけません」と怒られていただろうから、大丈夫だったのだろう。


 ……いや、もしかしたら倒錯的な行為すぎて、俺とカルアが何をしているのか分からなかった可能性もあるな。


 シャルに怒られないかと、びくびくしながら軽く身嗜みを整えてからギルドに向かう。

 そう言えば色々とゴタゴタしていたせいで、まだ結婚式の予定などを詰めることが出来ていないな。


 それほど急ぐ必要があるわけではないだろうが……ちゃんと考えなければならないことは多いし、金もどれだけかかるか分からない。


 ギルドの中に入ると、ミエナとイユリとクルルが同じ席で朝食を摂っていた。

 俺に気がついたクルルは微かにはにかみながら、控えめに小さく手を振る。


「おはよう、ランドロス。カルアとシャルも、おはよう」

「ああ、おはようマスター」


 白々しい挨拶をすると、ミエナはクルルの様子を見て首を傾げる。


「マスター、眠たそうですけど大丈夫ですか? 疲れが溜まってるんじゃ……。会議代わりましょうか?」

「い、いや、全然大丈夫だよ。ありがとうミエナ」


 寝不足の原因として少し申し訳ない気持ちになりながら三人の近くの席に座り、いつものように日替わりの朝食を食べる。


 クルルとの関係をミエナにバレたらどうしようと怯えながらも、その場にいる人に今日は迷宮に篭るということを伝える。

 それからすぐにギルドを出てまっすぐ迷宮に向かう。


 迷宮に入り、洞窟の階層の中で空間把握を使って魔物を探し当て、早足で魔物の元に向かう。


 シルガとの戦い以降、戦うような相手がいなかったから少し体が鈍っているように感じる。


 トントンと地面を蹴り、身体の感覚を整えながら剣を取り出す。

 まずは普段のように魔物を狩って調子を取り戻しながら奥の階層に進んでいく。


 三階層に辿り着いた辺りで調子を整え終わり、今日の本題である魔法を発動する。

 普段の空間魔法のための魔力とは違うところから熱い魔力を引っ張り上げた。


 指先に紅い雷が発生する。


「……よし、問題ないな」


 それを投げるような身振りをしながら魔物にぶつけると、魔物が轟音を立てて弾け飛ぶ。

 空間魔法とは明らかに違う圧倒的な破壊力に思わず頬を引きつらせる。俺、こんなのを使う不死の魔王を相手にしてよく生き延びたな。


 倒した魔物の素材の回収はまず不可能で、狩りに使うにはあまりにも過剰すぎる威力だ。

 どれぐらいの出力を出せるのか限界を知りたい気持ちもあるが、迷宮でするのは裁く者を呼び寄せてしまう可能性があるので好奇心を抑えながら威力を下げる方法を探す。


 シルガ戦で空間魔法の魔力が切れていたのに、紅い雷を大出力で出せたことから分かるように、二つの魔力は完全に別々のものらしい。

 旅をしているとき、シユウも氷の魔法を使いすぎたから、雷だけを使って戦うなどしていたので、おそらくこれはそういうものなのだろう。


 単に高威力の魔法が使えるようになっただけではなく、空間魔法の魔力を節約するのにも使えて、継戦能力も上げられる可能性がある。


 威力を下げて魔物にぶつけようとするが、威力を下げると雷の範囲も狭まるため、存外に狙いにくい。大出力で出せば雑な方向に攻撃するだけで当たるが……細やかな操作が難しく、空間魔法以上に魔力が言うことを聞いてくれない。


 シユウや魔王は、多くの場合他の物や魔法と組み合わせて雷を使っていたことを思い出し、短剣を取り出してそれに紅い雷を纏わせて魔物に投げつける。


 短剣が魔物に当たった瞬間に爆ぜて魔物の頭部を消失させる。

 ……だいぶ手加減したつもりだったが、まだ強いな。


 低出力だと雷単体では操作性の悪さから当てにくく、高出力だと当たりはするが凄まじい破壊力で周りの地面ごと消し飛ぶ。


 低出力の雷を物に込めてぶつけるのが、一番使い勝手が良さそうだ。

 高出力の雷を短剣に込めようとしたら短剣が雷に耐え切れずに爆ぜた。シユウは聖剣に巨大な雷を纏わせて振るったりしていたが、あれは聖剣という特殊な道具があってこそ成り立つ物だったのだろう。


 シユウの得意魔法の氷の礫に雷を纏わすのも、使い捨て出来る氷を使うことで物の節約をしていたのだろう。

 今の俺のように短剣に纏わせて使っていれば、一回ごとに短剣が壊れるせいで何本用意しても足りない。


 シユウもシユウなりに少しは考えて戦っていたらしい。てっきり、氷に雷を纏わせるのがなんかカッコいいからそうしているのだと勘違いしていた。


 迷宮を進みながら紅い雷の使い方を模索していき、小さな石ころに纏わせて投げつけるのが一番手軽で、素材を取れる程度に加減が出来るという結論に至る。


 いちいち短剣を使っていたら赤字になりかねない。

 金を稼ぐために魔物を探して狩るが、一箇所で狩りすぎると裁く者が出てくる可能性があるため、ほどほどにして階層を進む。


 石に魔法を込めて投げるだけなので魔物を狩るのも非常に楽で、空間魔法の魔力が余っていて非常に安心感がある。


 七階層の川辺の階層にまで来て、そろそろ時間も時間なので引き返そうかと考える。

 朝一番に出てきて、丁度、腹の具合が昼飯時を伝えているので、来たときと同じ早さで帰れば丁度夕飯時だろう。


 河辺にいる数体の魔物を狩ってから干し肉を取り出してそれを齧る。


 ……そういえば、大昔に川遊びをしたことがあるような、ないような……。

 シャル達と川遊びをしたいな、などと思うが、まさか迷宮で遊ぶなんてことは出来ないし、魔物がいない川もこの国の中や近辺には存在しないので、三人の服が水で濡れ透けになっている光景を見るのは難しいだろう。


「……なんか一人だと寂しいな」


 叶わぬ濡れ透けの妄想をやめて呟く。

 一人での迷宮探索は効率がいいのだが……最近は一人で行動することが少なかったせいか、無性に寂しく感じる。


 復興作業で探索者が探索していないのか、他の探索者とすれ違うことがないのが余計に寂しい。


「……昔は一人になるしかなかったし、ずっと一人でいたいと思っていたんだがな」


 人は変わる物だな。

 ……弱くなったのかもしれない。


 結局、シルガも自決したが……そうでなかったとき、俺はシルガにトドメを刺すことが出来たのだろうか。


 孤児院でゴロツキを殺そうとしたとき、カルアに手を握られて止められたことを思い出す。

 きっとあれが俺に取っての大きな転機だった。


 シャルと出会って無償の愛の存在を知り、人を憎むのをやめたのと同じほどに……カルアに止められたときのことが鮮明に浮かぶ。

 小さく必死な手の感触が今も残っている。


 ……弱くなった。俺は弱くなった。…………いや、弱くなれた。

 少なくともシルガは……俺に殺されるのよりも、幸せな最期を送ることが出来ただろう。それは、俺が弱くなったからだと思うと、弱いのも悪いことばかりではない。


 そんなことを考えていると、無性にカルアに会いたくなってきた。さっさと魔物を狩りながら降りるとしよう。

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