第125話

 とは言えど、ガルネロと話をする以外にやることはなく、非常に微妙な気分ながら仕事を全うするしかない。

 ……いや、逃げ出そうという気はなさそうだから放置でもいい気はするが。


「……その青髪の女の目的がよく分からないな。ガルネロ、何かお前恨まれるようなことをしたんじゃねえのか?」

「そんな恨まれるようなことはしていないと思うが……」

「世の中、何をきっかけに恨まれるか分からないものだぞ。戦いの最中に庇ったら「見下すな」ってブチ切れられたり、遭難してるのを助けたらストーカーが発生したり、何がキッカケで何が起こるかも分からないものなんだよ」


 ガルネロは俺に同情したような目を向ける。


「ランド、お前も案外苦労してるんだな」

「まぁそんな具合に人の心ってのは分からないものだぞ。覚えはないのか?」

「……救助とかはチョイチョイしてるな。……でもあんなに立派なおっぱいを助けてたら絶対に忘れないしな」

「昔助けた女が育ったんじゃないのか? 何歳ぐらいだったんだ?」

「……おっぱいしか見てなかったから若い女としか分からないな」

「若い女なら昔助けた女の可能性があるんじゃないか?」

「……一般的な話だが、人を助けてもストーカーにはならないぞ」


 いや、なるだろ。俺もなったし、クウカもなったぞ。

 一般的に人は助けられたらストーカー化する。大人ならば知っていなければならない常識である。


 そういえば最近はクウカを見てないな。復興作業の手伝いの時にたまたま毎日会っていた程度で、寮に侵入とかはされていない。

 ようやく諦めてくれたのだろう。


 そんな話をガルネロとしていると、衛兵の一人がやってきて俺の名前を呼ぶ。


「ランドロス、面会だ」

「俺? 誰だろうか……」


 ギルドの仲間には勘違いされないように、先に伝えていたが……カルアかシャル辺りが会いにきてくれたのだろうか。

 牢屋から出されてウキウキとした気分で外に出ると、小太りの男、商人が深刻そうな表情で俺を見ていた。


「……ランドロスの旦那。ついにやっちゃったんですね。罪状は何ですか……? 女性関連のことだとは思いますが」

「……商人。お前な……まず、ここに来たことは評価してやろう。お前のことだから話を聞いても知らないフリをすると思っていたが、面会にくる程度の義理を感じているのはいい」

「でしょう。私と旦那は友人ですからね」


 友人辞めたい。

 こんな一切冤罪を疑わない友人は嫌だ。俺は真面目に生きてきたというのに……。


「……ひとつ言っておくと、何もやってないからな」

「少女に手を出したのでは?」

「この国の法だと合法だろ。そもそもまだ手は出してない」

「はあ……じゃあ冤罪ですか?」


 冤罪を疑ってくれるのはいいが……なんだろう、このモヤモヤとした感情は。

 俺が捕まるのは少女に手を出すか冤罪の二択なのはどうなんだ。女性関連だけあまりにも信用がないということなんだろうが、それにしても……なんか、こう……。


 言葉に出来ないモヤモヤとした感覚を首を横に振って払ってから、歳の離れた友人に今回の依頼を話す。


「依頼だよ。衛兵が出払っていていないから、中から見張るついでに色々と聞き込みをしてるんだよ。というか、面会に来たお前と俺に茶を出してもらってることから気づけよ」

「いや、まぁ……ヤケに丁寧だとは思いましたけど。旦那ですから」

「そうか。……帰れ」

「いや、まぁ、大丈夫そうなんで帰りますけど」


 茶を飲んで帰ろうとした商人を見て「一応商人にも少し聞いておいた方がいいかと思って口を開く。


「商人、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「なんですか? ああ、前に話していた小人の女性がお酒を注いでくれるお店についてですか? やっぱりランドロスさんもそういうの好きですよね」

「違う。今度……まぁ、その、デートをすることになったんだが……あまりどういう場所に行けばいいか分からなくてな」

「はあ……。旦那がデートなんてどこでするってんです? ……ああ、最近はこの国の人からも受け入れられてますもんね。闘技大会の予選で目立って、復興作業で方々で感謝されて、という具合に。都合の良いものですよね。人なんて」


 …………えっ、それをお前が言うのか? 確かに手のひら返しに驚くことはあるが……それを商人が言うのか?

