第129話

 恐る恐る自室に戻ると、シャルはまだ眠っていて、カルアは少しムッとした表情で俺を見る。

 怒っているのは分かる。理由も分かる。


 久しぶりに依頼から帰ってきたと思ったら自分ではない女の子のところに行って朝帰りだ。めちゃくちゃ怒られてもおかしくない。


 カルアの蒼眼が俺の目を捉えて、俺は後ろめたさから目を逸らす。


「……おはようございます」

「お、怒ってる、よな?」

「怒ってますよ。帰ってくるのをずっと待って楽しみにしていたのに……帰ってきたその日のうちにマスターのところに行って朝帰りですからね。一国のお姫様を相手にいいご身分だことです」

「わ、悪い」


 寝巻きのままのカルアに手を引かれて、すんすんと匂いを嗅がれる。汗は落としたつもりだが、気恥ずかしさでカルアから目を逸らす。


「……お風呂も借りてきたんですね。……どんなことをしてきたんですか?」

「……その、抱き合ったり、頭を撫で合ったり、キスをしたり……ぐらいだな、です」


 言葉にすると随分とマシになる。実態は夜中の間ずっと身体をまさぐり合う行為に二人で耽溺していたのだが……まぁ、おおよそは、それだけである。


「……それだけですか?」

「……それだけです」

「そうですか。……気持ちよかったですか?」

「……そ、それは……まぁ、その……」


 俺がそう話すと、カルアはちょっと引いたような目を俺に向ける。


「そ、そうですか」


 カルアは側面に回り込み、俺の腕に胸をふにふにと押し付ける。

 焦ってカルアの方を向くと、カルアは少し顔を赤らめながら話す。


「……眠そうにしていますが、もしかして一晩中起きてたんですか?」

「い、いや、甘えあっていたら、いつのまにか朝日が出ていて」

「……えっ、さっきまでずっと乳繰りあってたんですか?」

「……それは、まぁ……」

「……ズルいです。そんなの、私がしたいです。……私、まだランドロスさんとキスしてないのに、先を越されてます」


 ふにふにと胸を押し付けられている感触に興奮していると、カルアが俺の頬を摘まむ。


「怒ってます」

「は、はい」

「許してほしいですか?」

「はい」

「……マスターとしたこと、時間があるときにでいいので私ともしてください」


 拗ねたような表情のカルアがそう言って、思わず食いつく。


「さ、させてくれるのか?」

「……そんなに喜ばれると罰になってない気がしますけど、いいですよ」


 想像するだけで頰が緩んでしまう。

 緩んだ頰がカルアに両頬を摘まれてぐにぐにと弄られる。

 楽しみだ。怒られていたはずなのにめちゃくちゃ嬉しい提案をされた。どうなっている……? 俺に都合が良すぎないだろうか。


 カルアと二人でベッドの縁に腰掛ける。……カルアには、ちゃんと全部話しておいた方が良い気がする。


「……なぁ、カルアに言わないとダメなことがあるんだが……。どうやらな、俺はロリコンらしい」

「……えっ、今更ですか? ……えっ、今更!?」

「……いや、まぁ……その……ああ」

「ええ……そうですよ。ロリコンですよ。一晩中子供と甘え合っているやばい人ですよ。……一晩中甘え合うって、なんかもう、普通に手を出してる方が健全な気さえしてきます」

「……一応めちゃくちゃ我慢したんだが」

「方向が間違ってます。そのですね、やっていいことのギリギリを探っていこうとするのは我慢とは言わないと思います」


 全く、とカルアはため息を吐いて、呆れたように言う。


「ランドロスさん、今から寝るんですか?」

「いや……クルルが今から働くのに、俺だけ寝るのはちょっとな……。金も稼ぐ必要があるから、少し迷宮に潜ろうかと。試したいこともあるしな」

「……迷宮の中で寝たりするのはやめてくださいよ?」

「一日ぐらいなら大丈夫だ」


 なんだかんだと長いこと迷宮に潜っていなかったので、試したいことが幾つか溜まっている。


 カルアは少し心配そうに俺を見るが、仕方なさそうに唇を尖らせる。


「……まぁ、三人も養うとなるとお金は必要ですもんね。孤児院のこともありますし。……いや、私と違ってマスターは収入ありますよね」

「……収入がなくて養われている自覚あったんだな」

「うるさいです。今イユリさんとしてる研究が成功したら世界が変わりますからね? 食料事情と魔物の問題が一瞬で解決ですからね」


 カルアはプンスカと怒って俺の頬をぐにぐにと弄り回す。

 俺が気恥ずかしさに負けてカルアの手から逃げようとすると、その手はひとりでに離れ、かぷりとカルアの唇に頰が食まれる。


「な、なんだ!?」

「いえ、なんとなく……。やっぱり先を越されたのが悔しかったので、まだランドロスさんがされたことがないことをしてみようかと。嬉しかったです?」

「……そりゃ、頬を甘噛みされたことはないけどな……嬉しくは……いや、嬉しいんだけど、それはカルアの唇の感触が味わえたからで、別に甘噛みされたのが嬉しいわけじゃない」


 心臓がバクバクと動くが、平常心ぶって口を開く。そんな俺を見透かしたように青い目で見つめる少女は、にんまりと満足そうな笑みを浮かべて俺の手を手に取る。


 俺の手指は緊張の冷や汗で少し湿気ていたが、カルアは気にした様子もなく両手で握る。

 それから俺の右手にゆっくりと顔を近づけて、形の良い唇を開いて、かぷりと人差し指を食む。感じるカルアの吐息、唇の感触、小さいが固い歯と、その奥の唾液に濡れた小さく柔らかな舌先。


「なっ!? か、カルア!?」

「なんれひゅは?」


 俺の指を口に加えたカルアは上目遣いに俺を見つめる。

 不慣れな感触、初めて知る少女の口内の熱に混乱しながらも怪我をさせないようにゆっくりと指を引き抜く。


 カルアの口と俺の指先に唾液の白い糸が出来て、ぷつりと途切れる。


「……汗の味がします」

「と、倒錯的すぎないか?」

「この前、私の指に夢中になってた人がよく言えますね」

「……いや、まぁ……うん」


 朝っぱらからそんなやりとりをしていると、シャルが物音と日の光に目を覚まして、俺とカルアに「おはよーございます」と安心しきった笑みを浮かべて口にする。


 ……み、見られていないよな。

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