第124話

「それで、どれぐらいで出られそうなんだ? 反省させるためって具合だろうし、明確に罪ってわけでもないからすぐに出るのか?」

「あー、まぁ、俺の知れることではないが、あまり長すぎることはないと思う」

「再犯はやめとけよ? もっとな、性欲ではなく心と心の触れ合いに重きをおくべきだと俺は思うぞ」


 盗賊のおっさんには言われたくない。

 ……話を合わせているだけで本来の俺はちゃんと我慢している。三股しているのは確かだが……それも許可は得ているし……。許可を得ているのもどうかと思うが。


 風通りが悪く蒸し暑い留置場の中で、少しでも風のある鉄格子の横に座る。


「……いや、性欲には負けただけで、心を軽視しているというわけじゃない」

「ところで、べっぴんさんなのか? まぁ、子供にべっぴんも何もないと思うが」

「……まぁ、三人ともかなり……めちゃくちゃ可愛いな」

「ふむ、顔が整っている相手に三股して、性欲に負けて、それで……心を軽視してない?」

「やめろ。欺瞞を暴こうとするな」


 容姿も好きだけど、性格もめちゃくちゃ好きなんだよ……。みんな優しいし、ナデナデしてくれるし……。思い出したら撫でられたくなってきた。脱獄したい。


「……ガルネロはどうなんだ? 盗賊なんてして、妻子はいないのか?」

「その日暮らしの傭兵に妻子なんて出来ねえよ。誰が嫁にくるってんだよ。それに、騙されただけで盗賊なんてするつもりはなかった」

「……騙された? さっきも言っていたな」


 落ち込みながらも尋ねると、ガルネロは悔しそうに歯噛みしてから頷く。傭兵というのはもっと荒っぽい印象があり、盗賊を働くようならばより荒くれ者が多いはずだ。


 その割にはガルネロは落ち着いた様子であり、身体こそ鍛えているものの威圧感を与えないような仕草を身につけている。


 俺が覚えるような違和感は衛兵も同様に感じていたのだろう。だから、俺を寄越して同じ立場からの情報を探ろうということか。


 ガリガリと頭を掻いたガルネロは口を開く。


「ああ……青髪の胸のでかい女にな。騙されたんだ」

「青髪の女?」

「胸のでかいな」

「……そこは重要じゃないだろ。騙されたって?」

「あー、仕事を休んで酒場で仲間と飲んでたんだけどな。そこにあの胸が現れてな」

「いや、胸ではなく青髪の女だろ。胸単体で現れたら怖えよ」

「細かいところに突っ込むなよ。……まぁ女が「妹が違法な奴隷商に拐われた」と俺達に助けを求めてきたわけよ」


 それほどまでに胸が印象的女だったのか。


「……違法な奴隷商ってのは?」

「ああ、時々いるんだよ。いわゆる人攫いみたいなものなんだが……。あの国だとかなり奴隷の扱いに制限があるから、普通の人間を連れ去って書類上にはない奴隷を作る奴がな」

「……それは……ダメだろ」

「当然、ダメだな。それで……まぁ俺も男だ。雇われることにした。が、まぁ普通の女が金銭なんてマトモに払えるわけないから正規の依頼ではなく個人的な依頼……というか、口約束みたいなものでな」

「……お前、アホだろ」


 ガルネロの深いため息は多少離れたところにいる俺にまで届きそうなほどだった。


「まぁ、俺は賢いんだが。……いい女にいいところを見せてやろうと思って張り切っていったら……奴隷なんていないただの行商人でな。まぁ謝ったんだが、当然怒られてな」

「……それで捕まったと、違うと思ったときに逃げられなかったのか?」

「あー、まぁ逃げるのは余裕だが、逃げたら傭兵の本団の方に迷惑がかかるしな。ギリギリ未遂だったから捕まっても労役を数ヶ月受けるだけだろうから大人しくしとこうと」


 予想以上にアホな話だ。そんな怪しい話を受けて違法になる可能性があるようなことをノリノリでやるとか……このおっさん、さてはアホだな。


「いやな、アレは仕方ない。だってな……」

「何かあったのか?」

「おっぱいが大きかったんだ」

「……お前アホだろ」

「いや、お前な、こんなばいんばいんのぼいんぼいんだったんだぞ? そりゃな、俺も男だ。妹を助けて、ちょこっとそのおっぱいを触らせてもらおうとぐらい思うさ、分かるだろ?」


 いや、分からねえよ。というか、別に助けていいところを見せたからといって確実に触らせてもらえる保証があるものでもなければ、初対面の女の胸を触りたいだなどと考えたことはない。


「……あのな、ガルネロ。もっとな、性欲ではなく心と心の触れ合いに重きをおくべきだと俺は思うぞ」

「ランドロスには言われたくねえよ」


 ただのアホなおっさんが女に騙されたというだけの間抜けな話だ。わざわざ依頼を引き受ける必要があるようなことではなかったな。

 このアホなおっさんは二、三日後には護送されるのだから、それまで適当に時間を潰していたらいいか。


 ……だが、少しだけ気になるところがないわけではない。


「……その青髪の女は、何の得があったんだ? お前らが商人を襲ったあと、荷物を奪えたわけでもないよな?」

「さあ……分からねえな。そのときには逃げてやがったし。何かあったのかもしれないが……」

「悪戯にしては自分も捕まる可能性があるし、何か利益をあげられそうにもないし、よく分からない話だな」


 まぁガルネロから聞いた話の情報量が少なすぎて、胸が大きいこととガルネロたちがアホだったことしかロクに分からなかっただけかもしれないが。


「ランド、俺はな、思うんだ」

「突然あだ名で呼び出すのは気持ち悪いからやめろよ」

「男ってのは女には勝てねえなぁと」

「一緒にするなよ。……いや、俺も言えた状況ではないけども」

「今度、外で会ったら酒でもやろうぜ」

「……割といやなんだが」

「そういうなよ兄弟。同じ女で失敗した仲だろ」

「やめろ、不名誉な枠に俺を入れるな。別に一時的にここにいるだけだしな。前科もつかないし、交際が終わったわけでもねえから」


 素で嫌がるが、ガルネロに肩を組まれる。

 こういう距離の詰め方は商人を思い出して非常に不快である。やめろ、やめてくれ。俺は本当はまだ捕まってないから。まだ捕まるようなことをしていないから。ギリギリセーフだから。

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