 お前、一瞬で手のひら返しをするし、自分の都合で話すよな。


「……ま、まぁ……得体の知れない奴を受け入れがたいのは当然じゃないか。関わっているうちに考えを変えるのも、都合が良いとかではなく……単に仲良くなった、と俺は考えているが」

「ふーん、まぁ別に旦那がいいならアタシがどうこう言うようなものではないですけどね。お人好しが過ぎると思いますよ」

「お人好しって……さっきまでの俺が罪を犯したと確信はなんだったんだよ」

「旦那はほら、上半身は誠実ですが、下半身は不誠実なので」


 ……クソ、否定出来ない。上半身が誠実かどうかも微妙だが少なくとも下半身は非常に不誠実で甘やかしてくれる優しい女の子はすぐに好きになって反応してしまう。


 可愛くて優しい女の子とか……好きになるだろ。普通。


 俺が自身の悪に悩んでいると、商人は一度帰ろうとした時に自分の分を飲み終えたからか、俺の前の茶を手に取って飲み始めた。

 コイツ……正気なのか……?


「俺に出されたのを飲むなよ……」

「旦那にはお茶の味の違いも分からないんですし、別にいいじゃないですか」

「……そんな良い茶なのか?」

「いえ、普通のお茶ですね」

「じゃあ飲ませろよ。普通の茶なんだったら味の違い分かってなくていいだろ。そもそも普通に喉渇いてるんだよ」


 商人に声をかけたのが失敗だった。絶対に参考にならないだろう。こいつ、なんかデートで物とか売りつけてきそうだし。


 俺の言葉に反応した衛兵の女性が新しいお茶を注いでくれる。微妙に申し訳ない気持ちになり、軽く頭を下げてから商人を見る。


「まぁ、月並みな意見ですがね。画一的な正解なんてなくて、あくまでも人によって違うと思いますよ」

「唐突にマトモなことを言うなよ」

「えぇ……なんですかその理不尽なツッコミは。アタシはいつもマトモでしょう」

「この机に置かれている三つのコップがお前のおかしさを表しているからな」

「まぁまぁ、ところで、シャルさんとですかい? カルアさんですかい? まずそちらを確かめなければ話も出来ませんよ」

「…………別の女の子だ」


 一瞬、空気が固まる。商人の人差し指が俺を指しつつ、衛兵の女性に尋ねる。


「この人、本当に捕まってないんです? アタシに嘘吐いて依頼とかなんとか言ってるだけじゃないです?」

「やめろ。捕まってないから。本当に依頼だから」

「いや、もう……あの、アタシもドン引きですよ。……あ、もしかしてネネさんですか?親しそうでしたし。子供以外にも反応出来たんですね」

「……違う。……その……女の子も子供だ」


 商人がこんなとき限って黙りこくる。やめろ、せめてツッコミを入れてくれ、本気で悩むような顔を見せないでくれ。衛兵の女性もドン引きしてるから。

 来た時は「頼りになる探索者さん」みたいなキラキラした目だったのに、ロリコンの性犯罪者を見る目に変わっているから。ガルネロを見る目よりも冷たい目で見られているから。


「……だ、旦那ぁ……あのですね。アタシが言うのもアレですけど……人って、やっぱりね、真面目に生きるべきだと思うんですよ」

「……違うんだ。恋愛感情とかそういうのではなくな、大切に守っていたら、いつの間にか惚れられていて……フることも出来ない状況になっていたんだ。フったらとてつもないほど傷つけることになっていたから」

「はあ……じゃあ、つまり、状況のせいだと」

「そういうことだ」

「……普通に言い寄られていたら違う結果になっていたと」


 クルルの笑顔を思い出す。もしクルルに普通に好きだと言われたら……。

 思わず俺は口籠もってしまい、商人が顔を引きつらせる。


「……旦那。分かってますよ。旦那はそういう奴です」

「し、仕方ないだろ! めちゃくちゃ優しくて可愛いんだ! もう不可抗力だろ! 好きになるのは!」

「逆ギレは良しましょうよ。別にダメとは言ってないじゃないですか」

「くっ……」

「アタシとしてはね、旦那の空間魔法を引き継いだ子供が増えてくれる方が助かりますしね」


 遠い未来に子供が出来ても絶対に商人には見せない。とりあえずそう決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る